第10話 悪い予感

「なぁ、作家の先生……」


 時刻は夜の9時を過ぎていた。外はまるで笛を鳴らしているかのような突風が吹き荒れている。扉の向こうには笑顔を引き攣らせた井筒欽也の姿があった。

 

「あら、井筒さんじゃありませんか?」


「いやね、なんだか厭な予感がするんだよ」


「やだなぁ、そんなまた縁起でもない事を……」


 外の真っ赤な薄明かりは消えている。他の部屋は遮光カーテンを閉めているのだろう。ただそれだけの事だが……


「先生、申し訳ない。先生しか頼める人はいないんですよ。他の人達はなかなか頼めなくて……」


「僕もね、気になるんですよ。井筒さんがいらっしゃるなら頼もしい。見ましたよね?あの真っ赤な光……」


 赤い光、赤い部屋といえば……


「桐生夫妻のお部屋ですか……」


「向かいましょう、先生」


 九龍頭と井筒は真珠の間から出ると、桐生夫妻のいる柘榴石の間に向かった。周囲には何もない。涙滴形のランプがちらちらと光っているだけである。

 柘榴石の間の前で大きく深呼吸をすると、九龍頭は扉をノックした。

 2回、3回、耳を扉に押し付けると、九龍頭は声をかけた。


「桐生さん?いらっしゃいます?」


「何ですの?」


 扉が開き、中から桐生静代が不機嫌そうに顔を出す。


「いや……」


 なんだか厭な予感がして見に来たとは言いにくい。九龍頭は言葉を濁す。井筒を見ると、彼もほっとしたような顔をする。


「ねぇ、それより先生方。うちの主人を見かけませんでしたかしら?」


「え? いらっしゃらない?」


「ええ、かれこれ1時間程帰ってきませんわ。全くどこに?」


 九龍頭は首を傾げ、肩を竦めた。果たして桐生信行はどこに行ったのだろうか……?

 井筒は横をちらりと見ると、扉が若干開いている。そして……


「何か、焦げ臭くないですか?」


 何かを燃やすような匂いが扉からしている。微かに開いている扉の向こうにいるのは、この水晶の間にいる客、飯島美晴だろうか


「開けますか?先生」


 井筒は扉に手を掛け、水晶の間の扉を開いた。部屋の中心では真っ赤な炎がちろちろと燃えていた。


「火事だ!」


 井筒は羽織った上着をばさばさと炎に被せ、その火を消した。テーブルの上の火はあっさりと消えた。消えたが……


「あぁっ!」


 九龍頭はかっと目を見開いた。その火の向こう側にいたのは部屋の主である飯島美晴ではなかった。


「桐生さん……」


 白眼をむき、眉間に銃弾を受けた桐生信行の姿がそこにあった。

 こうして、惨劇の一夜が幕を開けるのであった。

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