ゆっくりと鎖は巻かれる②
読書に集中できない。ロックバンドのライブ会場のような大ボリュームが文字と文字の間をかき分けて脳裏に侵食してくる。
彼らの歓声を浴びているメインボーカルは、校内一の美女と名高い『鳴海さくら』その人であった。
「おーいお前らー席つけー」
担任教師の一声によりさっきまでのライブは終演を迎えた。
「よし。全員席に着いたな。出席取ってくぞー。」
そう言うと、五十音順で名前を呼ばれ出席を取って行った。僕の出席番号は三番目
、返事をした後すぐにでも文字の草原へ放たれたい……。
今日は新学期初日ということもあり、お昼までで授業が終わる。雅彦は午後からの新入生向けの歓迎会兼部活紹介に参加するとのことで部室へ向かった。
僕は、図書委員の顔合わせとして図書室に集まることになっていた。
放課後の図書室は夕日が差し込む絶好のロケーションで読書に勤しむことができる。それがために委員会を決めたようなもんだ。
図書室に到着すると七割ほどの生徒が集まっており、五分ほどすると今季の図書委員会メンバーが全員集まった。
会議では委員長の選出や放課後の常駐係のシフト作成、本の貸し借りの管理に至るまで細かい指導があった。
その後は本棚の整理を行い、本日は解散となった。僕はそのまま図書室に残り読書をすることにした。
読書に集中していると、窓に何かがぶつかる音がした。
横目で確認すると、空はどんより黒ずんでおり大粒の雨が窓を打ち付けていた。
そういえば今日は午後から雨だった――――
すでに本降りに近いくらいだったが、早いうちに帰っておこう。
昇降口で外履きに履き替え、カバンから折りたたみ傘を取り出した。校舎を出て空を見上げると空が迫ってきそうな勢いだった。
これは夜中まで降り続きそうだ――――傘をさして歩き出そうとしたとき、雨の匂いに混じってほんのり石鹸の香り鼻孔をかすめた。
ふと横目にやると、一人の少女が空を見上げ呆然としていた。
僕は、雨に濡れた彼女がとても儚く感じた。そんな彼女がとても美しいとも思えてしまい数秒間目線を放すことができなかった。
すると彼女はこちらに気づいた様子だった。
「こんにちは。有馬君。」
僕は突然声をかけられた驚きと今まで見つめてしまっていた恥ずかしさで動揺を隠せなかった。
「え……あ、こ、こんにちは。」
彼女は再び目線を雨の降る空へ戻し話をつづけた。
「雨……今日は部活が出来なさそうです。」
敬語?
「り、陸上部だったっけ?」
僕はうまく息継ぎができなかった。
「そうです。よくご存じですね。」
僕は彼女と同様に雨の降り注ぐ空へと視線を変えた。
「君は有名みたいだからね。部のエースらしいじゃないか。」
それもこれも全部、情報通の雅彦がしゃべっていたことを並べただけだ。
「エースというのとは少し違うと思います。」
え?違うの?
「エースとは常に結果を出してチームに影響を与えて引っ張っていく方だと思います。私は自分のやりたいように走っているだけですし、最近いい結果が出なくて落ち込みもしています。」
スランプなのだろうか。完璧超人だと思っていた彼女にも普通の競技者としての悩みがあるのか。
「今日は新学期初日ですしがんばろうと思っていたのですけどね。この……あいにくの雨では仕方ありません。」
出鼻をくじかれた思いで雨を見つめていたのか。
「へー……意外と努力家だったんだね。」
ふいに出た一言で彼女は呆気にとられていた。僕はあまりの勢いだったものでとっさに謝っていた。
「ご、ごめん。余計な事言ったかも。」
なるべく彼女の眼を見ないように彼女の様子をうかがった。
すると彼女は、意外そうな顔でこちらを見ていた。
「驚きました……有馬君は私に関心が一切なかったのですね。」
どういうことだ?生徒全員は私に気が合って当然ということなのか。物静かな感じはしたが裏では女王様だったのか?
「この場合は謝ればいいのかな?」
一体僕は何を聞いているんだ。
気づけば、頭の中で幾度も彼女に対する返答をシミュレーションしていた。
すると彼女は、クスッと笑みを浮かべて答えた。
「別に、謝ってほしいわけではありませんよ。ごめんなさい。言い方が間違っておりましたね……。あなたは私を努力家と言ってくださいました。その言葉は、今の私にとってとても励みになる言葉です。」
彼女は二~三歩僕のほうへ近づき、話をつづけた。
「普段、部活内でも私は才能が有って少しの練習で結果を出していると思われています。皆さんと同じ時間、同じメニューをこなしているというのに…。それでも皆さんは私を見る目は変わりません。ずっと変わることはない……そう思ってしまうとなんだか体に力が入らなくなるんです。」
これまで彼女の評価が現実から背く、見た目と周囲の理想が先走ってしまっているのだろう。僕からすれば、期待されることすら羨ましい限りだが……
彼女を一言で表すなら、『独りぼっち』なのだ。
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