第21話 特別~アイラ
二回怖い思いをした。一日で二回も恐い人に会った。その人は昔のパパみたいに乱暴に体を掴んできた。嫌だった。凄く嫌だった。出たくなかったけど、昔のパパに似た感覚にアイラは外に出ていた。痛い経験をするのはアイラ。そんな思いがずっと心に残ってた。
叩かれるのが怖くて泣いていたら、恐い人が離れていった。代わりにお兄さんみたいな人が来てくれた。その後また恐い人がやってきた。また痛くされると思うと嫌だった。なんでこんな目に遭うのか分かんなくて、ずっと下を向いていた。恐い人の話し方がだんだん大きくなってきて叩かれると思ったら、お兄さんが走ってやってきた。
昔話に出てくる王子様みたいだった。お兄さんはアイラの代わりに恐い人に叩かれてしまった。怖くて、逃げたくて、でも助けに来てくれたのが嬉しくて、ごめんなさい。って何回も言ったら抱きしめてくれた。触られた時に一瞬昔の痛みを思い出してしまって、そのまま内界に戻った。
内界に戻って部屋でちょっと眠り、起きたらホタルが外に出ているのを感じた。誰かと話をしていた。凄く興味があった。ユキはいつも外に出ているけどホタルが外に出るなんてビックリした。ホタルは内界でお嬢様みたいな恰好をしているから、日焼けするとかの理由で外に行くのが嫌なんだと思っていた。
ホタルの話を聞いてみる。相手はお兄さんだった。名前はソウタというみたい。ソウタは男だけど恐い感じはあまりしなかった。見た目も恐くないし、話し方も優しかった。ホタルの話に真面目に頷いていた。アヤの話というよりはアイラ達の説明をしているように聞こえた。
「変わった男だね」
隣にクロちゃんが立っていた。クロちゃんは相変わらず気付けば、いつもそこにいる。
前に「瞬間移動して来ているの?」と聞いたら「普通に歩いているのに、あんた達が気付かないだけ」と馬鹿にしたように答えてきた。そんなクロちゃんの反応は面白くて好き。
「多重人格と言われてさ。真剣に聞く男ってヤバイよね」
クロちゃんが怒ったように言う。
「でもソウタは助けに来てくれたよ?」
「助けに来たと言ってもアヤを、だよ」
「違うよ。アイラをだよ」
「あの男はアヤだと思っているよ」
クロちゃんがくすくす笑う。クロちゃんの黒いワンピースの裾がゆらゆら綿毛みたいに揺れる。
「ソウタは恐い人からアイラを守ったんだよ」
宝物を自慢するように胸を張ってみせた。クロちゃんが唇の端を上げる。
「たまたま、ね」
「二回も助けに来てくれたんだよ」
「変わった男だよね」
「変わった男じゃなくて、良い男だよ」
「だといいけど」
「ソウタは信じるかな?」
クロちゃんが自分の髪を掻き上げる。「何を?」とアイラを見てくる。髪と同じ黒い目がちょっと細くなった。
「ホタルの話」
「さぁ? 信じない、信じる。どっちにしてもアイラさ――」
「お礼言いに言ったら?」
「お礼?」
「助けてもらったんでしょ?」
クロちゃんが微笑む。
クロちゃんの言葉にアイラは「そっか」と両手を鳴らし「でも外に行くの嫌だな」
呟いた。
「大丈夫だよ。何かあったらソウタだっけ? 助けに来てくれるよ」
「でも」
「それに変に遠慮されたりすると男は嫌がるからさ。甘えてきたら? ソウタも喜ぶよ」
「そうかな?」
「そうだよ。特別なんでしょ?」
「特別?」
「アイラが怖くないって思う男なんでしょ? 特別な男だよ」
「クロちゃん、男に詳しいね」
「嫌な言い方しないで」
クロちゃんの目がもっと細くなった。
「んじゃ後でユキに出ていいか聞くね」
「聞かなくていいでしょ。ちょっと出るだけだし。私が協力するよ」
クロちゃんが歩き出す。アイラに顔だけ振り向いて「行く時に呼んで」とだけ言ってどこかに行ってしまった。
ホタルとソウタの話も終わりそうになっている。ホタルが「こんな訳の分からない事に関わらせてしまって、ごめんなさい」と謝っている。確かに。納得してしまう。そんな良く分からないのを相手にしているソウタはやっぱり変に見える。
変で特別な男。変で優しくて特別な人。特別という言葉が何だか嬉しくて、アイラは一人で小さく笑ってしまった。
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