第9話『琥珀と蓮④』

「確かに迷いはあったけど――」


ファミレスで、はくれんと話す結。

 と、連れてこられたそうを交えての会話。


「……何で、ぼくまで」

「『ちゃんと知っておきなさい』って、お父さんが言ってたでしょ」


 創がいつしよに来ることになったのは、父親の真のアドバイスからだった。

 琥珀が話を続ける。


「でも、中学校で同じクラスになってから、兄弟みたいにやってきたのもあるから、それでも良いのかなって思って」

「僕は、それでも一向に構わなかったけどね」


 メロンソーダとウーロン茶、こちらはオレンジジュースとブラックコーヒー。

 ドリンクバーで選ぶ飲み物も、性格が出る。


「でも、パートナーシップ登録にはちょっとまどったよー」

「ああ、あれはつい勢いで……」


 いざという時に迷ってしまう蓮が、その時は勢いで進めた、という話に創と結がおどろいた表情を見せる。


「でも、生活が少し楽になったよね」

「変な目で見られることも、多くなったけど。まあいいよ」


 琥珀たちは、自分たちなりに向き合い始めているのだ。


「ああ、でも琥珀の家が一番大変だったっけ」

「そうだね……」


 琥珀はもともと異性愛者だった、というより自覚はなかったが、蓮との関係が深まっていく事に、大してかんを覚えなかった。

 しかし、家族はそう簡単にはそれをゆるさない。以前ふたりのライブに行った時には気付かなかったが、両親からかなりの大反対にい、家を飛び出して蓮の家にみ、蓮の家族もそう簡単には首を縦にらずそこからも追い出されて。

 結局は急ぎで大学近くのアパートを借りてふたりで暮らすようになったのだ。人目をけるように、とは言っても何か『関係』におよぶわけでもない。

 現実からしたかったのだ。だれも自分たちを理解してくれない苦しみから。メロンソーダの、これを話している最中のあまみがすっかりげてしまった。


「……一緒に居たいだけなのに」


 しばらくの間の後、ようやくしぼせた言葉がそれだ。アパートに住み始めた初日に買った、とびきり甘いメロンソーダでさえも、いやに苦かった。

 覚えている味が、嫌な言葉を思い出させて、じりなみだかんだ。

 

「幸せになろうとしちゃいけないのかな」

 切実な願いだった。


「それって、男女じゃなきゃダメなのかな」

「……琥珀」


 とがめるというより、ただ泣き出しそうな琥珀を止めようとする蓮。

『別に泣かすつもりはなかったのに』と、結や蓮は思いながらなだめる。

 そこに、創が口を開く。


「……男女である前に、『人間』だから、ね」

 優樹のことをおもかべながらだろうか、創は目を閉じて、それを確かめるように言った。

「……僕も、正直迷って、いるんだ。こいり方とは、何か、と」


 その言葉に、全員が聞き入る。

「『大好き』という気持ちが、そこにある。ひとまず、それだけは、確かだ」

「……男女で無くても、ですよね」

「うん。……広い目で見れば、『家族愛』としても、見られるし、『親愛』の延長線上、でもある。多くの人は、それを、意識していない」


 おだやかな表情で、創が続ける。

「よくよく考えれば、ふたりのそれは、『家族愛』の延長線上だ。それも、血のつながっていない、『ふう』……というと、へいはあるかも、だけど、それに相当する」


 その言葉に、琥珀が応えた。  


 琥珀はせきを切ったように話し始めた。


「みんな、みんな言うんです。『男同士だなんて』って。単に好きなだけで、からかわれて、笑われて、なじられて。男同士だからって、みんな人間でないかのようにあつかうんです。一番言われてるのは蓮なんです。『蓮がたぶらかせなければ』って。蓮は、蓮は何も悪くない!!」


ファミレスの空気がこおりつく。『同性愛者がいる』という空気と、まるで今まさに自らがかれらに言ってしまったかのような、『差別をしてしまった』かのような気まずい空気。

 それでも、やがて店員たちも客たちも、続きへともどっていく。


「……『フォレスタ』の方が良かったかな」

「いや、あれはあれで、すごい人たちが、いるから」


「すみません、大声出して」


 ようやく落ち着きをもどした琥珀があやまる。

 もう家族なのだ、という事は結はもちろん、そうめいな兄もこれで痛感した。

 もちろん創も、優樹や花火に対して気をつかっているつもりでいたが、『もしかしたら、まだまずいこと言ってるかもしれない』と思った。


 蓮は複雑そうな表情を浮かべる。

 元はといえば僕が、と言いたそうな表情だった。

ファミレスの気まずい空気が、まだ残っているような感覚。


「認めてもらえないことが、こんなに苦しいなんて」


『でも初めからわかっていたことなのに』と琥珀は言う。

 こうていされないことが、と続けようとしてまる琥珀。


 蓮が言い出せずに戸惑っているのは、琥珀でも分かる。


「蓮は、僕が蓮を助けたって言うけど、……だったら、お返しはしたくて」


 今まで何度も言ったらしいことを、創や結に向かって言う。

 きっと、蓮になあなあにされてきたのかもしれない。

 しかし、すっきりさせないと気が済まなそうなのが、琥珀の性格だ。


 小さくうなりながら、琥珀はなんとか言葉をつむぎ出そうとする。

 何が正解かはわからないけれども、この2人になら、と。

 創も、結も、それを分かった上で、琥珀の言葉を待つ。


「……ただただ、蓮が好きだから」


 ようやく、なつとくのいく言葉が出せたらしい。

 少しほっとしたようながおが、琥珀の表情に表れた。

 蓮はなおも、複雑そうな表情を浮かべていた。


「キスするには、まだ不安になっちゃうけど」


 いすにすわり、蓮に寄りかかる琥珀。

 もたれかかられている蓮は、まんざらでもないようだ。


「蓮だって、僕をたよったっていいのに」

「……琥珀は、危なっかしいもん」


 苦笑いする蓮と、不服そうな琥珀。

『大切にしたい』という気持ちが、ふたりから伝わってくる。

 何となく、創もそれは悪い気はしないらしい。


「……フォレスタで、やっても、よかったね」

「うん」


 このふたりを、あの個性的なきつてんに連れて行ったら、楠家くすのきけの子供たちも喜ぶだろう。

 何となく、そういう気がした。

 真っ先に琥珀がいじられるのが簡単に想像できてしまったが。


 蓮を見ると、まだ何かを言いたそうで、く固まっていない様子だ。


「蓮?」

「うん……ごめん、もうちょっと」


 琥珀がうながすように顔を上げるが、難しい顔をしたままだ。

 創がコーヒーを入れに席を立つ。


「……蓮さん、琥珀さんのこと気にしてるの?」


 結がちんもくを破ると、蓮の表情がこわばった。


「僕は……その」


 ようやく口を開いた蓮が、話し始めた。

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