第10話『琥珀と蓮 ⑤』

はくを否定するつもりなんて無いんですけど」


 言葉を選びながら、れんが話し始める。

「周りから、『こうあってしい』って言われることって、あるじゃないですか」

 その言葉に、結とそううなずく。


「多分、それにしばられすぎているんでしょうね。いまだに『男とけつこんするなんて』って言葉を気にするんですから」


 創から見ると、誠実であり、空気の読める青年でもあり、さらにであろうとする。

 結から受けたじようだんめいた言葉も、ついそのまま受け取ってしまいそうになっていたことを思い出す。


「蓮」

「っ……はい」


 蓮は創の問いかけにおどろいて、グラスを持つ手がすべりそうになった。


「蓮は、琥珀への気持ちは、変わらない?」


 すぐに何かを言いかけて、いつたんむ。

 また言葉を選んだ後、口に出す。


「……その、はずです」


 言葉からも、こわいろからも、まだ迷いが捨てきれないのが分かる。自分に、そのこんきよを求めることが、出来ずにいる。

「これは、君を理解するための、質問なんだけど」


 創が蓮に語りかける。


「理想を求めるなら、蓮はどう受け止めて欲しい?」

「それは……」

「もし、相手がなおに理解してくれるなら」


 何度か、言いかけるのをかえす蓮。

 結も、創も、静かに答えを待つ。となりで琥珀が心配そうに見つめる中で。


「……く答えられないです」

「ん。せんたくを用意するのは、本当はあまり、すべきではないけど」


 ぴっ、と創の人差し指が琥珀に向けられる。


「えっ」

「……良い感じの、せんたくを」

「あ、は、はいっ」


 琥珀が少し考えた後。


「『当たり前として受け入れられる』と、『変わってるくらいで気にけられる』、とか」

「……」


 むず、と蓮の心がさわぐ。


「……『変わってるくらいで』――ううん。だったら、『当たり前として受け入れられる』方が良いです」


 ふと見ると、蓮が琥珀の手をにぎりしめているらしく、琥珀が頷く。『だいじようそう』だと。


「あ、でも。『気をつけるところがある』くらいで」


 あわてて付け加える蓮に、くすくすと3人が笑った。蓮も少し気分が落ち着いたようで、いくぶんか表情がやわらかくなった。


ぼくも、最初こそ、理解できなかったけど、向き合わなければ、あとぎとして、失格だからね」

「……はい。こうやって聞いて頂けてるのは、心強いです」


 大人しいしようぶんゆえに、蓮と創は気が合うため、ゆったりと話が進む。


「家族のことも心配ですけど、いま顔向けできる訳じゃないので」


 喜びを前面にだすタイプではない蓮の表情が、また少しくもる。


「……まあ、それは後から考えよう」

「んーと……はい、そうですね」

「何だかんだ、蓮が色々、進められそうだから」


 創がコーヒーを口にふくむ。仕切り直そうと、結たちも飲み物に口を付ける。

 一息ついて、創がてんじようあおぎながらつぶやく。


「知らないことを自覚するのは、大変だからね」

「はい……。きっと、僕も『あり得ない』って目をつむること、あるはずですし」

「でも、答えは、身近な人が、持ってるから」


 チラリと、創が琥珀に目をやる。

 小動物のように固まった後、ポンポンと蓮の手のこうたたく。


 むずがゆいけれども、蓮にとっての答えは、隣にある。

「……そうですよね、琥珀のおかげで、いつしよにいられるんですもんね」


 少し、蓮の表情にがおもどってきた。


 創自身も、このごろようやく分かってきたことだ。答えは、身近なところにあると。

 それは、かれらもそうだし、優樹のことがある以上、他人事ではないからだ。


 理解できなくとも、知っておかなければいけないことがある。

 そう考えて、優樹に色々聞いてみた。もちろん、花火にも。


 そうすると、そろって「その人が好きになったから、しょうがないでしょ」と言っていた。

 そこに、という考え方はない。家族として一緒になりたいからこそ、選んだのだ、と。


 特に優樹は、それまで気にしていたかった花火がりよくてきに見えてきたことを、まどっていた。すぐに慣れることはもちろんなかったものの、今までの延長線上として理解しているらしい。


 新しいことを理解するのは難しいけれど、向き合うことで変わることもある。

「何だか、ずっと言えなかったことが言えて良かったです」

「それは、何より。僕も、勉強に、なった」


 琥珀のはにかみ顔が、皆にはとてもまぶしかった。

 少し西日が差すファミレスのまどぎわで、おそいデザートをたのむ。


「ねえ」


 結が問う。

 琥珀と蓮がこちらを向く。


「やっぱり、ふたりだから幸せそう」


 ああ、うらやましいな。

 結が言外にそうほほむと、琥珀はまたはにかんで、蓮は照れくさそうに笑った。

 創も、手を止めてそれを見つめる。


 優樹は、花火にショッピングへ連れて行かれたそうだ。

 私服にとんちやくな優樹を、どんな風に変えてくれるかというのは、質素なよそおいを好む創も気になるところだ。

 花火は、「ボーイッシュも捨てがたいけど、ガーリーもいいよね」と言っていた。

きつてんの方で、色々みもした上でのぞんでいるとのことで、どうなるかが楽しみだ。


「……琥珀、ありがとう」

「うん」


 会計を済ませ、2人とは別方向へと帰ることになった。ひかえめに手をる蓮と、元気いっぱいに振る琥珀。

 帰り道を、夕日ががねいろに染めていた。

 神社へ戻ると、創は手短にあいさつを済ませて社務所へ向かった。結は、今回感じた気持ちをもう少し報告して、それから自室で「こうかん日記」をするつもりだった。


「……あれ?」


 だれかの声が聞こえた気がした。やさしい声が、ほん殿でんの方から。

 いや、目の前にいる。なのに見えない。


『結ちゃん。……聞こえてたら良いけど』

「あ……」


 居る。そして、きっとこれは私だけだ、と結は理解した。


『……えにしさま?』

「あっ……! 良かった、聞こえてた!」


 声色からも、きっとうれしそうな顔をしているようだ。


「あ、あの」

『ごめんなさい、驚かせて。でも、どうしてもお話がしたくて』

「その……お話って」

『ああ、その、実はほんのあいも無い話のつもりだったのですけど……』


 しりすぼみになるえにしさまの言葉に、結も次を待つ。


『琥珀さんと蓮さんの周囲、思ったより深刻そうなんです』

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