慌ただしい一日③

突然僕に訪ねてきた彼女の名前は、花咲えり。近所の大学3年生、そして何を隠そう僕の後輩だ。一応同じカメラサークルであったが、顔を合わせたのは彼女たちが入学したての頃に行った新人歓迎会の時と、大学の構内で何度か鉢合わせた程度である。


そんな彼女がなぜこの古めかしいカフェに現れたのだろう。

「確か・・・花咲さんだっけ?いらっしゃい。えっと…いつぶりかな?」

「先輩お久しぶりです。一年ぶりくらいですかね。――― あの先輩……今日はご相談があってきました。」

僕の記憶では、ほとんどしゃべったこともないと思ったが……その僕に相談?


呆然としていた横からにやけた顔がのぞき込んできた。

「なかなか隅に置けないね僕~。こんなかわいい子から相談事頼まれるだなんて~」

ハルさんは時々僕を必要なまでにいじってくる。普段も相当のしつこさなのだが今回はいかに。


「あのーこちらの方はどちら様ですか?もしかして先輩の彼女さんでしょうか。」


まさかそう来たか。そういえばサークルの新人歓迎会でも執拗に彼女はいるのか

聞かれた気がする。

もちろん僕以外の男子にも聞いていた。彼女なりのコミュニケーションなのだろう。


「あはは~違う違う私はこのお店の常連ってだけだよー。それにこの子は不愛想でタイプじゃないよ」

「はあ……そうでしたか。」

花咲さんはなんだかがっかりしていた。話のネタにでもしたかったのだろうか。

この後も数分間に亘りコントが繰り広げられていた。ハルさんはある程度僕らに絡んだ後、満足したのか再びマスターとの会話に戻っていった。正直僕らよりもマスターといるほうがよいのではないだろうか。


 僕も早いうちにこの後輩を追っ払って日課に移りたい……

「ところで、花咲さん。相談ってどういうこと?悪いけど勉強とか就活については参考にならないと思うよ。」

「あ、違うんです。ちょっと最近困ったことがあって、昔一つ上の先輩に困ったことがあったら有馬先輩に頼めば解決してくれるって聞いて。」

一切身に覚えがないんだが。そもそも同じサークルといっても皆ほとんど面識はない。

なのになぜ僕の名前がこんな後輩にまで知れ渡っているのだろう。


「その先輩も直接有馬先輩にお世話になったってわけではなくて、その先輩の知り合いが有馬先輩にお世話になったって有名らしくて。すみません分かりづらくて。」

「その先輩の知り合いって?」

「はい。たしか、鳴海さくらさんと言ってました。」


頭の中の奥底に埋もれていた記憶が蘇った。確かに…でもそれは……

「なるほどね。ずいぶん懐かしい名前が出て来たな。」

まさか大学の後輩が鳴海さくらと知り合いだったとは。しかも僕の話を…


 鳴海さくらは、同じ高校に通っていた同級生だ。清楚で気品のある立ち振る舞いをする彼女は、校内で文句なしの美少女として有名だった。特に仲が良い訳ではなかったが、一時期彼女とは交流があった。それは偶然に偶然が重なった出来事であったが、周囲は僕みたいな凡人が彼女という煌びやかな世界に足を踏み入れることは許しはしなかった。

 校内である事件が起き、結果的に彼女を救うことになったのだが、その後この騒動がきっかけとなり学校生活に亀裂が生じてしまった。味方になってくれる生徒や先生はほとんどいなくなり、学校に居辛くなった僕は、不登校となった。

 不登校になってからは、学校の話は一切聞くことは無かった為、彼女の進路が有名大学へ進学したと風の噂でしか聞いていなかった。


「あ、あの…先輩?」

ハッと我に帰った。嫌なことを思い出してしまったと咄嗟に公開した。

「ああ、すまない。で、花咲さんの相談って何なの?」

「はい。実は‥‥…」


彼女の前に静かにコーヒーが置かれた。


今まで静かにクラシックを聴いていたマスターが、気を利かせてコーヒーを入れてくれたのだ。

「とりあえず座って話しなさい。」

一言だけ発したマスターは、カウンターの中へ引っ込んでしまった。


「ありがとうございます。」

  僕は奥の席に誘導し座に着いた。正面に座る彼女が話し始めるまでじっと彼女を見つめていた。

 この子もこの子でモテる容姿はしているな。ふむ、全体的に良い肉付きをしている。特に胸が……


「先輩?何ジロジロ見てるんですか?」

「え?あ、いや。なんでもない。」

「先輩のエッチ。」

彼女の恥じらう表情は素直に可愛いと言えるものだった。これはサークル内でも男たちの闘いがあったと予想できる。


「そんな事より、そろそろ話してくれないか?」

「そんな事よりって! ヒドい!」


花咲さんは、コーヒーをゆっくり一口啜って、一息をつき語り始めた。

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