嵐来る

 ここは情報自衛隊福山基地!

 極秘零細諜報部隊・備品管理部別室。

 ──通称「備管別」!


 少尉と軍曹!

 たった二人の公的ネットワーク監視組織!

 彼らの使命は、ネットワークの海に荒れ狂う情報の嵐の監視である!


 社会に大きな影響力を持つWEB上の仮想情報人格、V.I.P.s!

 彼らの監視対象である有力V.I.P.s「ノキグチガラク」が今、その代表的な活動である電脳フラッシュモブ「ストーム24」を開催しようとしていた!



***


>staticeさん、こんばんは!


>‼︎


>ノキグチです


>し、知ってます!


>今夜のお題なんですが

staticeさんから頂いていいですか?


***


 固唾を呑んで画面を見つめていた軍曹がその書き込みに声をあげる!


「来た! フォックス1、テーマ提供の交渉を開始!」

「第1種戦闘配備。デフコン1発令」

「ディフェンスコンディション1発令。これは演習ではない。繰り返す。これは演習ではない」

「回線の状態とmrp値は?」

「回線負荷、単位本数当たり230.8キロバイツゼカ。観測エリア内最高値491.6キロバイツゼカ。一般週末レベル。但し上昇傾向。mrp値1100後半からこちらも緩やかに上がっています。関連ツイート増加。現在毎分4.2ツイート……あっ」

「どうした?」

「笠岡通信技術研究所より返電。読みます。『ストーム24 今晩の開催確率81.2%』」

「……予算泥棒に返電。『協力に感謝する』」

「了解」

「笠岡は名前と値段だけ大げさな下駄箱でも買ったのか?」

「サンダル一足入んないものを下駄箱とは呼ばないですよ。その三十分の一の予算でこの部屋のエアコン直して欲しいです。最近効きが悪くて」

「サーバールームのエアコンが優先だ」

「オペレーターあってのシステムでしょう」

「フィルターは掃除しておく。

 それよりテーマ依頼を受けたアカウントも回線探査頻度を上げる。今後対処アカウントをペタル1と呼称、追跡する。ペタル1の回線探査頻度も1680ppsパーセカンドへ」

「了解。対象をペタル1として追跡を開始。回探ヒトロクハチマル。ヨーソロ」

「前回より同時間比較での負荷圧が高い。関連ツイートも二割増しだ。今回は荒れるぞ。負荷分散用のバイパス回線、優先順位を確認して予め確保しておけ」

「了解。県庁とVTTの担当者には一報入れておきます」


 防衛予算は限られている!

 中でも彼らの部署は機密扱い!

 毎年削減傾向にある防衛予算の更に秘匿部署への割り当ては正に雀の涙であり、彼らは一部民間の研究機関と協力しながら、なんとか日々の任務を遂行していた!




***


>お題を決めて24時にPOSTする遊び

>『ストーム24』

>49回目の今夜のお題は

>すたあちすさん (@statice) 発題


>【爪】


>参加表明不要の自由参加。

>#storm24 のタグを付与して下さい。

>お題に沿った内容であれば単語そのものは入ってなくてもOKです。



***


「目標、テーマを発表。今回のテーマは『爪』。ネイルの『爪』」

「爪、……。画像投稿も増えそうだな。流動データ量が嵩む恐れがある」

「mrp値上昇。1200を超えました。まだ上がる。並行して関連ツイートも急速に増えています。10.2……10.5……11……」

「テーマに反応する潜在V.I.P.sたちだな」

「いつも思いますが、よくもまあこんなに。普段はどこに隠れているんだか」

「文化に携わりたいという欲求は、種としての人類独特の……本能みたいなものなのかも知れないな。みな普段はそれを眠らせて現実の生活を生きている」

「少尉もですか?」

「勿論だ」

「クラスタは?」

「主に短歌だな」

「えッッ⁉︎ 五七五七七の? 百人一首とかの短歌ですか?」

「いけないか?」

「因みに……アカウントは?」

「言うと思うか?」

「思いません!」

「仕事に戻れ」

「了解」


 備管別の探査能力と秘匿性!

 それは彼らがアクセス権限を持つ回線の本数とそれぞれの回線の速度に正比例する!

 予算の都合上、平素は限らられた回線で活動している彼らもネットワーク上の有事にはその脅威のレベルに応じて権限が解放され、一時的に強力な回線を数多く使用可能になるのである!



