第13話
靴の足音が何重にも響いてくる。何かを壊す音が聞こえる。
防御シャッターを下ろした操舵室の中で、俺とピューレは息を殺して聞こえてくる音に耳を澄ましていた。
気付かれないようにするため、モニターの電源は落としている。だから、今外の様子は全くわからない。
クルル達は無事だろうか。最後の通信の時、クルルはまだ喋る余裕があった。……強がりだったかもしれないが、それでもまだ喋る事ができた。
じゃあ、ミルは? 最後の通信に応えなかったミルは、どうなってしまったんだろう? そして、これから俺とピューレはどうなってしまうんだろう?
自分の体が、震えているのがわかる。怖い。侵入してきた掃除屋に見付かるのが怖い。見付かったら、どうなる? 殺されるのか? 殺されるだろうな。相手を傷付け殺すのが一番の目的だって、ピューレが説明してたし。
こんなところで殺されたりしたら、俺……。俺……。
……どうなるってんだ?
不意に、そんな考えが頭を過ぎった。
故郷はもう無い。家族も友人も、誰も生きていない。やりたいゲームや行きたかった場所も、今じゃもうできないし、行けやしない。今、この世界がどうなっているのかわかってないから、どうなりたいって希望も無い。
今なら死んでも、心残りなんて何一つ無いんじゃないか?
それに、死ねば悩まなくて済むじゃないか。地球で一人寂しく生きるか、肩身の狭い思いをしながらクルル達と一緒に行くか。そんな事を考えて苦しまなくても良くなるじゃないか。
そう思ったら、何だか気が楽になった。気が楽になると、頭に色々と、どうすれば良いか、と案が浮かんでくる。
思い浮かぶ案を一つ一つ、声を出さずに吟味して、どうするべきかを考える。そして、決めた。俺はどうするべきか。今俺に、できる事で、この船の窮地を救う方法だ。
「……ショウ?」
出来る限り静かに立ち上がった俺に、ピューレが怪訝な声を出す。俺は咄嗟に自分の口に、人差し指を当てた。
辺りの様子を窺って、声を出しても大丈夫そうだと判断してから、俺は操舵室の片隅を指差した。そこには、緊急脱出ポッドが二つ設置されている。ピューレから受けた説明によると、脱出した後に補給ができる場所へ辿り着く事ができるように操縦する事ができるようになっているし、それなりにスピードも出るらしい。操縦の方法も説明を受けているので、俺でも何とか動かす事はできると思う。
ピューレは、クルル達が戻ってくるか、死亡が確認されるまでは使わないようにしようと思ってるみたいだ。けど、できるなら俺はクルル達に、この脱出ポッドを使わせたくない。……正確に言うなら、この船を捨てさせたくない。
たった二日しかいなかったけど、この船はとても居心地が良くて。それはきっと、クルル達が必死に色々な物を乗り越えて、積み上げてきた結果出来上がったものなんだろうと思う。
それを捨てさせたくない。
けど、そのためには今のこの不利な状況から形勢逆転を決めて、掃除屋達に撤退してもらうしかない。
戦力も無いのにどうやって撤退してもらうのか。目下一番の問題は、そこだ。クルルやミルぐらい強くても、どうしようも無かった。ましてや俺は、平和ボケした高校生。戦うすべなんて持っちゃいない。
廃棄された宇宙ステーションを改造して造ったというこの船じゃ、艦砲のような装備も無いだろう。あったら、ピューレがとっくに使ってるだろうし。
そのピューレは、さっきこう言った。奴らを倒せるとしたら、それは船ごと一気に焼き払うレーザー砲を備えた戦艦で戦う事だ、と。
つまり、この窮地を脱するためには、どうしても高破壊力な攻撃が一発でも必要だという事だ。そして、今この状況で、唯一使えるだろう高破壊力な攻撃と言えば……。
「俺、アレに乗って、掃除屋の船まで行ってくるよ。アレの操縦方法は、ピューレに教えてもらったし。……こんなに早く必要になるとは思わなかったけど」
「……掃除屋の船に行って、どうするつもりですか?」
