カポネとリンカン

今日も雨だ。昨日くつが飛ばされる前からそれは分かりきったことだったけど、深雪は「当たった!」と喜んでいた。

やっぱり雨の日の学校は暗い。蛍光灯も、非常口の緑のランプも、赤い消防のランプも全部不気味だ。でも、行き場を失った運動部が校舎内にごった返す感じは、騒がしくも楽しくて好きだ。

昨日同様、部活はすぐに終わった。僕はかばんから折り畳み傘を取り出す。小さな、おばさんが使うような傘。

玄関から外に出る。ここはまだ屋根がある。雨は少し強い感じ。

「傘忘れた」

深雪が支柱にもたれかかっている。

「そっか、学校の傘使えば?」

「そういうの絶対返すの忘れちゃうんだよね」

深雪は僕を見ながら、よくわからない表情をしている。僕はバッっと傘を開いた。クルクルと回すと派手な柄が綺麗な、小さな円をつくる。

「やっぱ傘取ってくるよ」

「うん」


「アルカポネって知ってる?」

「知らない。誰?」

「アメリカの有名なマフィア。色々犯罪に手を染めてた奴」

「知らなかった」

「『我慢なんてしないほうがいい。明日死ぬかもわからないから』なんてことをカポネは言ってるんだよ」

「一理あるね」

「でしょ」

歩道橋を歩く。真下には車の川があり、落ちたら最後もう陸には上がれない。

僕はすこしだけ、言ってみたくなった。

「リンカンていう僕の好きな大統領は、こう言ってるんだ。『今日できることを明日に残すな』って」

「一理あるね」

「二人の意見は対立していると思う。カポネは『宿題なんてやりたくねー』ってやつで、リンカンは『宿題は出された日にやる!』みたいなやつだったんだろうなぁ」

深雪は傘を天に突きさし、下ろす動作を繰り返す。雨が傘の領域に入り込み、深雪に当たる。

「わたしはね、二人とも『今、自分のやりたいことをちゃんとやれ』って言ってるんだと思った。『後悔すんなよ』ってことなのかなぁって」

小さな商店が見えた。昨日雨宿りをした場所。古臭いフォントで肉屋村上と書いてある。

「そうだ、明日の天気」

そう言うと深雪はくつを少し脱ぐ。

「どこに飛ばそう」

「雨、そこそこ強いからね」

「そうだ」

深雪は肉屋村上をロックオンする。くつが放たれた。サッカー選手のボレーシュートみたいにふわりと上がり、肉屋村上の屋根の下にごろごろと転がった。

「やった!」

僕はくつを取りに行ってやる。

「明日も雨!」そう叫んだ。




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