「ゼロタイムまで30分。主電源を無停電電源装置に切り替えます。システムチェック。オールグリーン」

「県庁の118番線が借りられたのは幸いだった。笠岡の最終予測は?」

「今来ました。最終予測参加アカウント数2万6000、瞬間最大回線負荷6.1トンバイツゼカ」

「ギリギリだな」

「笠岡の予想でもいつもより画像投稿のパーセンテージが大きくて、それが容量をカサ増ししてますね。半分は118番線に回すとして、バッファするCPUの処理能力がヤバイっす」

「笠岡に電話する」

「うちの『ほくと』とあちらさんのダイダロスを並列化して貰ってバッファを手伝ってもらうんですね」

「高い機械を持ってるんだ。働いてもらうさ」

「入れたばかりのピカピカのスパコン、よそに繋げさせてくれますかね?」

「交通網が国家の動脈なら通信網は国家の神経網だ。ダウンさせるわけにはいかん」

「それは……そうですが」


***


「……分かりました。ではそれで。……ええ。こちらがホストで。……分かっています。はい。そちらにご迷惑は掛けません。では、時間がありませんので。これで」

「どうでした?」

「渋々だが了承してくれた。ただし並列化する領域は向こうで区切るそうだ」

「仮想サーバですか? あと20分ちょいですよ。エミュレート間に合いますかね」

「権限は得た。パーテーションの準備が間に合わなくても負担は背負って貰う。その方がこちらには好都合だしな」

「電話は小林のお爺ちゃんですか?」

「そうだが……向こうの所長には敬意を払え。こちらの大尉相当の立場だ」

「了解。向こうのオペ可愛そうっすね。今頃時計睨みながら悲鳴上げてるだろうな」

「戦いは非情だ」

「非情なのは少尉でしょ」

「無駄口を聞いてる時間があるのか軍曹。並列化はこちらがホストだ。枝を伸ばして受け入れ準備。5分でやれるか?」

「ひっ⁉︎ 5分っすか⁉︎」

「開催まで20分。各システムの最終チェックから逆算すると時間がない。準備が出来たらそのまま繋げ。最終認証はこちらでやるからダイアログが出たらそこまででいい。かかれ」

「ウエイトは?」

「元々ある枝を最適化するだけだ。外すまでもないだろう。さあ急げ」

「了解」(……オニッ)

「何か言ったか?」

「気のせいだと思われます! サー!」

「その間の環境モニタ、システムチェックの準備はこちらでする。軍曹は『ほくと』とダイダロスのマッチングに専念しろ。あと4分」

「ぬぁぁ……もう一人スタッフがいればなぁぁ……!」

「いないスタッフと親に預けたお年玉は当てにするな」

「せちがれぇ……!」


***


「ダイダロスと接続を認証、並列化を確認。テストカリキュラムを走らせる。3……

2……1……ナウ」

「ぜえっ……ぜえっ……ぜえっ……テストカリキュラム、演算結果出力を確認。総演算能力52.6ペタフロップス。まあ、充分じゃ、ないでしょうか……」

「ゼロタイムまであと12分。時間通りだな。よくやった軍曹」

「日頃の、訓練の、成果が、活かされて、います」

「上出来だ。にしても早いな。ダイダロスは」

「区切ってこれなんだから本来の性能が恐ろしいですね」

「区切られてないのかもな」

「向こうのオペが所長に対する体裁だけそれらしく繕って、丸裸で繋いでくれてるってことですか?」

「昨年バージョンアップした『ほくと』が20ペタそこそこ。ダイダロスの諸元は非公開だが、幾ら新型の機械とは言えその10倍近い性能があるとは思えん」

「小林のお爺ちゃんは対V.I.P.sの活動にはイマイチ関心なさそうですしね」

「仕事のできる若いオペレーターがハッタリかまして現実的な着地点に向けた作業設計にしたんだろう」

「友達になりたいです」

「向こうが嫌がるんじゃないか」

「ロボットとか好きかなぁ」

「さあ10分前だ。システムの最終チェック。こちらも仕事が出来るところを見せよう」

「了解」



***



>ストーム24!


>狐さんだ!久しぶりだ!


>ストーム24⁉︎しかもあと10分とか‼︎(死)


>ダメだ……思いつかない。詩ってなに?


>とりあえず線画で……!色はあとで‼︎


>書けてません、、、爪 #storm24


>ストーム24でお題は「爪」かぁ……。


>つめ爪ツメthumeつめぇっ!!!


>編集間に合った!「その時」待ち!


