第3話 『森宮 創 ①』

「優樹さーん」

「はいはい」

 あの話以来、花火に対する優樹の当たりもやわらかくなって、花火は満足そうだ。優樹自身、色々考えたり、両親に相談したりしながら過ごしている。えにしさまへのお参りもしているようだ。

 ただ、ゆいいつなつとくがいっていなさそうなのが、長男のそうだ。元々頭の固いほうではあるが、すでかのじよ持ちというのもある。そのガールフレンドに、どのように説明したらいいか迷っているようだった。

「……結は、どう思う」

「どうって……」

 創のぽつりぽつりとしやべくせは、昔から変わらない。神社にいるとき以外でも和装を好み、ゆったりとしたいをする。

「私も、色々考えてはいるけど、まだ『正しい』とか『正しくない』とかまでは分からないかな……」

「……そう」

 小さくため息をつく創。両親はあの様子なので、優樹の件についてとやかく言うつもりはなさそうだ。結をふくめた下の3人も、まだ実感として分からないようだ、と創は感じているらしい。


 そんな創を、結自身も心配している。あっという間にかんきようが変わったのだ。少なからずまどいもあるだろう、と。


 創は常識を重んじる人だ。それでいて、少しゆうずうかない、短気なところもある。その常識がくつがえされたことが、少なからず戸惑いといらだちになっているようだ。

 創が、早朝にほん殿でんえて、じっと動かないことも増えた。その横を、同性カップルが通り過ぎることも。

 あとぎとして、色々なことを考える。

 だから、社務所での真との話し合いに参加することも多い。その中で、父と少し言い合いになることも増えた。百合ゆりは『ばつが出来そうで心配だわ』とこぼしていた。


『今までのカップルたちが居なくなってしまうかもしれない』と、創は言っていた。創の言い分も正しいのだ。

 それに対して、真は少し楽観的な見方をしている。

『どちらも大切にします、という姿勢を見せれば良いんじゃないかな』と、真は返していた。

 創の考えとは裏腹に、社会は少しずつではあるものの、同性愛、どうせいこんというものをにんしつつあるのだ。

 もちろん、創のように否定的な見方をする人々の方が多い。しかし、真は『それを受け入れた方が、時代に取り残されない』と主張しているのだ。

「……いまいち、納得がいかない」

 まんじゅうをんだ後、創が結にをこぼした。

 彼女がいて、他の家族と同じように暮らしていたつもりだったのに、いきなりそれが変わってしまったのだ。

 例えば、はくれんのこと。そして、優樹と花火のこと。

「男と女がこいをして、やがてけつこんする」というのが、創の中での常識だったのが、一気にくずってしまい、戸惑いをかくせない。

 結なら同じ事を考えるだろう、と思って結に話しかけているのだが、結自身の考え方も、実のところまとまっていないのだ。

「うーん、お兄ちゃんはそのままで良いと思うけど」

「そう、じゃなくて……なんというか、家庭が、つうじゃ、なくなって」

「あー……」

 創の考えも、納得できるものだった。

 同性婚は、世間いつぱんには「普通」ではないのだ。

 そして、何より創は異性が好きなのだ。

『普通』でありたいのに、『普通』でなくなってしまった。

「流海も、心配、してたし」

 そうしてため息をつく創であった。

 婚約者の流海は大人しくも美人だ。和のものを好む創に、わざわざ着物を買ってまで着て遊びに来る感性もある。そして、創が神社のあとぎであることも、ちゃんと分かった上で付き合っている。しかし、家族に同性愛者がいるとなると、今のご時世では不安になるのも仕方ない。

「創、あなたはだいじよう、よね?」

 この不安そうな表情が、今、創のなやみの種になっている。

ぼくは、変わらないよ。流海が、好きだ」

「……うん」

 いつもであればうれしそうに応えてくれるのが、今では、その不安そうな表情が残ったままなのである。

 すれちがいが、少しずつ広がっている。まだ、創自身も答えが出せていないからだ。創は流海のことが好きで、『同性に恋することはまずないだろう』と確信している。しかし、ふたの姉の、同じくがんものの優樹は、同性を選んだ。

 自分は変わらないこと、一方で、きっと同性愛者の家族が居ることを認めた上で、周囲に納得させなければならない。既に優樹と何度かケンカをしている。ケンカをすればするほど認められなくなり、流海とのすれ違いも広がってしまう。


 別の日。

「……」

「……」

 結が優樹とけいだいそうをしていたら、遊びに来た流海とばったり会ってしまい、気まずい空気になってしまった。

「あ、あの」

 そして切り出した声も重なり、会話が続かない。

「……流海ちゃん、創を呼んでくるわね」

 そして、優樹はげるようにそう言ってその場を去ってしまった。

「あ、……結ちゃん、ごめんなさいね」

「う、ううん……」

 自分の妹のようにわいがってくれる流海に、結もなついているのだが、この空気ばかりはおたがいにどうしようもないと感じていた。

「……優樹さんも何も悪くはないって、分かってるけど、つい不安になっちゃうの」

 流海はやはり不安そうに、しかし、自分の気持ちを確かめるように言った。

 結は意を決して口を開いた。

「創お兄ちゃんは、たぶん迷ってるだけ、だと思う」

「うん……分かってるの」

「それに、流海さんと居るときの創お兄ちゃん、すごく嬉しそうにしてるから」

 少しだけ、こわばった流海の表情がゆるんだ気がした。

「……流海」

「創……」

 しばらくして、創がやってきた。気まずそうにそっぽを向いた、優樹を連れて。

「父さんにも、言われたけど……少しずつ話し合う、ことにした」

「…………うん」

「優樹の話も、聞いてもらいたい」

「……うん」

「好きだから、いつしよに居たいし」

「……もう、大丈夫だと思う」

「……?」

 小さくやり取りした後、流海が顔を上げて言った。

「花火ちゃん、だっけ。あの子とも話すし、優樹さんもいい人だって、分かってるから」

「周りには、少しずつ、話そう」

「そうね。一緒に、考えたい」

「うん」

 そっぽを向いていた優樹が、二人を見る。

「その……創も、ごめんね。流海ちゃんも」

「いや、いいよ」

「平気です」

「創も思ってるだろうけど、考え方は一緒なの。『一緒にいないと落ち着かない』って」

「……ええ」

「だから、ちゃんと相手をしてみることにしたの。ただそれだけだし、進み方はきっと一緒だから」

 そう優樹が笑うと、ふわりと、流海も、創も笑った。

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