第5話 『森宮 和樹 ①』

「いや、正直れんあいとか興味ないし」

 質問をしてみたかずの回答の一言目がこれだ。

「いや、んー、確かにこいをしてみようと思ったことはあるけど、つう恋するだろって場面でならなくて」

「……恋愛できない感じ?」

「たぶん」

 参考になるのかならないのか、とても分かりにくい。

 結と和樹がおたがい『うーん』とうなる。

「いっそ男も好きになれば、と思ったけど、結局『恋愛できない』におさまる感じ」

「そっか……」

 恋愛もののドラマも、アニメも、いまいちピンとこないそうだ。ぼんやりと『恋愛は良いものだろう』ということは分かっているものの、自身には実感がかないらしい。

「なんか、みんな相談してるからおれも相談してみたら、『無性愛かもね』ってお父さんに」

「『無性愛』……」

 最近調べ始めた父親の真いわく、『恋愛がだれにも向かない』ことをそう言うらしく、これもめずらしいけいこうなのだそうだ。そして、『無理に恋愛する必要もないしね』と言ってくれたとのこと。それでも、和樹は何となくモヤモヤしているようだった。


 結はえにしさまに聞いてみることにした。

「誰にも恋しないってこと、あるんですか?」

「ええ、ありますよ」

 えにしさまいわく、誰にも恋できないなやみをかかえた人がこの神社にやってくることもあるそうだ。

「それは、単に運命の人に出会えていなかったりする場合もあります。でも――」

「でも?」

「誰にも恋をしないまま、気ままに過ごす人もいますし、ぼんやりと過ごしてしまう人もいます」

『まるで、私みたい』だと結は感じた。『でも、女の子には興味があるから、きっとちがう』とも。

「誰にもこいごころを持たないのが、『無性愛』というものですね」

「……」

 それを聞いて、和樹のことがますます心配になってきた。

 気ままに過ごすようなタイプではなく、真面目なタイプだから、と。

「ずっといつしよに居られる親友、みたいな人でも、それは立派な『えん』だと、私は思いますよ」

 そうか、と結はに落ちた。

 その延長線上が無いだけで、一緒に居たい関係はきっといるのではないか、と。


 和樹にとって、どんな形でも家族の幸せそうな姿はうらやましかった。うらやましい反面、自分へのいらだちもだいに増していった。

 それはきっと、「けつこんしなさい」という良くある親からのプレッシャーだ。森宮家ではそんなことはないのだが、将来的に、友達が結婚していくなど、周りについて行けなくなるだろう。


「……こんなの、居づらくなる」

 そうつぶやきながら、朝方、けいだいへと入る。

「えにしさまは、なんて言うかな……」

 おみくじを引いても、『待ち人 来ず』。

 ただただらくたんするだけだった。

「……何が『えんむすびの神様』だよ」

「あっ、いたいた」

 そこに現れたのは、しま

 和樹の幼なじみで、たのんでいなくとも世話を焼いてくれる。それでいて、和樹に好意があるようにも見えない、そんな女の子だ。

「朝早いのに、何をひまそうにしてるの」

「関係ないだろ。……そういうとこ、本当におせっかい」

「だって、放っておけないし」

 すでに待ち人が来ていることに気づくのは、少し後のお話だ。


「和樹は、身だしなみくらい気にしなさいよね」

「わかったから」

 真里と和樹は、お互いにえんりよが無い。幼なじみがゆえの特権だろうか。

 だからといって、ケンカをするわけでもない。せいぜいい程度がいつもの様子だ。

「本っ当にそういう所、変わらないわね」

「どうせ『家筋がしっかりしたところなんだから』って言うんだろ」

「うぐ」

 先回りして言う和樹に、真里は言葉が出ない。

「もちろん、行事とかの時には場をわきまえるよ」

「それなら良いけど、だんのボロが出たらダメじゃない」

 世話を焼く真里と、世話をされる和樹。和樹自身、そういうことは別にいやだとは思っていない。


 それどころか、神社に来ない日があると。

「……真里、どうしてっかなあ」

 真里の心配が口をいて出るのだ。

 父親の少しいい加減なところと、母親のしんぱいしようなところをそのままいでいる。

 真里も、似たような性格なのだ。お互いが、お互いを自然と心配する。そういう関係だ。

 えにしさまいわく、真里は人並みに恋心を持っているようで、和樹にそれが向きそうだという。和樹にはなくても、一緒に居たいという気持ちは感じるという。

「だから、結さんもあまり心配しなくて良いのですよ」

 そう言われ、結はあたふたとしてしまった。『心配していたのは確かだけど』と。

「だから、あの子達も、時間をけてでも、自然と答えが出るんじゃないでしょうか」

「……そうですね」


 えにしさまの言葉を見て、結は少しほっとした。立て続けに「普通の恋」とは違う恋の形を見ていて、しかもそれが身近に起きたことだった。きょうだいや、あるいはかれらをおもう人が悩み、導き出した答え。

 それは、決して悪いものでは無かった。きっとこの先も進んでいくものだのだと感じた。

 そして、ふと自分はどうだろうか、という考えに立ち返ってみた。男の子を好きになれない、けれど、女の子には興味がある。それで言うと、優樹のような立場なのだろうか、と。

「確かに、結さんの気持ちは定まりきってないように感じます」

 結の疑問は、えにしさまも感じていた。

「でも、それは急ぐ話でもないでしょう」

「……はい」

 しかし、それは周囲の話題におくれてしまう。そんなばくぜんとした不安も抱えることでもあった。

 それを相談してみると、

「そうですね。まずは、色んな人に会ってみましょう」

「旅行でもすれば良いんですか?」

「いえ、例えば学校だけでも良いと思うんです」

「は、はい」

 学校での出会い、と言っても、結の学校は女子校だ。可能性があるとしたら、優樹と花火のような関係かも知れない。気持ち悪がられないだろうか、と不安になった。

「たいていの場合が、そうでしょう」

「……ですよね」

 かんような家庭だというのは、社務所の人達とのやり取りでも感じた。それはきっと、学校でも社会でも同じだろう、と。

「だから、もし結さんがそれを望むなら、じっくりと探しましょう」

 そう、えにしさまは言ってくれた。

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