ピューレの声が震えている。多分、俺が何をするつもりでいるのか、気付いたんだろう。俺は、ゆっくりと頷いた。
「突っ込む。サイズが違い過ぎるって言っても、流石にこれに全力でぶつかられたりしたら、あいつらものんびり殺戮なんてやってられないだろう」
顔は無いのに、ピューレの表情が引き攣ったのがわかった。わかってる。褒められる作戦じゃないって事はわかってる。俺の本来の時代でこれをやったりしたら、命じた方は凄まじい勢いで責められる事請け合いだ。
でも、奴らを撤退させるのは本当もうこれしか思い付かない。脱出ポッドは遠隔操作で操れるものじゃないし、誰か一人が搭乗しなきゃいけない。それでもって……この船の現在の乗組員で、一番必要とされていない、いなくなっても構わないのは……俺だ。
何せ、この船で暮らし始めてまだ二日。何のスキルも無くて、そもそもついさっきまで船を降りるかどうするかって考えていたんだから。
「正気、ですか……?」
「正気」
もう一度頷いて、俺は脱出ポッドに向かう。
「やめてください、ショウ! そんな事をしたら、ショウが死んでしまいます! それで船が助かっても、クルルもミルも、勿論私も嬉しくありません!」
そう言ってもらえると、正直、ちょっと救われる。でも。それでも。
「役に立たせてくれよ。俺、何にもスキルが無い上に今の情勢も何もわかってない旧人類だからさ。これぐらいしか、役に立つ事、思い浮かばねぇんだ」
「役に立たないとか、そんな事無いです! ショウは動きが遅い私の事を、何度も操舵室や談話室まで運んでくれました」
たしかに、何度か運んだ。でも、それだけじゃないか。
「今はまだスキルが無いかもしれませんけど、練習すれば色々な機械も使えるようになります。私一人じゃ手が足りない時なんて、いくらでもあるんです。お手伝いしてくださいよ!」
それは、俺も考えた。考えたけど、できるようになる気がしなかった。
「それに……それに……今みたいに、クルル達が戦闘に出ている時……操舵室にいつも一人で、不安だし寂しかったんですよ? せっかく、こうしてショウが近くにいてくれるようになったのに……また一人になるなんて、前よりも寂しいです!」
それを言われて、少し揺らいだ。そして、脱出ポッドに乗ろうか乗るまいか、足を止めて戸惑った。それが……間違いだった。
扉の向こうからたくさんの足音が近付いてきて、そして扉の前で止まった。次いで、ドカドカと扉を殴りつける音が辺りに響いたかと思うと、鉄か何か頑丈な素材でできている筈の扉と防御シャッターがあっさりと破壊され、辺りに破片が飛び散る。
そして、扉の無くなった開口部に姿を現したのは、掃除屋だ。モニター越しで見た掃除屋達が、俺達の目の前に立っている。
奴らは、何も言わない。ただ、ニヤニヤとしながらこちらを見ている。そして、恐怖に耐え切れなくなった俺が腰を抜かしたのとほぼ同時に……先頭に立っていたリーダーらしき掃除屋が、巨大な槌のような武器を振り下ろす。
それは寸分の狂いも無く、奴が狙った場所に……ピューレの頭頂部に当たり、そしてピューレは……飛び散った。
ゼリーをハンマーで叩いたらこうなるように、ぐちゃぐちゃに潰れて、飛沫があっちこっちに飛び散って、へばり付いて。
「あ……あ……」
声が出ない。叫ぶ事も、ピューレの名を呼んでやる事もできない。
馬鹿だった。あそこで躊躇わずに脱出ポッドに乗り込んでいれば、ひょっとしたら今頃は、敵の船にダメージを与える事ができていたかもしれないのに。そうすればこいつらは撤退していて、ピューレはこんな事にならずに済んだのに。
ピューレは既にこの船で必要とされている存在で。俺はそのうち必要とされる可能性はあっても、今のところはそれほど必要な存在じゃなくって。だから、死ぬならピューレじゃなくて、俺じゃなきゃいけなかったのに。
……いや、俺も今から死ぬのか。ピューレを殺した奴が物足りなそうな顔をしている。そりゃ、スライムを叩き潰しただけじゃ、殺戮が目的の奴には物足りないよな。次に殺す奴はたっぷりいたぶって、しっかり味わいたいって思うよな。
