短編リライト

芥流水

オリジナル

教室の獣

 教室に入って最初に感じた違和感は、鼻を突く異臭であった。どこかで嗅いだような、形容しがたい、しかし不快感だけは確かに感じられる匂い。

 その原因を探して、人気のない教室を見渡す。

「あ」

 それを見つけた時、私の口の中から間の抜けた声が漏れ出た。

 教室の中程にある机に、寄りかかる様な形の死体が一つあった。

 先程感じた匂いは死臭でだったのだ。そういえば、理科の実験でラットだかマウスだかの解剖をした事がある。私達生徒は、教師がそれを行うのを、眺めているだけであったが。その時に嗅いだ匂いだ。

 私は、直ぐさまそれを教師にでも伝えようとしたが、新たに感じた一つの事実によってそれを思いとどまった。その死体は私の友人であった。

 しかもまるで大きな獣に噛み千切られたように、お腹の右側がごっそり無くなっていた。顔に傷が無かったのは普段から己の美貌を意識していた―というよりも異性からの見られ方を気にしていた―彼にとってせめてもの救いになるであろうか。いや、それよりも。

「獣…?こんな都会に?」

 この学校は一端の都会にあり、この付近で見かけられる野生動物といえば、鳩や烏ぐらいなものだ。それなのに人の体をこんな風に出来る獣がいる?そんなことはあり得ない。つまりこれは。

「人の仕業?誰かが…ライオンとかを…ここに…夜の間にでも…連れてきて…」

 私はそこまで考えた所で、恐怖を感じた。犯人がいるかはともかく、ここに人を食い殺す、獣がいるのだ。そいつは私に牙をむかないとは限らない。

 逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ!

 私は、今入ってきたばかりのドアに飛びつき、開けようとした。だが、開かない。このドアは引き戸で有るために、恐怖や緊張のあまり、ドアノブを回してないということはあり得ない。私は半狂乱になりながらドアを必死に開けようとした。最終的には肩で突き破ろうとしたが、ドアはびくともしない。

「どうして……開かない……」

 その時振り返ったのは、天恵であろうか。今、正に私に襲いかからんとする、狼のような獣が、そこにいたのである。私はとっさに頭を伏せた。その直後、頭上でと音がした。それが、獣の牙が合わさった音である事に気づくよりも早く、私は転がるように逃げていた。

 とはいえ、狭い教室の中だ。私は直ぐに追い詰められた。いや、ここがそれ以外の場所であったとしても、結果は一緒であったであろう。獣の俊敏性、膂力、なにをとっても私より優れていた。私は獣をじっと睨み付ける。それがせめてもの抵抗に思えたからだ。その時、気づいた。その獣の瞳だ。そこには確かに理性の輝きがあった。こいつは本能のみで生きる獣では無いのか?疑問符が私の脳裏を埋める。

 その瞬間であった。私の周囲の景色が変化した。

 ここは……

 私は涙や鼻水でグシャグシャになった顔で周囲を見渡す。ここは、どこかの山の中であろうか。木々に囲まれている。教室と同じく人の気配は無い。いや、あそこに二人の人間がいる。

「助けてくれ!」

 声の限りに叫ぶが、彼らが気づく気配は無い。

 いや、あれは。ああ、何ということだ!あれは、私達だ。

 そうだ、思い出した。この風景にも見覚えがある。


 私と先の犠牲者である彼は、先日とある山に登った。私は気まぐれな運動の為、彼は意中の女子が山岳部に入っていたからである。その話題合わせに使うつもりであったのだ。私達が登った山は、さほど深い山では無く、朝に登れば昼過ぎには降りてこられるような代物であった。

 問題はその途中にある。

 恥ずかしい事だが、私達は山の途中で俗に言う立ちションをした。

 それが、道ばたにあった地蔵にかかったのである。

 事前に気がつけば良かったのであるが、草むらに埋もれていてそれは叶わなかった。

「うわ、かかっちまったよ」

 彼はそう言い、足でその地蔵を指したが、そこで二つ目の悲劇が起こった。彼がバランスを崩して、その地蔵を足蹴にしたのである。それにより地蔵は倒れ、なんと首の部分で切断されたのである。

 私はとっさに誰かに見られたら不味いと思い、彼と連れだってその場から逃げたのであった。


 自らの記憶と同じ物を第三者の視点でまざまざと見せつけられる。

「まさかそれが……」

 私の言葉に獣は頷いた。いつの間にか周囲の景色は教室に戻っている。

「そんな…助けてください。やったのは彼でしょう?私には関係ない」

 私のみっともない命乞いには獣は沈黙を保ったままである。

 そして、ゆっくりと口を開けた。

「嫌だ助けて…助けて…助…」

 獣は私の訴えに耳を貸すことも無く、がぶりと私の喉笛に噛み付いた。


 獣は私の喉元から口を離すと、グルゥと喉を鳴らした。

「愚かな人間よ。私は寛大故、謝罪の意があれば……」

 その言葉を聞いた事を最後に、私の意識は暗黒に吸い込まれていった。




 ――――――――――――――

 リライトに必要なら使ってください。

 私―大木おおき文士ぶんし―高校生。

 彼―小林こばやし戦兎せんと―高校生。桐生ではない。

 獣―手院打狼須ていんだろうす―神。祀られていたのも今は昔

 学校―私立御坂みさか学園―進学校。共学。

 主人公達が壊したのは、地蔵では無く、神を象った像。

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