弱き者よ汝の名は女なり(原作:花楽下 嘩喃)
プルップルップルップルッ。
スマホが私を呼んでいる。この音は、電話だ。
画面に表示されているのは、三年前に別れた男の名前。連絡先、消してなかったんだ。
別れた相手の連絡先を消さなかった。だから、こうしてあいつからの電話だとわかった。
自分の電話番号もメールアドレスも変えなかった。だから、こうしてあいつは電話をかけられた。
きっと、もう既に全てが決まっていた。
この電話を
「もしもし、俺、
声を聞いて、思わず通話ボタンを押していた。
「もしもし?」
「もしもし、
「あっ、うん」
「あのさ、邦彦だけど」
「うん」
何というか、ぎこちない会話。
「明日の夜、暇?」
「予定はないかな」
「久しぶりに、逢えないかな?」
「はあ? 久しぶりに電話してきたと思ったら、それ? あんたが振ったクセに」
思わず、声が大きくなる。
「そうなんだけどさ。花菜に逢いたいなって」
「別れた理由、覚えてる?」
「なんとなく」
「なんとなく別れた相手に、なんとなく逢いたくなったんだ」
そう、なんとなく理由を覚えているんじゃなく、なんとなく別れようと思ったが、別れた理由だ。
「いや、別にそういう
「考えさせて」
「明日の夕方六時に、いつもの場所で待ってるから」
三年も経つというのに、悲しいかな、いつもの場所でわかってしまう。
「行とは、限らないよ」
「うん」
久しぶりの電話は、それでお終い。さて、どうしよう。どうしたものか。
ううん、悩んでいるフリをしていただけで、考えているフリをしていただけで、きっと答えは決まっていた。
どうしようかと悩みつつ、バッチリおしゃれして、化粧をしてた。
だって、いざ行くって決めた後、時間がないと準備できないじゃない。普段着で、化粧も無しでなんて無理。
そう、これはどっちに転んでもいいようにの準備。
邦彦と付き合っていた三年間を思い出す。本当に、居心地がよかった。
ワタシの魂の半分は、こんなところにあったんだってくらい、お互いにお互いを
けれど、裏を返せば、刺激がないということ。
ワタシはこのまま安定して二人でって思っていたけど、邦彦は刺激が欲しかったんだと思う。
お互い、不満があったわけじゃない。だから、別れる理由が「なんとなく」だった。
「ワタシほどあんたを理解できる人なんて、絶対にいない。邦彦は絶対、帰ってくると思うよ」
「そんなことない。でも、そうなったらまた付き合ってくれる?」
「はあ? ワタシを手放したこと、後悔しながら生きていきな。笑って見ててあげるから」
三年前、別れた時、ワタシは精一杯の虚勢をはった。
「ほらみなさい、やっぱり帰ってきた」
そう言って、笑ってやればいいのだ。
けれど、会ってしまったら、ワタシは邦彦を突っぱねることなんてできない。
だって、あれから三年間、付き合いたいと思える
突っぱねるなら、ここで突っぱねなきゃ。会いになんて行っちゃダメ。
連絡をもらって、嬉々として会いに行くなんて、三年前のワタシにどう申し開きするの。
ワタシって、こんなに強情だったっけ。
けれど、せっかくの機会。
会いに行かなくても、この先ずっとワタシの心に邦彦は住んだまま。
どうしてあの時会いに行かなかったんだと、後悔する。
今を逃せば、きっともう、連絡は取れない。
ほら、そろそろ家を出なくちゃ、約束の時間に間に合わない。
あんなやつ、待たせておけばいい。でも、今日はちょっと肌寒いな。長時間、待つのはな。
冷静に考えればわかること。選択すべきは、過去のワタシじゃなく、未来のワタシ。
『
ハムレットが、夫の死後すぐにその弟と結婚した母に向けたセリフ。
女の心は弱い。穴を埋めてくれるものを、包んでくれるものを求める。
それはもう、仕方がない。
そうね、仕方がない。
姿見で、最終確認。鞄を持って、パンプスを履き、玄関を開ける。
大きく深呼吸を一つ。
なるようになれ。
心の赴くまま。
そう、きっと最初から全て決まっていた。
※ハムレットは「To do, or not to do」ではなく、「To be, or not to be」です。
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原文:https://kakuyomu.jp/works/1177354054885442793/episodes/1177354054885442804
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