……やっぱり。さっきの作戦を実行していれば良かったんだ。そうすれば、どうせ死ぬにしたって一瞬で死ねたのに。
槌のような武器と、剣のような武器と、槍のような武器と。その他多様な武器が、俺に向けられている。
あぁ、これはもう駄目だな……。そう観念して、俺は目を閉じた。
「ダメだよ、そんなに簡単に諦めちゃあ」
場違いに可愛い声が聞こえた。とても可愛いのに、真実を知った後だと目を見開きたくなる、可愛い声だ。
あぁ、そうだ。俺がこの船で初めて目覚めて、何が何だかわからず混乱していた時。最初にかけられたのは、やっぱりこの声だった。
激しい銃声が、辺りに連続して響く。俺に迫っていた掃除屋達が、あっという間に全員倒れ伏した。
「ミル……!」
ホッとして、半泣きになりながら名を呼んだ俺に、ミルはニッと笑ってくれた。
「お待たせ、ショウ。ごめんね、通信に応えられなくって」
黙っていた方が、相手に悟られずこっそり動けると思ったからさ。そう言うが、ミルの服はボロボロだ。スカートはスリットのように裂けて太ももが見えているし、上着はボロキレに等しくなっている。どうやら着やせするタイプだったらしく、随分と立派な胸筋が見えた。……あぁ、本当に男だったんだ……。
頼もしい不敵な笑みを見せてくれていたミルだが、突然険しい顔になった。そして、カッとリボンで飾られたヒールの踵を床に打ちつけると銃を構えながら振り向き、そして撃った。「ぎゃん!」という短い叫び声と共に、掃除屋の一人が倒れたのがミル越しに見える。
その一連の隙のない動きは……格好良かった。それに、何と言えば良いのか……綺麗だった。射抜くような目に、吸い込まれるように魅せられた。そして、挙動の一つ一つが、誰かに見られている事を意識しているかのようで。その全てに、目を奪われた。
新手がいないかを確認してからまたこちらを見たミルが、勝ち誇ったように笑って見せた。
「元アイドルだって、言ったでしょ? ヒトに見てもらうために、楽しんでもらうために、子どもの頃からたっくさんレッスン受けてきたんだからね」
あの動きの全てが、アイドルのプロ意識からのものとは恐れ入る。けど、常に見られる事を意識しながらの動きだという事なら、あの目を奪われるような動きも納得だ。アイドルと言うと軽く聞こえがちだけど、恐らくミルは、現役時代は実力派と呼ばれるタイプだったんじゃないだろうか。星が滅びなければ、三十代になった今でもアイドルとして活動していたかもしれない。
妙に納得して頷いた俺に、ミルは不意に悲しげな顔をして見せた。
「けどさ……どれだけたくさんレッスンして、どれだけ綺麗な動きができるようになっても……観てくれる人がいなきゃ、アイドルなんてやってられないからさ。ファンでなくても良い。ボクの動きを観て欲しい。ボクの声を聴いて欲しい。……観られてこその、アイドルなんだよ?」
だから、とミルは俺に迫った。赤い……けど、ほんの少しだけピンクがかった目が、泣きそうに歪んでいる。
「簡単に死ぬとか、自分は必要無いとか、考えないでよ。ボクにとっては、ショウはもう大事な仲間の一人なんだよ? ボクの事を見てくれる人が減っちゃうのは、嫌だよ……」
「……ごめん……」
思わず、謝った。……何を謝った? 一人で勝手に死のうとした事? ミル達がそれでどう思うか考えなかった事? ピューレを死なせてしまった事? ……多分、全部だ。
しょぼくれている俺の肩を、ミルがぽんと叩いた。
「あとでたっぷり説教するよ、皆で。反省は、その時にたっぷりして。今は、とにかく掃除屋をこの船から追い払わないと」
あと、クルルの生存確認。そう言って、ミルは銃を構え直して操舵室を後にした。ピューレの遺骸には、お構いなしだ。
何か違和感があるような気がしながらも、俺はミルの後を追い掛けた。
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