俺の会社に未来人がいる件
須和部めび
プロローグ
俺はいつからか、とある会社でゲームのデバッグの仕事をやっている。
デバッグというのは、実際のゲームをプレイしてみて、ちゃんとクリア出来るかを見る。
そしてあの手この手、色んな事を試し、ゲーム内のバグや欠陥を見つけて、その問題を解決に導く仕事だ。
うちの会社はゲームだけではなく、Webサービスなどを取り扱っているベンチャー企業で、手狭なオフィスビルのワンフロアを占有している。
というのは表向きで……実はこの会社が何をしているのか、その全貌はよくわかっていない。
というのも、この会社はインターネットで会社名を検索しても、何故か一件もヒットしないのだ。
一体どこから仕事を貰ってくるのか、それすらもよくわからない。
俺は入社して半年も経つ。
それなのに未だよくわからないことだらけだ。
そもそも入社したきっかけは、このオフィスビルの1階部分にあるコンビニに、今時珍しい張り紙求人で見かけたのだ。
‐‐‐‐‐‐‐
デバッガー求む!
時代を超えたいと思うほどの
ゲームへの情熱があれば、
我々は同志である!
仕事内容
開発部が作ったゲームに
バグが無いかを探すお仕事です。
ア)時給2500円~
契)月給35万円~
超過労働時間が発生した場合は
時給換算にて1.25倍を支給
交通費:全額支給
休日:土日祝日
株式会社トゥモロネバノゥズ
TEL:XX-XXXX-XXXX
‐‐‐‐‐‐‐
その張り紙はまるで怪文のように、新聞紙の一字を切って貼って作られていた。
うん、もちろん怪しさが満開だった。
だが条件はすごく良い。
俺はゲーム好きである。
そして最近、仕事を辞めて引きこもりである。
貯金はとうに尽きた。
故に、つまるところ金欠なのだ。
まるで荒野の砂漠でオアシスを見つけたように、俺は目を輝かせて人目も気にせず、張り紙求人を剥がした。
そしてそそくさとポケットにそれを押し込み、心躍るように家までダッシュした。
自宅に着いた俺は玄関で、早速くしゃくしゃになった張り紙求人の番号に電話をかけた。
プルルルルル……プルルルルル……
なかなか出ない。
プルルルルル……プルルルルル……ガチャッ
あ、ようやく繋がった。
「あ、もしもし」
キィィィィィン!! ピィィィイイイン!!
電話越しから、耳をつんざく強烈な異音。
俺は正直そこから何が起こったか、まるで覚えていない。
まったく記憶がないのだ。
思い出そうとすると、何故だか頭痛がする。
気が付いたらそこはオフィスだった。
俺はあるデスクにうなだれて座っていた。
ここがどこだか、全く身に覚えがない。
「大丈夫? 具合悪いのかい? いつものコーヒー淹れようか?」
「!?」
俺は一体、いつからこうしていたのだろう。
俺の顔を覗き込む男は少し小太りで、特徴的な深緑のベレー帽にゴツい黒縁眼鏡を掛けていた。
その風貌は一昔前の漫画家みたいで、とびきり異彩を放っていたが、それより俺はその男が言った『いつものコーヒー』というワードが、気になって仕方なかった。
「あの、俺は一体ここで何してるんでしょうか?」
「あはは、君はまた記憶喪失のフリして僕をからかう気かい? 勘弁してよぉ」
「えと……そうじゃなくて、あの」
その男は初対面なのにも関わらず、妙に親しげに話すので、俺は何故だか不可解というより、不愉快な気分になった。
ギュィィィン!
突然、オフィスの入り口の扉が
うん、言いたい事はわかる。
それはまさに、スターウォーズとかスタートレックの宇宙船の中とかで、よく見るあの扉だ。
縦に開いた扉からは、おそらくここをまとめるリーダーらしき男が、パンパンと手を鳴らして
「さぁさ! ミーティング始めるよ!」
その男はツヤツヤのリーゼントに、ぴっちりとしたチャコールグレーのパンツ。
白いワイシャツに、パンツと同じ色のベスト。
真っ赤なネクタイはワンポイントのアクセントだろうか。
だが自信に満ち溢れてオラオラしてる感じが、いかにもここのリーダーという雰囲気。
そしてその男の手には、まるで見たこともない物を持っていた。
そう、見たこともない物だ。
こういえばわかるだろうか。
どう考えてもこの時代には似つかわしくない、ハイテクノロジーの結晶のようなもの。
それは青光りしてて、空気中に何かを映し出していた。
映画の小道具か、なにかだろうか。
とりあえず隣の席の小太りの漫画家風の男は、そそくさとそのリーダーらしき男についていくので、俺もその後について行った。
ミーティングは俺にとっては、実にくだらない内容だった。
リーダーらしき男は真面目な顔をしていた。
もちろんこの会議室にいる奴らは、みんな真剣な顔だ。
「次の研究対象は『パックマン』だ! 異論は無いか?」
「私、次は『魔界村』がいいです!」
「いやいや、やっぱ『スーパーマリオRPG』は外せないでしょ」
みんな本気だ。
そもそも
我慢出来ず、俺は口を出す。
「あの……研究対象って一体何のことですか?」
俺の放った一言で、会議室の空気が一瞬にして凍りつく。
奥の席に座ってた二人組の女が、ちらちら俺を見ながらヒソヒソと何かを話している。
なんだ? 俺、何かマズイことでも言った?
会議室内は一同に、ヒソヒソと変な雰囲気で包まれ、俺は居た堪れなくなった。
それを察したリーダーらしき男は、俺を気遣うようにこう言った。
「君、少し顔色が悪いな。医務室で少し休むと良い」
何故だかよく分からんが、とても居心地が悪かったので俺はその言葉に甘んじ、会議室を後にした。
「えっと……医務室、医務室は……と」
オフィスから会議室に行く途中で、医務室があることは知っていた。
しかしここは何かおかしい。
記憶も曖昧なところが多く、思い出そうとすると頭がズキズキする。
いつから俺はここで働いているんだ。
そんな事考えながら、俺は医務室の扉を開いた。
次の瞬間、とてつもないまばゆい光で俺の視界は真っ白になった。
どうやら俺は気を失ったらしい。
気がつけば俺は、二万円の入った封筒を握り締めて自宅のベッドで眠っていた。
どうやって自宅に帰ったのか、それは思い出すことは出来なかったが、オフィスでの記憶は不思議な事に失ってはいなかった。
封筒に入った金は給料なのだろうか。
ほとんど記憶にないが、なんてオイシイ仕事だろう。これは儲けれる。
ただし、俺はそれ以降ミーティングで発言しないことにした。
そしてただ淡々と与えられた仕事をこなし、この会社の謎を突き止めようと心に誓ったのだ。
上手くいけば趣味でやっているブログのネタになるかもしれない……。
しかし医務室には二度と近寄るまい。
記憶を消されちゃ意味がない。
あのミーティングはなんだったんだろう。
彼らが言う、研究対象とは一体――
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