第9話

 テレビでも、映画でも、何度も見た。本当に、見飽きるぐらい見た。

 それなのに……千年寝てたと言っても感覚的には一週間も経っていないのに。この星の姿を見る事で、こんなに懐かしい気持ちになるとは思わなかった。

「やっと着きましたね」

「うん。ショウを見付けてから、もう一ヶ月ぐらい経ってるもんね」

 俺がこの船で生活し始めてから、まだ二日だ。……という事は、クルル達は俺を見付けてから目覚めさせるまで、一ヶ月近く地球人について調べていたって事か。それで、俺が地球に帰りたいと言い出しても良いように、進路を地球に向けていた、と……。どれだけ遠くまで連れていかれていたんだ、俺……。

 ワープの直後で疲れてガクガクする膝と腕を気力で支えながら、窓の向こうに見える青い惑星を見詰める。

 映画とかでその台詞を聞く度に、大袈裟だと思っていた。けど、本当だったんだ。地球はこんなにも青くて、綺麗だったんだ。

 クルル達は、地球は滅びたと言っていたけど……何だ、全然滅んでなんかいないじゃないか。星の形はちゃんと丸いし、海が干上がった様子も無くこんなに青くて……。

「……ん?」

 そこで俺は、違和感に気付いた。

 目の前の地球は青い。それは、全くおかしくない。

 だけど、青過ぎる。俺の記憶では、地球っていうのはもっとこう……青の中に地面の茶色とか、山の緑とかが見えていたと思う。なのに、それはほとんど見る事ができない。星の大部分が、青色に染まっている。

「ここ、地球……なんだよな……?」

「あぁ」

 頷いてから、クルルは俺が抱いている違和感に気付いたらしい。もう一度、違う意味で「あぁ」と言った。

「ショウ、お前は日本人だったな?」

「え? あぁ、うん」

「なら、日本が見える位置にまで船を移動させる。それで、多分わかるだろう」

 そう言って、クルルはピューレに、船を移動させるよう指示を出した。そして船が場所を変えて、数分後。

「……!」

 日本列島が見える場所で、俺は絶句した。

 日本列島は、たしかにそこにあった。あのくねくねしていて描き難い……けど覚えやすい形は、間違いない。

 けど、その形は明らかに……俺の記憶の中の日本列島よりも、細くなっていた。伊豆半島や能登半島を初めとした半島が殆ど消えているし、沖縄諸島なんかも見えなくなっている。

 あぁ、そうか。

「温暖化……」

 ぽつりと言った俺に、クルルは首を横に振る。

「結果としては似たようなものだろうが、少し違う。どちらかと言えば、ノアの方舟だな」

 ノアの方舟……人間が神様を怒らせて、世界中が大洪水に見舞われて海に沈んだ、あの……?

「言っただろう? 神はいるって。今の時代は、神を認識できるようになっているって」

 そう言って、クルルはため息を吐いた。そう言えば、クルルの祖先が地球を侵略して、その子孫であるクルル達の代になってから、クルル以外の一族全員が神によって滅ぼされたとか言っていたっけ。

「……神様って、どんな奴だった? ……神様がいるんだって、わかるようになってるんだろ?」

 本当は、この話題にそこまで興味は無い。けど、とにかく何か話題を作って、話し続けないと。でないと、不安と緊張でどうにかなりそうだ。

「そうだな……太古の地球人が想像したような、ヒトの姿はしていない。例えて言うなら……」

 言いながら、クルルは壁の一部をすいすいと撫で始めた。クルルの前に、ホログラムみたいな板が現れる。文字らしき物が見えるから、あのホログラムみたいな板はクルルにとってのタブレット端末のような物なのかもしれない。

「蛍だな。地球の神々は、光を発する蛍のような姿をしている」

 どうやら、地球に関するデータベースを調べてくれていたらしい。クルルは、見た目はどっちかと言えば乱暴そうだし、口調も突き放すような言い方だったり声音だったりするけど、実際はまめで、面倒見のいい性格だよな、と一緒にいた時間は二日しかないのにそう思う。

「そろそろ、大気圏に突入します。皆さん椅子に座って、固定ベルトをしっかり装着してくださいね」

 船内放送で、ピューレの声が聞こえた。言われるままに俺達は椅子に座り、どの椅子にも付いている固定ベルトで体をしっかりと固定した。これぐらいの固定で大丈夫かと心配にもなったけど、まぁこの船の技術力から考えて大丈夫だろう。……本当、大分影響されてきてるな、この船に……。

 窓から、地球が迫ってくるのが見える。

 正直なところ、離れていたって実感がまだ無いんだけど……兎にも角にも、帰ってきたんだ。地球に。俺が生まれて育った、一生出る事は無かったはずの、この星に。

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