>無理……今回はリムるゥゥゥッ


…………


***


「ゼロタイムまで5分。室内暗転します」

「笠岡にもスタンバらせろ。mrp値は?」

「3040mrp前後で安定」

「前回の約1.8倍か。ライン118との接続は?」

「安定しています。笠岡の予想参加者数とほぼ合致しますね」

「予想負荷は1.8倍。回線強度とその処理速度は約2倍」

「行けるでしょ」

「理論上はな。笠岡……ダイダロスとの同期は?」

「『ほくと』は仲良くやってますよ。相性はいいようです。やれることはやりました。天命を待ちましょう」

「……そうだな。記録系統も問題ないか?」

「システム最終チェック。オールグリーン」

「よし。現状で待機」

「了解」

「春の嵐と北斗星……か」



「ストーム24発動まで、1分前……30秒前……10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、ゼロ」


 ピー─────────!!!


 鳴り響く警報音!

 与えられたテーマに沿って一斉に投稿された詩、短文、絵画、歌、画像が情報の津波となって個々の回線とサーバーに押し寄せる!

 少尉と軍曹はその巨大な負荷の圧力を、様々なツールを並行して使用し、誘導し、分散させ、我が国のネットワーク自体が損傷を受けることを予防する!

 圧倒的な情報量で老若男女様々な参加者が奏でる電子文化の交響曲!

 それは表現の自由を謳歌する文化への賛歌である!ストーム24から回線を護ることは同時にストーム24を、新しい時代の文化の潮流を護ることでもある!



「回線負荷とmrp値は?」

「回線負荷811キロバイツゼカ・パーライン。下がり続けています。mrp値は少しくすぶってますね。現在900台後半。緩やかな下降傾向」

「関連投稿は?」

「散発的に続いていますが数値は基準値以下です。現在15.4t・パーミニット」


 少尉はふう、と息をいた。


「現時刻を持ってデフコンを解除。平時体制へ。移行シークエンスに入れ」

「了解。シークエンススタート。チェックリスト進行状況をメインに出します」



***


>吹いた!風が吹いた!


>タイムラインが詩や歌に染まってく!!!


>初参加だったけどすげえなストーム24


>これ何作品投稿あんだよwww


>ノキグチさん!同盟の皆さん!まとめ楽しみにしてますーーー!


>参加者のみんなお疲れー。また次回。



***


「1番から47番、チェックド。コンディション・オールグリーン」

「確認した。状況終了。ログのコピーを総監部と笠岡へ。秘匿化はプロシジャを遵守」

「了解。ログのコピー送信。秘匿圧縮手順A-17……送信完了。受信信号確認。エラーなし」

「ご苦労だった軍曹。見事なオペレーションだ」

「お疲れ様でし……いっくしっ!」

「どうした? 風邪か?」

「いえ、ぼちぼち花粉かも……」

「今日はもう上がっていいぞ。クローズチェックはこちらでしよう」

「いえ、大丈夫ですよ。明日遅番ですし。二人でとっとと閉めて早く帰りましょ」

「苦労性だな軍曹。出世しないぞ」

「苦労性はお互い様でしょ。自分、リストの上から回るんで、逆に下からお願いします」

「了解した。何にせよ無事に終わって何よりだ」

「今回は118号線が借りられましたからね。参加者も右肩上がりで増えてるんで、次回以降借りられなかったらキツイっすよ」

「その件は福島中将に意見具申しておこう。県庁名義、市管轄の118号線は頓挫したインターネットシティ構想の置き土産で、今は市役所と天文台、市営プールとのイントラネットにしか使われていないはず。時間帯をストーム24前後に限定するなら恒常的に借りることも可能なように思う」

「あとエアコンと新しいPC」

「それは難しいかも知れないが、時期予算で上げるだけ上げておく」

「しっぶいなー我が隊は」

「どこも一緒さ。国全体が出口の見えない不況に喘いでるんだからな」

「クビ切られないだけマシ、ですかね」

「情報インフラとネットワーク文化を護って給料まで出るんだ。今日また我々は我々にしか出来ないいい仕事をした。胸を張ろう軍曹」



 情報インフラを護り表現の自由を見守る備管別の極秘任務!

 少尉と軍曹はの二人は、その任務に大いなる誇りをもっていた!


 だがそれは、V.I.P.sと利益が対立する人間に取っては都合の悪い、利敵行為に見える活動でもあった!






***



>参加者の皆さんお疲れ様でした


>第49回ストーム24 お題は「爪」


>3月30日深夜24時開催分のまとめです


>春の嵐は強い風を伴います


>参加者の皆さんも、苦労性の監視者の皆さんも、風邪には気を付けて……



***

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