第8話 嵐の中で
〈夕食後、翡翠の間〉
相変わらずぶすっと膨れた浅香源蔵は、一言も発することもなく部屋に戻った。それにしてもこの美しい屋敷に、奇妙な部屋……何といっても部屋中が緑色で統一されている奇天烈な翡翠の間。
浅香源蔵の妻、民子はうすら寒さすら覚えた。それは夫の源蔵とて同じであろう。
「あの、あなた?」
「あ? 何だ」
今までにないくらいに機嫌が悪そうだ。事実この浅香源蔵は甘やかされて育ったせいか、いくらか我が儘で融通のきかない所がある。
そうは言っても……
ただ嵐が来ているだけではないか。子供じゃあるまいし。永久に続く訳ではないというのに。
ぶつぶつと何かを口ごもるように呟く源蔵を尻目に、民子は普段あまり口にしない煙草を一本唇にくわえた。
源蔵の「どうするんだ。全く」という言葉を受け流しながら。
〈夕食後、琥珀の間〉
一方、腹一杯になるまで夕食を堪能し、ワインまで口にした井筒欽也は、この琥珀色一色に染まった部屋に入ると、部屋の左手にあるウォークインクローゼットにかかっている部屋着を羽織った。
窓の外は嵐だ。雷鳴が地響きのように鳴り響く。
一冊の本を取り出すと、部屋の真ん中のテーブルに着いて開く。ヴァンダインの作品だ。
そう言えば、あの若い男。育ちが良さそうな……坊ちゃん育ち丸出しのような、九龍頭光太郎という男。あの事件の推理をする際に見せた、射貫くような視線。
探偵小説家というが、どんな小説を書いているのだろうか……?
井筒は怖さ半分、面白さ半分で九龍頭のことを思っているのであった。
〈夕食後、瑪瑙の間〉
一人になった途端に、天羽太一郎は大きな溜息をついた。それは決してこの瑪瑙の間がまるで赤土のような赤茶色だからではないようだ。夕食の場では暑苦しくて堪らないとのたまっていたが……
いつもは滅多に口にしない酒を口にしたせいだろうか。しかも強めのワインときた。
天羽は持ってきた大きめの鞄のファスナーを開くと、衣類の中に紛れ込ませるように突っ込んだ物を確かめるように手を入れた。
ロケットのような円錐状のものが三本。そしてひやりとした金属製のものが1個。指先で触れるとある意味の安堵感を飲み込む。
窓を叩く雨は窓に筋をつくっている。鉛色の空を見ながら天羽はまたファスナーを閉じた。
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