第8話『琥珀と蓮 ③』

 れんは、はくを放っておけない。料理は危なっかしく、演奏の本番前にはうずくまるほどだ。


「だ、だいじよう……」


 そんなことを言われても、周囲の仲間だって心配するのだ。いつしよにいることになってからは、なおさらだ。長く『相棒』としてやっていく、とちかったのだから。


 そういうあいだがらになってから、よく聞かれることがある。


『何で男と付き合ってるの』と。


 もう家族のようなものなのに理由はいるのだろうか、と思いつつも、苦笑いで返すことがほとんどだ。琥珀は、そんな質問にもうろたえることがある。そのたびに、割って入っては代わりに答えることも多い。琥珀は傷つきやすいからだ。


「……ごめん、ありがとう」


 最初は「ごめん」ばかりだったが、共にいるようになってからは、気をつかってか『ありがとう』を付け加えるようになってくれた。それで少しだけ、安心できるようになった。

 家に帰ったら、あとは琥珀をなだめるだけだ。


 蓮は、琥珀のように決断力はない。

 夕食のレシピを考えるときも、ついレシピ本とにらめっこしてしまう。そんな時、横からのぞいていた琥珀が『これがいい!』と決めてくれる。ささいな事ではあるが、蓮にとってはありがたい事なのだ。

 思い返せば、新人演奏会のでソロを取るときもそうだ。りがついていない蓮を『蓮はいっぱい練習したじゃん、大丈夫だよ』とはげましてくれた。

 こうやって琥珀のしんらいたよりに、蓮は進むことが出来る。


 琥珀はあまり自覚はしていない、というよりかは、そもそも自分に自信が無いのでその気が無い。蓮は『それでも良いんだ』と割り切っている。琥珀も蓮をたよっているので、おたがさまなのだと。


「ん、どうしたの?」


 琥珀のことを考えていたら、つい琥珀を見つめすぎてしまったようだ。これでは、同級生にまたいじられてしまう。慣れてはきたものの、あれこれ返答を考えるのも大変なのだ。


「今晩、ビーフシチューが良いな」


 感情をはっきり出してくれる琥珀の存在が、本当にありがたい。他人の顔色をうかがうのも、大変なのだ。


 蓮は、琥珀の意志の強さがうらやましい。

 悪く言ってしまえば「がんもの」なのだが、琥珀は一度「こう」だと思ってしまえばすすむ性格なのだ。とはいえ、だんは簡単なことでもついてしまうが。

 そういうところが、蓮とは真逆なのだ。

 反対だからこそ、おたがかれ合うところはあったかもしれない。『ああ、お互いがうらやましいんだな』と気づくことすらある。お互いを補完し合うからこそ、一緒に居ることはごく自然なことなのだ。


 そういう話を周囲にしたら、『だからってパートナー登録なんて』と言われた。『もう家族みたいなものなんだから』と何度話しただろうか。会う人それぞれに言っているかもしれない。

 そう考えると、真面目だと思っていた自分が、意外にもおおらかだったことにも気づく。つうだったら、周囲の言う『同性同士でなんて』という言葉が、自分からも出ていただろう。

 もちろん、同性だったらだれでも良いというわけではない。

『琥珀だからこそ』なのだ。『あまりにもしっくり来すぎているなあ』と、蓮は一人くすくすと笑った。


 元はと言えば、蓮がさそったのだ。

 蓮が琥珀へのあこがれをこじらせて、一人でなやんでいたところを、琥珀に気づかれたのだ。真剣に聞いてくれた琥珀に分かりやすいように説明するのは大変だった。それでも、琥珀なりに考えながら答えを出してくれて良かった、と蓮は思う。

 結局のところ、お互いが足りないところを補完し合う形で、えればそんしているとも言える。こいびとと言うより、兄弟のような関係。それが、このふたりなのだ。


「蓮が誘ってくれなかったら、どうしてただろうね」


 蓮も、それは分からない、という風に思う。元々幼なじみだが、これまでに出会っていなかったらどうだろうか。おそらく、お互いの性格から、声をけることすら難しかったかもしれない。だから、ずっと一緒に居られて良かったと、蓮も琥珀も思っているのだ。


 様々なことにぶつかる。周りのへんけんだとか、いやがらせがない訳でもない。

 まどう琥珀に「大丈夫だから」と蓮がなだめる。その度に、琥珀に対して申し訳なさを感じる。


 蓮は、琥珀を見守っていたい。

 放っておけないのもそうだが、感情表現の豊かな琥珀は、見ていてきないのだ。不器用ながらにも、自ら成長しようと努力する様は、身をめられる思いだ。


「蓮ー、フライパンがー!」


 また琥珀のフライパンから火が出たようだ。こればかりはさすがに、苦笑いしながら手伝いに行く。頼られること自体もきらいではない。琥珀のたのみであればなおさらだ。


 気がつけば、琥珀の話ばかりをしてしまう。琥珀について気がつくことが多く、琥珀という存在の大きさを感じる。

 そのたびに『のろけ』とからかわれるが、それ自体は、特に悪い気はしない。


 とはいえ、同性同士ということで、嫌がらせを全く受けないわけでもないし、気持ち悪がられることの方が多い。なので、気がついた後はだまんでしまうこともある。世話を焼くのには変わりは無いのだが。


 世話を焼くことが、蓮が安心できる理由なのだ。

 うっかりしていたり、普段は弱気なところだったり、挙げれば切りがないのだが、元々琥珀でなくとも世話を焼く性質なので、その中でも琥珀は放っておけない。

 琥珀もあまえ上手だ。『こういうことならやってもらえる』ということを分かった上でたのんでくるから、例えばレポートのテーマがほぼ一緒になるということさえある。


 全部同じでないと安心できないという訳でもないが、かといって全くちがうことをするのも不安になる。長年共に歩んできたからこそ、一緒に何かしたいという気持ちもある。何となく、それが特別なのだ。

 ちょっとした事でさえも、一緒にやってみたい。

 あいらくをも共有したい。

 一緒に音楽をしたい。


 たくさんの願いが積もり積もって、今の形になったと言っても良い。だから、一緒の大学に進めることになったとき、内心ではものすごく喜んだのだ。となりから、琥珀にうれしさの余りきつかれながら、蓮も、それを思いっきりみしめた。


 目標は、「最低でもデュオでのデビュー」だ。それを今から、楽しみで仕方ない。

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