ゆっくりと鎖は巻かれる①

 長い間、読むことのできなかった小説をやっと開くことができる。この幸福感に浸るべく気合を入れたところでいつも通りの横やりがドアを突き破ってきた。

「先輩ヤッホー!おげんきですかぁー」

お前の声で元気百倍だよ!!と突っ込みたくなるな……

「また来たのかお前。今日は何しに来たんだよ。」

 

 花咲さんは眉間にしわを寄せながら、黒いリュックサックからノートとボールペンを勢いよく出した。

「今日はテスト勉強なのですよ!あ、また鳴海先輩の話をされると思ったんですか?残念でしたー!私そこまで暇じゃないですよー」

なんかいらっとするな。あれだけさんざん聞いてもいないのに情報集めて僕に披露してきたというのに。

「そうかい。じゃあおとなしくお勉強に興じなさいな。俺は本を読む。」

いや、そこは働きなさいよと言わんばかりの呆れ顔をされたが、花咲さんが注文したコーヒーを運び任務完了の意をどや顔で表現した。


 今日は特に暇な日だった。ハルさんも今日はいないしお客さんも花咲さんのほかに誰もいなかったし、空もどんよりした雲がかかっていた。


 マスターも静かにクラシックを聞きながら読書中だった。最近のドタバタした雰囲気に体力が酷使されていたのか、急な睡魔に襲われた。薄れゆく意識の中コーヒーの豆を煎じた香ばしい匂いと枕にしている腕の裾からほのかに石鹸の香りが僕の意識を夢の世界へと引き込んでいった。


―――――


 買った当初はダボダボだった制服が着始めて一年を過ぎ体にぴったりしてくると上級生の仲間入りなのだと実感ができる。

 今日は曇りのち雨。新学期早々にしては最悪の天気だ。荷物が多い上に傘を持って登校しなければならない。


「よう慎太郎。また同じクラスだぞー」

 

 小学校からの幼馴染の津田雅彦。唯一の親友と呼べる存在だ。彼は中学からバスケ部に所属しており、一年の時からレギュラーで活躍している期待のルーキーだ。小さいころからスポーツ万能で、野球やらサッカーをやらせればクラスで一番うまかった。そんな彼がバスケ部に所属を決めた理由も極々単純で人気のバスケ漫画を読んで興味を持ったから始めたというものであった。そんな理由でも期待のルーキーとして活躍できるのだから本当に感心する。


「おす。またまた一年間よろしく。」


雅彦はニヤリとした顔で話をつづけた。

「なあ慎太郎。今回のクラスはラッキーだぞー。何てったって校内一の美少女がいらっしゃるみたいだぜ。」

そんなドラマみたいなキャラクターがこの校内にいたのか。


「ふーん。それどんな特殊能力者なん?」

「残念ながら特殊能力はねえな。だが容姿端麗、眉目秀麗、おまけに文武両道っていうハイスペックの持ち主だけどな。」

「そりゃ残念だ。まあ僕には縁のない人だろうよ。」

「どうだろうなー。そう言ってるやつが一番関わったりするんだよな。」


 他愛もない話をしながら新しいクラスへと足を運んだ。

席は一番後ろの窓際だった。比較的クラスの中で最高位の座席であるその席は、生徒中から羨ましがられる一つであり、小さく優越感に浸れるものだ。

「お、慎太郎は一番後ろの席かよ!いいなー」

雅彦はこういったイベントごとには敏感なのだ。

「そういうお前さんは一番前か。せいぜい先生の話に耳を傾けたまえよ。」

「うぇ!?まじかよ最悪だー!」

なんちゅうテンションなんだこいつは。


 がっかりしていると思った雅彦は世話しなく話題を次々に変えてくる。

「さあて。話題の超美人の席はーっと。」

「何て名前なんだ?」

「お、慎太郎も興味がわいてきたか?確か名前は鳴海さくらだよ。」

僕は雅彦とともに席順表を眺めていった。


鳴海さくらは僕の右隣の席だった。


「慎太郎お前!!羨ましいぞーー!!」

慌てる雅彦のほうを向いたとき、後の入り口が人だかりになっているのが見えた。

その人だかりから出てきたのは、漆黒の黒髪にすらっとしたスタイルの美少女であった。

「うおー!あれが校内一の美少女かー!ちょっと見に行ってくる!」

雅彦は期待に胸を膨らませ美少女の元へ向かって行った。


行ってしまった……わざわざ人だかりに向かっていく勇気はなかったので自分の席に向かった。


 席に着くとスクールバッグから読みかけの小説を取り出し、読み始めた。

普段教室内はだいたい四~五人のグループで喋ている声がボリュームが大きい。だがしかし、今回に至っては想像をはるかに超えていた。

読書に集中できない。右隣がロックバンドののライブ会場と勘違いするほどの大ボリュームだ。


その中心にいるのは、校内一の美女と名高い『鳴海さくら』その人であった。容姿端麗、眉目秀麗それに文武両道ときたもんだ。数十分前までそんなの漫画や映画の世界の人間だと思っていた。

まあ隣にそれがいたとして僕には一切関係ないだろう。かかわりを持たず静かに暮らしたい。


「おーいお前らー席つけー」


 担任の教師が教室の入り口から顔を出すとさっきまでの人だかりは、各々の座席へ散って行った。

教師は教卓に出席簿を置いて辺りを見渡した。

「よし。全員席に着いたな。出席取ってくぞー。」

そう言うと、五十音順で名前を呼ばれ出席を取って行った。僕は三番目に呼ばれる為、返事をした後は再び読書に集中し始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る