教室の獣(原作:芥流水) take2

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 俺は、ただひたすらに謝った。助かりたい一心で。


 教室に入ると、友人である文士ぶんしの血を流した死体があり、そこにこの犬のような獣がいた。

 現場を見たわけではなかったが、この獣が文士を殺したのだろうとは、想像に難くなかった。

 そして、獣は次の獲物を俺だと定めた。


 獣の飛びかかりを、一度二度と避けたが、広くはない教室に机や椅子といった障害物があり、いつまでも逃げられるものではなかった。

 逃げ場がなくなり、獣と目が合った。

 そして、俺は不思議な光景を見た。俺が先週末に、粗相をしてしまった光景を。


 それが原因なのだと、そう思った。そうでなければ、そのような光景をこのような時に見る必要など無いからだ。

 側にいただけの文士がああなったのなら、実際にやってしまった俺はどうなる?


「ごめんなさい、もうしません。ちゃんと直しに行きますから、許してください」

 こんなところで死にたくはない、助かるのなら何でもする、そういう思いだった。

「その言葉、忘れるでないぞ」

 低い声が聞こえた。そして、俺はいつもの教室に戻っていた。



 俺は、ちょうど教室に入ろうとしているところだった。

 さっきまでのあれは、何だったのだろうか。あれが、白昼夢というやつなのだろうか。

 そうだ、文士。思い出して浮かんできた光景に、俺は文士のクラスへと急いだ。


 文士はちょうど、彼の教室へ入ろうとしていたところだった。よかった、無事だったんだ。

「文士っ」

 教室に入ってしまう前に呼び止めようと、大きめの声を出す。

 文士がこちらを振り返り、安堵の表情を見せた。

戦兎せんと、生きてたんだな」

 言葉に反応した周りの視線が痛い。


 お互いに、同じような体験をしたのだということは分かった。

 今すぐ、その体験について語り合いたいところではあった。

 けれども、ここでは、こんなに耳目が集まるところでは、よろしくない。

 もうすぐ、授業も始まる。

「昼休みに」

 そう約束して、俺は教室に戻った。



 週末、俺と文士は獣に見せられた場所へと向かっていた。

 背負ったリュックには、軍手、小さい鎌、ゴミ袋、ペットボトルに入れた水に、たわしという掃除道具を詰め込んで。


 二人が体験したのは、お互いを入れ替えただけの、同じものだった。

 俺は文士が殺されたのを見、文士は俺が殺されたのを見た。

 そして、自分も殺されるという時に、先週のあの光景を上から見下ろした。

 俺と文士が山登りの途中で、コースから外れ、立ちションをした光景を。そして、俺が古い石像に小便をかけてしまった上、倒して割ってしまった光景を。


 二人で出した結論は、ちゃんと謝りに行こう、だった。


 石像のところに辿り着き、慣れない手つきで周りの草を刈る。刈った草はゴミ袋へ。

 石像はきちんと水で洗った。

 割ってしまったのは戻らないが、それでもきちんと立て、どうにかこうにか割れた上部を載せた。

 最後に石像の前にしゃがみ込んで、手を合わせる。

「どうも、申し訳ありませんでした」

 しっかり拝んでおく。


 帰り道、ふと文士に尋ねた。

「なあ、あの時、謝っていなかったらどうなっていたと思う?」

「戦兎は?」

 尋ね返された。


 想像してみる。

 不意に背中に悪寒が走り、身震いをしてしまった。

 どうやら、文士も同じだったようだ。


「謝っておいて、よかったな」



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原文:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885334077/episodes/1177354054885334150



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謝った場合バージョンです。

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