慌ただしい一日②

朝9時――― 開店。


 この店は下町で昔ながらの喫茶店ということもあり、お客様は常連の人ばかりで賑わいを見せている。

常連さんの中でも、競馬新聞と片耳ラジオを聴いている毎回コーヒーとツナサンドを頼む七十代くらいの見た目のお爺さん、仕事前のモーニング目的で通ってくれている二十代後半のOLさん、ノートパソコンを開いて何やら作業をしているがっちりした体格の三十代半ばのお兄さん、この三人は、比較的毎日通って来てくれている。


 特にOLさんのモーニングを作るのは、僕の仕事だ。

メニューは、焼き目の香ばしい食パンのトーストとスクランブルエッグ、マスター特製のコーヒーと野菜のスムージーと、洋風の朝食といったところだ。 食パンを焼いている間に、スクランブルエッグを作る。熱したフライパンにバターを入れて冷蔵庫から卵を取り出す。


卵の数が足りない―――


「マスター。すいません裏から卵取って来ます。」


火を消し、急いで入口から裏手に回り、倉庫から卵のパックを取り店に戻った。


店に入ろうとした所、新規のお客様がご来店の最中であった。

黒く光を飲み込んでしまいそうな毛並みと宝石のように輝く瞳に思わず見惚れてしまった。


「あまりレディを見つめるもんじゃあないよ、お兄さん。」


下に向いた目線を舌で舐めるように斜め上へ向けた。

その先には、二十代半ば辺りの見た目に黒のローブを来た女性が立っていた。

この人も常連の一人で、マスターとは古い付き合いだという。

見た目とは違い年寄りみたいな言葉遣いや豊富な知識を披露してくる。


彼女は、一週間毎日来る時もあり、急に二ヶ月ほどパッタリ来なくなる時がある。


「三ヶ月ぶりだねーほら、これお土産〜。あんたとマスターにあげるよ。」

裸の状態で渡されたのは、奇抜なデザインの置物とウイスキーだった。


そう。この人は、三ヶ月間海外に居たのだ。

この店にある雑貨の大半は彼女のお土産らしいのだが、内観に合わず目立っているものが多い。


この女性はハルさん。

見た目は二十代だが本当のところ一回り以上は行っていると思う。それくらい雰囲気が落ち着いているのだ。


「この子はうちの相棒のハナっていうの。こう見えてあなたより年上なのよ。」


黒猫に目線を戻すと、ふんっと鼻息を漏らし何かを要求している様子が伺えた。

猫ってそんなに長生きするもんなのか?どう見たって十〜十二歳くらいだと思ったが。

そんな疑問を知る由もなく、この女性は淡々と話を進める。


「この子マスターの入れたミルクが飲みたいってさ。私は、アールグレイの紅茶ね。」


ふと、当初の目的を思い出し、慌てて店の中に戻った。


キッチンに戻ると、カウンターにトーストが置いてあった。時間がかかると踏んだマスターがトースターから取り出してくれていたのだ。

マスターにミルクとアールグレイの注文を伝え、急いでOLさん用のスクランブルエッグを作り始めた。


OLさんはいつも僕の作る料理を美味しいと言って食べてくれる。

今日はお客さんと会うの。と今日の予定や最近ハマっている飲食店について教えてくれる。

今朝は二駅先の駅前のイタリアンが美味しいと教えてくれた。


今度行ってみます。と社交辞令とも捉えられる返答でも笑顔で、うん。行ってみてねと返事をしてくれる。

お会計を済ませたOLさんは仕事へ向かって行った。

綺麗に食べてくれた食器を片付けていると、ハルさんとマスターが何やら親しげに話していた。


本当に昔からの知り合いなんだなぁ

普段マスターがあんなに喋っているところは見たことがない。表情はいつもと変わらず渋い顔だが、どこか和んでる感じがした。


モーニングの時間が終わり、食器を片付けた後は午後まで暇になる。

うちの店はランチをやっていないので、お昼過ぎまでお客さんはめったに来ない。そのため比較的自由に時間が過ごせる。

マスターはパイプを吹かしながら、クラシックを聴くのが日課だ。

僕といえば特にすることもないのでタバコの量が増えるか読みかけの小説を読み漁るくらいだ。


 毎度のルーティンを始めようとタバコに火をつけようとしたとき、入り口のベルが鳴った。

「すみません。有馬先輩がいらっしゃるって伺ったんですけどいらっしゃいますか?」


午前十一時半、思わぬ来客があった。

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