第17話

「なぁ……」

 再度口を開いた俺に、クルル達は「どうした」と言いたげな表情を向けた。

「あの、さ……さっき言った、全速力で逃げるって作戦……やってみたらどうかなぁ、って思う……んだけど」

 一瞬で、ミルの顔が残念そうに歪んだ。ピューレも、心なしか悲しそうにぶるぶると震えている。その様子に、俺は慌てて言葉を継ぎ足した。

「今すぐに、って話じゃなくて! タイミングがあるんだよ! 上手くいくタイミングが!」

「……その根拠は?」

 クルルに問われて、俺は一瞬躊躇った。これを根拠にして良いか、わからない。けど、今までの言動から考えれば、クルルにはこれで信じて貰えるかもしれない。そう思って、俺は正直に言う事にした。

「……神様が、そうしろって……」

 そう言うと、クルルの目が見開かれた。ミルは口を開けてぽかんとしている。そして、ピューレがぷるんと、ひと震えした。

「……神、か……」

 クルルは、そう呟くと俺の方をまじまじと見る。……いや、俺じゃない。俺の肩の辺りにいる、この小さな蛍のような光を見ている。クルルにつられて、ミルとピューレも同じように俺の肩の辺りを見ているのが、肩の辺りがぴりぴりする事でわかった。どうやら、ちゃんと俺以外にも見えるらしい。

「その神が、お前に言っているんだな? タイミングを計って、全速力で逃げろ、と」

「……全速力で、地球から離れろって」

「……どういう事?」

 それ以上は、俺にもわからない。けど、この蛍のような光はたしかにそう告げている。

「ふむ……」

 少しだけ唸ると、クルルは一人頷いた。

「……わかった。他に案も思い浮かばないからな。それに乗る事にしよう」

「えっ、良いのクルル!?」

 驚くミルに、クルルは頷いた。

「実際、神だと認識できる存在がそこにいるしな。そして、地球の上空にいるという事は、この神は地球の神だ。……地球の神が、最後の地球人であるショウを生かそうとしている、と考えれば得心がいく」

 そう言うと、クルルは俺の方に視線を戻す。

「今の時点で、地球の神の声が聞こえているのはお前だけだ。だから、合図はお前が出すんだぞ、ショウ」

「……わかった」

 頷くしかない。実際、姿は認識できても、この光の声みたいな音は俺にしか聞こえていないみたいだし。……と言うよりも、声が小さ過ぎる上に、俺以外に話す気が無いみたいだ。

 ピューレが、いつでも発進できるよう、忙しそうに操作を開始した。クルルとミルは、少しでも船が軽く速くなるように掃除しないと、と言って、掃除屋達の遺骸を排出ダクトからどんどん捨てている。……バチ当たらないか?

 そして俺は……いち早く発進のタイミングを下せるように、と、外が一等良く見える場所に配置された。勿論、あの蛍のような光も一緒だ。

 皆が、自分にできる事を懸命にこなしている。俺に今できる事は……この光から聞こえる声を逃さず聞き取って、発進のタイミングを逃さない事。そのために、俺は耳を澄ませ、そして窓の外を真剣に見詰めた。

 やがて、その時が来たんだろう。耳元で小さく「イケ」という声が聞こえた。

「今! 全速前進!」

 俺が叫ぶのと同時に、ピューレが船をいきなり全速で発進させる。地球が、みるみるうちに遠のいていく。

 もう、これからどうするかはほぼ心を固めている。けど、この調子じゃしばらく里帰りは無理だろうな、と思うと、少し寂しくなった。

 だから、せめてその姿を目に焼き付けておこうと、俺は窓の外を凝視した。すると、背後からパシャリと音がする。振り向けば、クルルがいつの間にやら俺のスマホをポケットから抜き取って、地球をカメラに収めてくれていた。

「写真は撮っておいてやるから、とにかく地球を見てろ。当分の間は見納めだからな。それと……この写真のデータ、後で俺の端末にコピーさせてもらうぞ」

 そう言えば、クルルも異星人とは言え、生まれも育ちも地球なんだった。

「……水臭いぞ。写真はもう撮ったんだから、一緒に見りゃ良いじゃん。な?」

 そう言って、俺はクルルを窓の方に引き寄せる。面白がったミルがスマホをクルルから奪い取り、地球をバックに俺達二人を撮影した。

「さて、そろそろ正念場だよ。向こうも気付いたみたいだしね」

 スマホを持つ手を下ろして、ミルが窓の外を指差した。掃除屋の船が、こっちの船を追い始めている。逃げ切れるだろうか? それとも……。

 段々、緊張が増してきた。心臓が脈打つ。

 相手の船が、地球とこちらの船の一直線上に並んだ。これであちらがスピードを上げたら……。

 そう、不安がいや増した瞬間だ。突然、まばゆい光が辺りを襲った。光だけじゃない。聞いた事もないほど大きな爆発音が、鼓膜をつんざくように響く。

「え……?」

 何が起きたんだ? そう、問おうとした。

 だけど、あまりに強烈な光と音に、脳が揺さぶられたのか。俺は……いや、俺達の意識は、あっという間に真っ白に消し飛んだ。

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