第11話 『琥珀と蓮 ⑥』

姿は見えずとも、こわいろしんちようだということは分かった。


「それで、問題って」

『ええ……』


れんの家庭の話だった。

特に、蓮の母親が、彼の行動にカンカンにおこっているらしく、すでぜつえんをしているというところは、これまで聞いている通りだった。

問題は、その母親がはくの家庭まで口を出し、近所の人々にも何かを言い出しているらしい。


ただ、公言している部分から外れている様子は無く、望まないばく――アウティングにあたることは無いようだが、したまま放置されていた蓮の部屋から本をさぐしては、周囲に対してさわてているようだった。


『琥珀さんへのえいきようも強くて、琥珀さんの家族も、うかつに手を出せないようです』

「そんなことになってるなんて……」


琥珀たちの表情からは、そんなことは感じられなかった。

『関わらなければだいじよう』というふんでもあったようだ。


「……そういえば、大学って」

『一応、まだ通えているようですが、この様子では時間の問題でしょう』


お金を出しているのがかれらの両親である以上、これが続けば死活問題だった。


どうすれば良いか。だれに会えば良いのか。


『それで、どうやら、まだ神社の外には出られないようなので、誰か協力者を……』


パッと思いつくのはそうだ。理解しながら進めていく形ではあるものの、説明力は確かなものだと、結は感じていた。

あるいは、父親の真だろうか。しかし、いそがしい身でそれが出来るだろうか。

ぐるぐると考えをめぐらせるも、どう転ぶか分からない。


『結ちゃん?』

「あっ、はい!」

『明日、また聞いてもいいですか?』

「……はい、私も考えてみます」


をすると、気配はなくなった。

忘れかけていたけれど、えにしさまと交流できること自体が不思議なことだと、改めて思い知らされた。

少しどきどきする心をおさえながら、兄が向かった方を追いかける。


「……どうしたの?」

「ちょっと、今日の報告してきた」

「ん。その前に、一声、かけてね」


先に自宅にもどった創が、げんかんさきで不思議そうにたずねてきた。

それに答えると、彼はなつとくしたように、しかし一言だけ付け加えた。


夕食を終えると、創がえんがわへとさそってきた。

おそらく今日のことだろうと、片付けを済ませ、兄の後をついて行った。


「……れんはくも、まんしてる、ようだった」


えんがわに並んで一言目。そうはいつも以上に難しそうな表情をしていた。


「家のこと、だよね」

「うん。どちらの家も、協力を得るのが、難しい」


コーヒーを口につけた創が、一息つく。

琥珀の家はそもそも同性けつこん自体を、蓮の家もかれらが家出したことをおこっていて、その原因が同性愛にあると。

彼らふたりの生活そのものは問題ないものの、ミュージシャンとしてデビューするために努力していた彼らの夢がたれることになれば、生活が難しくなることは想像できる。


それに、特に蓮の家が今していることは、放っておけばきっとひれがついてしまう。

出来ればそれだけでもけたい。

しかし、他人である結たちに出来ることなのだろうか。


「……タイミングは、あるけど。どう転ぶか」

「え?」

「ライブの場に、両親が、来るかもしれない」


例えば、学園祭や定期ライブ、あるいはセッションの場に出て、そこに彼らの家族がやってくることは十分にあり得る。


「……出来るなら、きょうだいがいたら。仲間でも、いい」


創が考えていたのは、近い世代の協力だった。


次の休日。すでに琥珀と蓮にはライブに行くことをれんらくしておいた。

急な連絡で創を連れて行くと伝えると2人はおどろいてはいたが、特に深く聞かれることはなく、当日をむかえた。


「結ちゃん、久しぶり」


会場の前で、琥珀がむかえてくれた。

ハイタッチをすると、琥珀が創におをした。


「創さんも、来て下さってありがとうございます」

「うん」

「新人ライブなんで、まだまだですけど」

「うん、どんな演奏するのか、聞いてみたい」


琥珀が少し照れるのを、2人でほほんで返す。

行きましょうか、と会場の教室へと向かった。


暖色系の照明で照らされた、ジャズカフェの出し物、という形だ。

蓮はホール側の仕切りを任されているようで、合間にこちらに手をってくれた。

となりに居る、サブリーダーと思われる青年が、蓮に声をけ、こちらに送り出してくれたようだ。

席に案内された2人と話す琥珀の隣に、蓮も来た。


「おつかさまです」

「ふふ、良いふんだね」

「ありがとうございます」


ホールのセッティングも、れんが中心になっていたらしく、少しほこらしげだった。


「2人がお世話になってます。きりさとです」

「森宮 そうです」


もう1人、少しまわむように、にこりとほほみながらあいさつをしてきた。

創がしやくをすると、悟史は続けた。


「結ちゃんは、この間のおライブも来てくれて、2人もうれしそうだったし。……それに……2人から『相談に乗ってもらってる』とも」


最後は辺りを気にしながら、声をひそめて言った。


「こうと思ったらアグレッシブになるので、もう『この2人だからしょうがないし、音楽には関係ない』ってことで、何となくいつしてるんです」

「うん……何だか、親友よりすごい、という感じ」

「あはは、ですね」


そう言うと、ふたりを仕事にもどらせてから、悟史が言う。


「……えっと、お兄さんがいらした理由って。最近のこと、ですか」

「……そう、だね」


どうやら、悟史はふたりから相談を受けていたらしい。

創の方を見て、一言。


「もし、2人のおやさんが来たら……」


どうすればよいか、と言外に問いかけていた。

創が、結と顔を見合わせる。


「……2人に、ソロは」

「ええと、三曲あります」

「――分かった。そこまで持たせよう」


それまでは、のんびりとコーヒーを飲みながら過ごした。

にわかにホールがざわつき始めたのは、はくれんのバンドの1つ前のステージのころ

蓮の母親もねらっていたらしく、琥珀の母親を連れてきていた。


「……来たね」


創と結の表情がこわる。

悟史に目配せすると、あちらも「あくしてます」と口パクと共にうなずいてくれた。

悟史を中心に「どうしようか」と作戦は練ってあったらしく、それに乗っかる形にすることにした。


「それでは、1年生サックス隊のトップデュオ、堂もり琥珀と水畑蓮です!」


いよいよ始まった。

ホールの仲間たちが、周囲のじようきように目を光らせる。


1曲目はカフェに合わせたおだやかな曲。

2人ともリラックスした様子で演奏を終えた。

その時。


「この親不孝者!!」


いつせいに、近くにいた数名がまもりとさえに入った。

ざわつくフロア。ガードされた2人は念のため裏へもどるようで、さとに手招きされた結たちもそれに続く。


「…………」


楽器を下ろしてひざこぶしを置いたまま、れんうつむいていた。

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