第37話 濁る水

「・・・ノエル殿、それは私にとっては魅力的な話だが、魔族の眷属になる事の意味をよく考えた方が良い。先程の、別世界の話は気にしなくて良いと思う」


「私は・・・卑怯なんです・・・逃げて・・・ばかりだったんです・・・」


泣き崩れそうになるノエルを、エルクがそっと抱き留める。


「落ち着きなさい、ノエル殿。ユグドラシル王の件は仕方がない。聖神の力は絶大だ。アレを逃れる方法を編み出すとは・・・ユグドラシル王から絶大な魔力を感じた。恐らく奴は凄まじい魔導士だ。あんな者の存在を想定できたら、むしろその方が異常であるよ」


エルクがノエルに、優しく囁く。


「私がいると・・・この国がおかしくなります・・・」


「そんな事は無い。貴方とニルス殿は二人で一人。貴方達は良くこの国を導いている。貴方の事を必要としている者が、この国にはたくさん居る。貴方はこの国の人皆に愛されているよ。私でもそれくらいは分かる」


「今後、ユグドラシルからの圧力が強まれば・・・もしくは、他の国も同じ事をするかも知れません・・・そうなれば・・・レイアーは干上がります」


「ユグドラシル王は、行いが聖神にばれた。その地位を奪われるだろう。もし他の国が来ても同じ事だ。それに、闇結晶の対策であれば、私で良ければ力を貸そう・・・聖戦が始まるまでの期間限定ではあるがね。聖戦が始まったら、流石に余計な事はできないだろうしな」


「私は・・・この国に居て・・・良いのでしょうか・・・?」


「ああ、貴方はこの国を去る必要はない。貴方はこの国に必要とされている」


エルクがノエルを軽く抱きしめながら、


「貴方は、ラムダ村の難民を受け入れる約束をして下さった。クロエ殿を助けたのも、今後期間限定でレイアーを援助するのも、その対価と思ってくれたら良い」


ノエルは、エルクを見上げ・・・尋ねる。


「私は・・・私の好きにして宜しいのでしょうか・・・?」


エルクは力強く頷く。


「そうだ、貴方は自分の好きにすれば良い」


ノエルはエルクを真っ直ぐに見て、言った。


「分かりました、私を貴方の眷属にして下さい」


ノエルの目に、最初に見えた、自棄の色はない。

エルクに断る理由は、ない。


「・・・分かった、ノエル殿・・・まずは私の眷属に対する考えを伝える」


エルクは自分の眷属の理論を説明し・・・


「そして、何か対価を求めるならそれを述べて欲しい」


「そうですね・・・レイアーも気に掛けて頂けると嬉しいです・・・後・・・貴方の愛が欲しいです」


「・・・分かった。それではノエル、貴方を我、エルクの眷属にする」


エルクがノエルの首筋に牙を突き立てる。


「あう・・・」


ノエルが声を漏らす。


エルクがノエルの血を啜る。

重厚な味こそしないものの、澄んださっぱりした味だ。

美味しい、と感じた。

すっと牙を離す。

傷口を舐め、その傷を癒す。


「はあ・・・はう・・・」


闇の力が体中を巡り、ノエルの体を作り替えていく。

かなりの負荷のようだ。

エルクはそっとノエルを抱きしめてやる。

ノエルがエルクに手を回し、しがみつく。

そして・・・ややあって、ようやく落ち着いたノエルが、ゆっくりと目を開けた。


「大丈夫か?」


エルクが尋ねると、


「・・・すみません・・・かなりふらふらしています・・・」


そう言って、エルクに体重を預けてきた。

10分程して、ようやくノエルは症状が治まったようだ。


「体が・・・軽いです。魔力も、みなぎっています」


「それは、人間を辞めたからな。とは言え、無敵ではない。決して力を過信するな」


「はい」


ノエルがにっこり微笑む。

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