第2話 舘への道
車が入って行くには、些か道が悪すぎる。これが白鷺高原に初めて訪れた九龍頭の感想だった。
時代は昭和。戦争も終結して暫く経つ。苦々しい時代から随分と発展してきた日本ではあるが、よもやこんなにも俗世から離れたような場所があるとは……と、東京に生まれ裕福な家庭に育った九龍頭は思った。
何せ、道の周りは背の高い雑草が視界を隠すように立ち、足下はというと猪や鹿のような野生動物が踏み荒らしたまま凸凹としている。
そんな悪路を歩いてほどない頃だ。少し開けた広場にそれはあった。
洋館だ。しかもかなり豪華な。
こんな豪華な洋館に住むのは、果たしてどんな金持ちなんだろうか。九龍頭はそう思いながら歩みを進める。
その洋館は、名前を【野薔薇荘】と言ったが、なんとその洋館には薔薇のばの字もない。あるのはアールヌーボー様式の洋館と、大きな庭の主であろう大樹だけだ。
空襲で、かの屋敷は一度焼き尽くされたのである。それまではこの屋敷には守り神のような野薔薇の蔓が屋敷を覆い尽くしていた、らしい。
汗を拭きながら洋館の前に向かうと、悠然と煙草をふかしながら塀にもたれかかる一人の紳士を九龍頭は見つけた。
山歩きとは無縁な格好をしているにも関わらず、彼は一切息を切らしてもいない。随分と早々とここに来たに違いない。九龍頭は男に頭を下げて近づいた。
「あ~どうもどうも」
訝しげに男は細い目を開くと、小さく頭を下げた。愛想はよくないようだ。九龍頭は精一杯の愛想を彼に振りまいた。
「こちらには、旅行で?」
「あぁ、まぁ」
素っ気ない返事。彼とは全く会話が弾まないだろう。煙草を地面に落とすと、男は革靴の底で火を踏み消した。
「失敬、私、東京のほうで物書きをやっております、九龍頭と申しまして」
「はぁ」
「身形からすると、何かの会社の役員さんとお見受けしますが、如何です?」
「まぁ、そんなとこですな。名前は
「おや、天羽様といえば、あの天羽造船のですか? いやぁ大したものだ」
九龍頭は笑って言った。普段はあまり口数が多くない九龍頭も、あまりの沈黙に耐えきれず一気に喋りすぎたような気がしていた。
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