第1話 俺の会社の給湯室が明らかにおかしい件
朝目覚めると、俺は会社のデスクにいた。
これは、どう考えてもおかしい。
――俺はどうやって通勤したのか。
この現象はこれで二度目になる。
それは昨日、俺がこの会社の張り紙求人を見つけ、電話した直後だ。
とても条件のいい内容に、あの時の俺はとても心躍らせていた。
だがそれからの記憶は一切ない。
あの時も気が付けば、俺はこのデスクにいた。
どうやってこの会社へ来たのか。
そして採用面接は……。
もはや二度目の出社にも拘らず、俺はこの会社の通勤経路すら分からないのだ。
そして隣の席の小太りの男は、相変わらず『いつものコーヒー』とやらをしきりに勧めてくる。
一体なんなのだ。
いつからお前は、俺の行きつけの店のマスターになったのだ。
今日、俺に任された業務は『パックマン』だ。
八十年代に発売されたアーケードゲームで、世界に広く知られた日本産のゲームの一つだ。
システムは至って単純。四方向レバーを利用し、青い壁で構成された迷路の中でパックマンを操作する。
モンスター達の追跡を躱しながら迷路内に配置されたドットを食いつくすとラウンドクリアとなる。
パックマンが誕生したきっかけは、たまたま昼食にピザを食べて、そのピザの残った形を見て思いついたのだそうだ。
今日はこれをひたすらプレイしているように、と例のオラオラ系のリーゼントに言われた。彼はここのリーダーだ。
しかし何故今さらこのレトロゲームなのだろう。
そしてこの仕事には一体、なんの意味があるのか……。
だが今回の俺は、前回の失敗を踏まえ、目立たず穏便にをモットーに、淡々と仕事をこなそうと考えていた。
しばらくして、昼休憩の時間がやってきた。
午前は実に平和だった。
誰に話しかけられるわけでもなく、黙々とパックマンをプレイ。
これで給料が出るとか不思議でならん。
どうやって成り立っているんだこの会社は。
オフィスのメンバー達は、一階にあるというコンビニへ買い出しに行く者もいれば、近場の飲食店で飯を食べに行く者もいた。
まだ入社(多分入社でいいんだよな?)したばかりの俺に、一緒にランチに行く気の知れた者がいるわけでもないので、そのまま席に座っていた。
俺は昨日さっそく手に入れた二万円で『ちょっといいランチを』とも思っていたが、なにぶん引きこもり期間が長かったので、今回は滞納している支払いに充てようと思っていた。
オフィス内にはちょっとしたおやつなどが購入できる、無人の販売コーナーがあった。
IT系の会社などには結構よく見る、製菓メーカーやコンビニメーカーがオフィス向けに展開しているサービスだ。
過去に派遣社員で色んな職場を転々としてた俺は、結構色んなオフィスで見かけていたので割と馴染みがあった。
大体が会社が設置に予算を出しているため、簡素なものならば割安で購入出来るのは知っていた。
俺は節約のために、そのコーナーで一つのカップ麺を手に取った。
そして備え付けの貯金箱に、代金である百五十円を投入した。安くて助かる。
俺は日清のシーフードヌードルが好きだ。
これさえあれば、大抵どうにでもなる。
しかしこれを食すには、まずお湯が必要だ。
そういえばポットはどこに……?
オフィスにはリーダーのリーゼントだけ、カップ麺を
どうやらリーゼントも俺と同じように、そのコーナーのカップ麺を購入したようだった。
しかも同じシーフードヌードルじゃないか。
同志よ――。
俺の視線に気づいたのか、リーゼントが遠くから座ったままで声を掛けてきた。
「確かキミは昨日入社だっけ? もしかして給湯室の場所知らない?」
「あ、はい。実はそうなんです」
俺はそう言って、シーフードヌードルを見えるように掲げた。
リーゼントはそれを見て、特にそれに触れることもなく給湯室のある方向を手で指し示した。
「えっと……オフィス出て、通路をトイレ側に歩くと給湯室あるから。そこにポットあるよ。使ったら残量見てちゃんと水足しといてね」
俺は少し紅潮しながら、そそくさとカップ麺を手に立ち上がる。
オフィスを出るとき、更に付け加えるようにリーゼントに言われた。
「あ、えっと。一応レバー上げといてくれる?」
「レバー……?」
「うーんと、とりあえず行ったら分かるよ。上に上げるだけでいいからね」
リーゼントの言うレバーってなんだろう。
俺は換気扇の電源切っといてくれる? くらいのノリなんだと思って給湯室に向かった。
言われた通り通路を行くと給湯室に辿り着いた。
電気コンロに綺麗に掃除されたキッチンシンク。最新の電気ポットに大きめの冷蔵庫まで。
ちょっとした調理まで出来てしまうほど設備は整っており、約二畳ほどの広さはあるだろう。
至って普通の給湯室だ。
正面の壁の馬鹿でかいレバーを除いて。
レバー……だな、確かに。
俺はとりあえずそのレバーを見ないふりをして、カップ麺に湯を注ぎ入れる。
空腹時の三分間とは、空虚なもので実に長く感じる。
ふぅ……。
どうしても視界に入る馬鹿でかいレバー。
見ないように心を無にすると、余計に気になって仕方がない。
しかし俺はリーゼントに頼まれてしまった。
よく分からない好奇心と使命感に苛まれ、俺は決心する。
そして言われた通り、俺は下に下がっているレバーをぐっと持ち上げた。
ガッシャン……
大きな音を立て、レバーは上に傾く。
かなり重く感じたが、その動きは実に滑らかだった。
何が起こるのかドキドキしていた。すると壁の中で何かが低い音を立てていた。
ゴゥンゴゥンゴゥンゴゥン……
キュィィィィィィィン……
会社がカタカタと揺れ始める。
えっ? 地震……?
えっ? もしかして……動いてる?
あれ? これ操縦桿?
俺は不安になり、カップ麺もそのままにオフィスへと走る。
ディスプレイを食い入るように見ていたリーゼントに向かって俺は聞いた。
「あの! レバー上げたんですけど! 会社、動いてません?」
俺に声にびくっとびっくりした様子で、リーゼントはそそくさとディスプレイの画面を隠して言った。
「ハハッ! 君、面白い事言うね!」
「いや、動いてますよね? 窓の景色変わってますよね!?」
「…………」
揺れる社内に騒ぐ俺。そして何故か黙るリーゼント。
リーゼントは引き出しから何かを取り出し、それを俺に向けた。
次の瞬間、とてつもないまばゆい光で俺の視界は真っ白になった。
どうやら俺は気を失ったらしい。
気がつけば俺はまた、二万円の入った封筒を握り締めて自宅のベッドで眠っていた。
どうやって自宅に帰ったのか、もちろん思い出すことは出来なかった。
記憶は曖昧だ……。
でも何故か俺は、オフィスでパックマンをひたすらプレイしていたことは覚えていた。
どうやら俺はまた何か、ヘマをやってしまったらしい。
今回の敗因はよく分からない。
しかしとにかく記憶を失ってしまったら負けだ。
次こそは何かブログのネタをゲットせねば。
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