慌ただしい一日④

「では先輩お話します。 私、実は……誰かに狙われてるんです!」

花咲さんは、机に身を乗り出して告白した。

この子はいったい何を根拠に急にそんなことを言っているのだ?

とりあえず内容は聞いてみよう……

「それってストーカーとか?」

「うーん。たぶんそうかもなんですけど、よくわからないんですよね。」

なんだそれ……曖昧な返事だな。

「じゃあなんで?」

「私、最近身の回りでおかしな事が頻繁にあって……」

「具体的には何されてるんだ?」

花咲さんは眉間にしわを寄せて、説明を始めた。

「一か月くらい前から私の家の前に赤いバラが一本置いてあったんです。でもそのバラは……すごい泥だらけで。」

「バラ?子供のいたずらじゃないの?」

「私もそう思ったんですけど、どうもそうじゃないみたいなんですよね。次の日にはそこらへんに生えてそうな雑草だったし、この前は丸まった靴下が置いてあったのよ!?」

これっていかにも怪しいでしょ?とでも言わんばかりに身を乗りだしていた。


――――


一通りに花咲さんの話が落ち着いたところを見計らって、カウンターへ向かい自分用のマグカップにコーヒーを注いで席に戻った。

僕はコーヒーを一啜りし呼吸を整えた。


よし。


「花咲さん。一言だけ言わせてもらうよ。」

「は、はい!」

花咲さんは、緊張した顔つきで目を潤ませていた。

「これどう見たって人の仕業じゃないよね。」

「え?もしかして幽霊…とか?」

開いた口が塞がらなかった。この子には悪いがさっさと真実を伝えよう。

「あのなー。どう考えてもこれは猫の仕業だよ。」


数秒――― 花咲さんだけ時が止まった。


「へ?猫?」

「そう。猫。」

花咲さんはきょとんとした顔でこちらを見ていた。僕は話を続けた。

「確か花咲さんって猫飼っていなかったっけ?」

「え…あ、飼ってますよ?みーって名前です。」

「みーちゃんって雌猫?」

「ええまあ。それが何か関係あるんですか?」

この子……察しが悪いな。

ため息を悟られないようにふうーっと息を吐き、話を続けた。

「家の前にあったバラも雑草も丸まった靴下も全部、花咲さん宛てじゃなくて飼ってるみーちゃんに宛てられた物だったんだよ。」


いまいちわかっていない表情をしている。やっぱり察しが悪いな。

「犯人は雄猫だよ。きっとみーちゃんに気があるんだろうな。」

花咲さんはびっくりした表情をしていた。そのあと急に大きなため息をついた。

「まさかミーコの彼氏だったのか―。」

安堵の表情とともにどこか寂しげな表情をしていた。

「彼氏か知らんが仲良しなんだろうな。」


花咲さんはさらに大きなため息とともに背もたれにグデっと気の抜けた姿勢て天井を見つめた。

「ああ~ミーコに先越されたー。」

そういうことか。

「まあとりあえず花咲さんの心配事は解消されたみたいだな。」

ムッとした表情のまま背筋をピンとしてこちらを直視した。

「なんか釈然としないですけど、まあいいです。有馬先輩ありがとうございました。でも、よく私が猫を飼っているって知ってましたね。」

覚えていないのも無理はない。彼女はサークルの新人歓迎会で「私、猫が彼氏ですなんです。」と散々連呼していた。

「そんな気がしただけだよ。」

花咲さんはにこりとした表情で僕を見つめた。

「でも本当に助かりました。これで安心して過ごせます。」

人付き合いに慣れていない僕は、間っ社される立場に慣れていない。だからどのような表情をしたらいいのかわからないのだ。

「はいはい。じゃあ用が済んだなら帰ってくれい。そろそろお客さんが来始めるころだから。」

こうして適当にあしらうのが精一杯だ。

「えーもう少しお話ししていたかったですー。」

上目遣いでこちらを見ていた。女の子の上目遣いというものは胸の奥に圧力をかけてくるな。特に花咲さんははたから見ればかわいい分類に入る。

「駄目だよ。これから仕込み。」

「え?このカフェ夜はご飯とか出してるんですか?」

「まあそうだな大したものではないんだけどね。マスターは飯作れないんだけど、仕事終わりで来る常連さんに頼まれて作っていて、気が付いたら夜にも料理を出すことになっちゃってね。」


花咲さんは驚いた表情でこちらを見ていた。

「もしかして、有馬先輩が作るんですか!?」

「そんなに驚くことかね。別に大したものを作ってるわけじゃないんだけど。」

「いやいや、そもそも先輩って料理できたんですか?全然そんな風には見えなかったです。」

うちのカフェではモーニングにディナーを主に担当している。人手が足りないのによくマスターは始めようと思ったな、とたまにため息が出てくるのだが常連さんには好評なのでなかなかやめられなくなってしまった。


「失礼な後輩だな。これでも結構おいしいって評判なんだぞ。」

「へえ~じゃあ何か作ってくださいよ先輩。」

「なんでお前に作らにゃあならんのだ。」

え~いいじゃないですか~と駄々をこねられたが、そのままカウンターへ向かった。

「先輩。今日はほんとにありがとうございました。結構一人暮らしって不安なことが多くて、小さなことでも心配になったりするんです。でも今日は先輩に相談聞いてもらえておまけに解決してもらっちゃったのでとっても嬉しかったです。」

「さいですか。まあ…その……気が向いたらまた来ればいい。マスターの淹れたコーヒーうまかったろ。」

思いもしなかったのか、それともほんの些細な言葉であったが今まで突っぱねていた僕の気のゆるみが彼女に刺さったのか花咲さんは、はい!と満面の笑みを浮かべこちらを見ていた。


僕は視線をキッチンに戻し、仕込みをつづけた。そこには鍋の水に反射する口元の緩んだ表情の僕が映っていた。

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