夏祭り(原作:流々(るる))
俺の生まれ育ったこの地区は、祭りが盛んだ。
春にやって、夏にやって、秋にもやる。春は、豊作を願う。夏は、水を願い、盆踊りを兼ねる。秋は、収穫に感謝をする。
祭りではないが、冬は初詣があり、それなりに賑わう。
うちんとこの
そんな中、一番はやはり、夏祭りだ。盆踊りを兼ねることもあるが、夏祭りだけ、神輿が出る。
こんな風に、祭りばかりの所だから、祭り好きは多い。じいさん達はよく、夏祭りが近づくと、仕事が手につかないという。祭りのことばかり気になるというのだ。
俺はまだ、その域には達していない。祭りの日は毎年決まっているから、その辺りは仕事が楽になるようにと、予定を組んで仕事をしているだけだ。
ん? それじゃあ、じいさん達と同じだって? そうかも知れねえな。
父は、婿養子だったこともあり、祭りにはあまり乗り気じゃなかった。母は、ここの人間らしく、祭りが好きだった。
俺もやっぱりここの人間で、祭りが好きだ。縁日も、それはそれでいいのだが、盆踊りが一等好きだった。
浴衣も好きで、夏はよく着る。夕方、野良仕事を終えて家に帰り、ひとっ風呂。
浴衣を着て、角帯を貝の口にきゅっと締める。ああそうだ、世の男どもに言っておきたいことがある。
いいか、よく聞け。男の帯は腰じゃねえ、腹だ。
浴衣を着たら、犬の散歩をする。浴衣を着て、柴犬の散歩をするおっさん。どうだい、なかなか
けどな、残念なことに、こんな田舎じゃ出会うとしても近所の人ばかり。ゆっくり半時間以上かけて散歩をするが、すれ違う車は片手で数えるほどだ。
さて、今年もそろそろ夏祭りの準備をという時に、空き家に引っ越してきた
氏子青年団とは名ばかり、青年なんて言うのはおこがましい。中身はじいさんばっかり。氏子老人会さ。
慎二くんは、こんな田舎に来てくれただけでなく、氏子青年団に加わってまでくれる、かわいいやつだ。
慎二くんは、祭りと言っても花火大会、というような所で育ったそうで、神輿を担いでの祭りに興味があったそうだ。
じいさん達は、若いもん逃がしてたまるか、そんな雰囲気をバンバン醸しだしているが、せっかくの若いもんをこき使って逃がさないでくれよ。
祭りの二週間前の事前会議、ここから祭りの準備は本格化する。
事前会議では、加藤さんのありがたいお話がある。加藤さんは最年長で、もう体はそんなに動かないけれど、代わりに口が動く、動く。
「いいか、一番に神輿を出すからな。それが験担ぎってもんだ」
「かけ声は『わっしょい』だ。それでこそ、神輿ってもんだ」
慎二くんは、律儀に加藤さんの言うことをメモしている。毎年、言うことは決まってるんだ。そのうち嫌でも覚えるってのによ。
神輿の蔵出しの日は、朝の五時に集合だった。年々、早くなりやがる。
平日なもんで、慎二くんに大丈夫かと聞いたら、
「大丈夫です。会社へは八時に出れば間に合うので、七時半までなら手伝えます」
さすが、まじめな慎二くん。じいさん達も笑顔だ。
俺には「よしよし、これで少し楽が出来るわい」とにんまりしているようにしか見えない。
仕事中に、居眠りしなきゃいいけれど。
当日は、十人あまりが集まった。最初はさすがに眠そうだった慎二くんだが、じいさん連中に指示をもらって、てきぱきと動いている。
たまに、名詞が何を指しているかわからず戸惑っているが、そういう時は俺がどういうものかを教えてやる。
「ありがとうございます。勉強になります」
笑顔で元気よく礼を言ってくれるから、こっちも気分がいい。
祭り当日は、ひとまず神社の境内に集まる。地区ごとに、揃いの
慎二くんは、真新しい法被に袖を通しているが、帯が上手く結べず、あたふたしている。
「こうやって結ぶんだよ」
貝の口にきゅっと結んでやる。法被は丈が短いから、帯の位置はちょっと上目に。
「格好いいですね! ありがとうございます」
なんとも嬉しそうだ。
結び方を教えて欲しいという慎二くんに、そのうちなと、応える。
まあ、来年の祭りまでには、自分で結べるようにならねえとな。
昔は、神輿はそれぞれの地区をグルッと回って、神社に集合してたんだが、担ぎ手の高齢化もあり、今は神社の周りを練り歩くだけだ。
楽しみにしていた慎二くんも、担ぎ手になり、わっしょいわっしょい、声を上げている。
だた、百九十もある長身だから、腰を曲げて、窮屈そうだ。腰痛にならなければいいが。
夜は、打ち上げだ。
さすがに若いもんは違う、あのかけ声はよかったと、皆に褒められ、慎二くんは嬉しそうだ。
「やっぱりデカいから、担ぐのは大変そうだなぁ」
「慣れないし体中痛いけど、楽しかったっす。来年も頑張ります」
楽しんでくれたんなら、よかった。
「あんたも慎二くんがいてくれたおかげで、だいぶ助かったんじゃないかい?」
「よしてくれ、俺はまだまだ若いんだから」
まあ、助かったのは事実だが、さんざん人を若いからとこき使って、慎二くんが来た途端、これはないよな。
後期高齢者が何を言う、俺はまだ六十四。年金だってもらってねえんだから。
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原文:
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885332628/episodes/1177354054885332629
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