第7話 晩餐

 客人が全員、食堂に集まった。窓の外は月もなく、ぱらぱらと雨が降り出している。

 テーブルに並んだ豪華な料理を前に、手揉みをしながら九龍頭は椅子に腰掛けた。


「いやぁ、美味そうだ。このスズキのムニエルなんて……」


 窓の外をちらちらと見ながら、60代くらいの夫婦が眉間に皺を寄せている。


「ラジオでは雨なんて言ってなかったのに」


「今夜だけでしょう。何をそんなに機嫌を悪くなさってるの?」


 夫婦は浅香源蔵あさかげんぞう民子たみこ。浅香は石油会社の社長である。狸のようなたるんだ顔を歪めて溜息をつきながら言った。


「せっかく白鷺高原に来たのに、泊まった旅館の部屋は奇怪な……緑の部屋だし」


 浅香夫妻は【翡翠の間】にいるようだ。その隣に座っているのは、もう一組の夫婦。夕刻に喫茶室にいた夫婦である。

 夫婦は桐生信行きりゅうのぶゆき静代しずよ。桐生は活動映画の脚本家をしている。


客人は真珠の間に泊まる九龍頭

翡翠の間に泊まる浅香夫妻

柘榴石の間に泊まる桐生夫妻

水晶の間に泊まる美晴

瑪瑙の間に泊まる天羽

琥珀の間に泊まる井筒


いずれの客室も、風変わりであるようだ。


 天羽においては、むっつりとした表情でグラスに注がれた冷水を飲み干すと


「調度品から全部、赤茶色で暑苦しくて堪らない」


 とのたまう始末だ。


「まぁまぁ、そうカッカなさらず。私なんて柘榴石ですよ。真紅ですよ。まるで真っ赤な血みたいなね……」


 桐生がケラケラ笑いながら言った。それを聞いてくすりと笑ったのは、唯一九龍頭だけであった。


「お……さ、さぁ、いただきましょうよ。ね? せっかくの美味そうな料理が冷めちゃう」


 カチャカチャとナイフとフォークを動かす音だけが響いている。初対面同士の、ましてや何の接点もない客人だ。共通の話題がなければ沈黙が部屋を埋めるのは致し方ない。


 その沈黙を破ったのは、庭師である老齢の坂巻寅彦さかまきとらひこだった。禿げ上がった頭を手ぬぐいで拭きながら、廊下で蒲生に喋っている。


「どうすんだい? こんな嵐じゃ帰り道も泥濘んじまって仕方ねぇよ、帰れねぇぞ儂ら」


 ひときわ大きな溜息をついたのは、狸のような浅香であった。

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