第4話 客人

 中はまるで異人館にでも入ったかのような華やかな雰囲気がある。真っ赤なカーペットの上には植物の蔓を模したようなテーブルと椅子のセット。所々に取り付けられた涙滴形のランプからはオレンジの光が発されている。

 1階のロビーから中庭を見ることができる。テラス席にも同じようなテーブルと椅子のセットがある。ウッドデッキになったテラスからは山並みも一望できる。紅葉のシーズンにこのテラスで珈琲でも傾けながらティータイムとなると最高だろう。

 天羽は相変わらずのしれっとした表情で、流すように中を見ている。


「お食事はこちらで摂って戴きます」


 食堂がある。食堂には暖炉があり、薪や火かき棒も隣に並んでいる。長い机にはガラスでできた花瓶が置かれ、初夏の花が飾られている。


「客室は二階になります。天羽様は一番奥の【瑪瑙めのうの間】、九龍頭様は奥から3番目の【真珠の間】をご用意させて戴きます」


 客室は全て宝石の名を冠したものになっているようである。蒲生の話によれば、奥から、瑪瑙、翡翠ひすい、真珠、琥珀、柘榴石ざくろいし、水晶となっているようだ。

 九龍頭は客室である【真珠の間】に入った。扉の前に表札のようなものはない、入らないと【真珠の間】とは分からない。

 なるほど、その名の通り部屋は壁紙から調度品から全てにおいて乳白色に染まっている。という事は……


「これは……やはり真珠色ってわけですね?」


「左様で御座います。それぞれの名前を冠した宝石の色を模して御座います」


 例えば、翡翠だと緑、瑪瑙だと……赤褐色だろうか、真っ黒な黒瑪瑙の色ではあるまいなと九龍頭は思った。


「いやはや、有難う。荷物を置かせて戴きますね」


 九龍頭は手荷物を部屋の隅に寄せるように置いた。窓からは傾いた夕日が注ぎ込み、乳白色の部屋を微かに橙色に染めている。


「長旅でお疲れではありませんか?こちらで粗末ではありますが粗茶を用意いたしますよ?」


「あぁ、これはこれは。遠慮なく戴きますよ。じゃ、下に下りますね」


 九龍頭は蒲生について階下に下りた。ゆるいカーブを描く階段で吹き抜けから下に下りる。ロビーには夫婦らしい中年の男女に、派手な装いの女性が一人、珈琲茶碗を傾けながら庭に目を向けている。

 客人であろう事は容易に推測できる。あと一組の夫婦に、男が(天羽を除く)一人いるのだろう。


 派手な装いの女性が珈琲茶碗とソーサーを持って、九龍頭のテーブルに歩いてきた。よく見ると日本人離れしたややバタ臭い美女だ。卵形の輪郭に若干受け唇気味。


「ご機嫌よう」


 女は言った。ハスキーな声だ。名刺を取り出すと、九龍頭に差しだしてきた。


「こちら、よろしいかしら?」


「あぁ、どうぞ。すみません。私名刺を持っておりませんで」


 女は有名な雑誌の記者である。スクープを扱ういわばトップ屋というところだろう。名前は飯島美晴いいじまみはるといった。


「ほぉ、雑誌は拝見しておりますよ? 私も実は物書きをしておりましてね。九龍頭と申します」


「あら、珍しい苗字ですわね? もしかして、ペンネーム?」


「いやはや、よく皆さんから言われますが、実は本名です。姓は九龍頭名は光太郎」


 美晴は珈琲茶碗を半回転させ、珈琲をちびりと啜ると、ポケットから一本煙草を取り出した。ペルメルのようである。


「煙草、よろしいかしら?」


「えぇ、お構いなく。こちらには旅行で?」


「まぁ、そんなとこかしらね」


 そう言うと、美晴はちらりともう一組の夫婦に目を向けた。白髪の痩身の紳士に、肉付きのやや良いソバージュの婦人の夫婦である。


「あの御夫婦が如何されましたか?」


「え?」


「いやね、あの御夫婦をちらりと御覧になられましたね。割と彼等から近い、でも視界には入らないように熟慮されていた記者さん。という事は、お仕事であの御夫婦に近付かれたのかと……」


「鋭いわね。探偵小説でも書かれたら?」


「あはは、まさにその探偵小説を書いているんですがね、お恥ずかしい話」

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