第16話

 操舵室には、掃除屋の死骸がいくつも転がっていた。全部、さっきミルがやったものだ。そして、やっぱり部屋中に蛍光黄緑の飛沫が散っている。

 ……見間違いじゃなかった。悪い夢でもなかった。やっぱり。ピューレは叩き潰されて死んでいた。

 そんな操舵室の中を、クルルもミルも、顔を顰めながらも特に悲嘆する様子も無く見て回っている。……悲しくないのだろうか。仲間が、そこで死んでいるというのに。

 クルルは一通り見て回り、機器に問題が無さそうだという事をたしかめると、操縦席に座って新たにバリアを発生させた。これでひとまず、安心だ。

「だが、あいつらが本気になって船ごとぶつかってきたりしたら、ひとたまりもない。今のうちに何か、打開策を考えないといけないな」

「だよねぇ。あっちの船の方がずっと大きいんだし。……あ、そだ。ボクとクルルで向こうの船に侵入して、船を奪っちゃうってのはどう?」

「面白そうではあるが、現実的に考えて無理だろう、それ」

「だよねぇぇぇ……」

 クルルもミルも、これまでの激戦の反動なのか、気の抜けた会話をしている。俺はその様子を、何となく呆れながら眺めている事しかできない。

 ……と、その時だ。何かが、俺の視界の隅を過ぎった。金色の、人差し指の先ぐらいの小さな光だ。それが、ちらちらと。

 まるで蛍のようなそれを、俺は思わず視線で追う。そして、ぐるりと後ろを向く形になって……そして、顔が引き攣った。

 掃除屋が、そこにいた。カタパルトデッキの扉は、クルルが閉めた筈だ。そして、今目の前にいるのは一人だけ。……という事は、残党か。

 掃除屋は、両手に剣のような武器を持っている。それを、両方とも振り上げている。そして、クルルとミルはまだ気付いていない。

「クルル、ミル! 掃除屋が!」

 叫んだけど、今から構えたところでクルルもミルも間に合わない。俺は思わず腰を抜かし、せめて閉じれば良いのに目を大きく見開いた。銀色の鋭い刃が二つ、眼前に迫ってくる。

 その刃が、俺の目を突くか否か、その瞬間。刃の動きが止まった。いや、刃だけじゃない。掃除屋自体の動きが止まっている。

「……え?」

 俺は、目を疑った。動きが止まったと言っても、凍り付いたように動かなくなったわけじゃない。掃除屋の腕が、腰が、肩が、拘束されて動けなくなっている。

 拘束されている……何に? 蛍光黄緑の、何だか弾力がありそうな物に。この色を、俺は知っている。そして、この船ではもう二度と、動くところは見る事ができないと思っていた。

「ピューレ……?」

 蛍光黄緑は応えず、もぞもぞと動いて掃除屋を締め付ける。まずは腕……というか、手首。握力を失ったらしい二本の腕から、武器が取り落とされた。次に腰の骨か何かが砕ける音がして、掃除屋はその場にへたり込む。

 それでも何とか動こうとしたそいつを、ミルが俺越しに撃ち、最後にクルルが飛び出してとどめを刺した。

 相手が息絶えたところで、拘束していた蛍光黄緑はぶるんと揺れて死骸から離れる。そして、俺の目の前で合体し、一体のスライムへと姿を変えた。

「やっぱり、ピューレ……」

「さっきは返事ができず、すみません。分裂している時は、喋る事ができないものですから」

 そう言って、ピューレはぶるんと震えた。その姿に、俺は心底ほっとする。

「そんな事よりも、無事で良かった……。よく無事でいられたな?」

 そう言うと、ピューレはくすくすと笑う。体が、ぷるぷると小刻みに震えた。

「スライムですから。叩き潰されたぐらいでは死にませんよ。……驚かせてしまって……いえ、怖い思いをさせてしまって済みません、ショウ……」

「仕方ないよ。叩き潰されちゃったのは事実なんだし。それに、ショウには良い薬になったと思うよ?」

 そう言って、ミルがニヤリと笑いながら、俺の方を向く。

「目の前で仲間が死ぬ辛さ、これでわかったでしょ? もう自爆攻撃なんて考えちゃダメだよ?」

「……」

 ぐうの音も出なくて、俺は黙り込んだ。……そうか、だからミルは、ピューレが無事だって事を俺に教えずにいたのか。一度操舵室を出る時に感じた違和感は、これか。

「それで……これからどうする?」

 話が一段落したと踏んだクルルが、問題提起をしてきた。……そうだ。船内に侵入した掃除屋は何とかなったけど、まだ撤退させたわけじゃない。

 今までに聞いた話だと、籠城戦を続けるのは難しそうだ。かと言って、戦いに出ればさっきと同じ轍を踏む事になる。

「せめて、この船にも主砲みたいな奴があればねぇ」

「元は廃棄された宇宙ステーションだぞ。無茶を言うな」

「廃棄された宇宙ステーションを船に改造しちゃうのも、中々無茶なんじゃないかってボクは思うんだけどなぁ」

「治安維持組織に救助を求める通報はしましたが、あちらも暇ではありませんし……いつ来てくれるかはわかりませんからね……」

 三人が、頭を捻って考えている。こういう場で、俺だけ何も言わないでいるのも何と言うか居た堪れない。

「えっと……全速力で逃げる、っていうのは駄目なのか? ほら、別にこっちの船、拿捕されてるわけじゃねぇし。こっちの方が小さいんだから、速そうじゃん?」

「たしかに、こちらの方が小回りが利くし、スタートダッシュも速い。……が、持久力の面で完全に劣る。最初の何分かは逃げる事もできるだろうが、あっという間に追い付かれる」

「じゃあ……その、地球に逃げ込むとか。ほら、地球の空気が体に合わない種族もいるって話だったし、あいつらがそれの可能性も……」

 一度地球に降りたのに、また宇宙に戻っていたのはそのためだ。地球から出る磁場か何かが、ピューレの体質に合っていなかったらしい。

「一か八か過ぎるよ。もしあいつらに地球の空気や磁場がぴったりだったらどうするの?」

 それは……一瞬で死ぬかもしれない。俺は口を閉じて、俯いた。

 俯くと、また何かが視界の端を過ぎる。さっきの奴だ。さっき俺が、掃除屋の残党に気付く切っ掛けになった、あの金色の小さな、蛍のような光。

 それがふわふわと飛んで、俺の耳元を掠めた。その掠めた瞬間に、俺は目を見開く。

「……え?」

 思わず出した声に、クルル達が俺を見る。けど、今は三人に説明している場合じゃない。蛍のような光が、耳を澄まさなきゃ聞こえないような小さな音を、俺に向かって発してくる。

 その音を聞いて……俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。

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