第6話 嵐の予感

「あらま、なんだか楽しそうなお話をなさってますなぁ」


 軽そうな男が九龍頭と美晴のもとにやって来た。その手には珈琲茶碗が持たれている。客人であることは間違いないと思う。歳は多分40をいくらか越えたような印象。白髪混じりの髪に、円眼鏡をしている。


「失敬、私は井筒欽也いづつきんや。こちらの美人さんの隣に座っても宜しい?」


「あら、美人さんだなんて、正直じゃありませんこと?」


 井筒は椅子に腰掛けると、ふぅふぅと珈琲茶碗に息を吹きかけ、ずずっと音をたてて啜った。


「探偵小説家さんですか。いいですねぇ、私もね、探偵小説はよく読みますよ。クリスティやらカーやらね」


「いやはや、僕はいまいち売れない卵ですからね。クリスティやカーとは似ても似つきませんよ」


 九龍頭は頭を掻きながらくしゃっとした笑顔を浮かべた。


「井筒さんは、何をなさる方ですか?」


「私?東京で貿易商をやっております。しがない貿易商の二代目でしてね」


 井筒は笑いながら言った。


「それにしても、我々と致しましては好みの舘ですよ」


 九龍頭は首をかしげる。


「だって、風変わりな舘ですよ。これで嵐でも来ようものならたまりませんよ。事件でも起きたりして…ねぇ」


 厭だわと言いながら美晴は両肩を抱いて震えた。

 それからほどなくして、舘の上空には鉛色の重々しい積乱雲が立ちこめてきた


 嵐でも来そうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る