第19話  トイレの捜索~ワンコ


 昼休みの途中でアヤがトイレに行ったまま帰ってこなかった。五分経ち、十分経って心配になってきた。

 教室を出てトイレを覗く。誰もいない。幸いな事に個室のドアは全部開いていて、見ただけで確認できた。

 どこに行ったのかな。

 こんなに長い間いなくなるのは珍しい。誰かに襲われていないか、馬鹿馬鹿しい不安が頭をよぎる。さすがに学校の中に不審者が入ってくるとは思えないけれど、可能性はないわけでもない。アヤは可愛い。

 違う階のトイレも覗く。今度は閉まっている個室もあった。ノックすると知らない子の声で「何?」と言われる。「ごめんなさい」と謝り、出る。他のトイレも探す。いない。

 こんな事なら一緒にトイレに行けば良かった。昼休みの終わりを知らせるチャイムがもうすぐ鳴る。保健室を探していない事を思いつく。突然、何かの原因で具合が悪くなった可能性もある。階段を上がる。

「――良い子にしてあげましょう」

 アヤの声が聞こえた。安心と疑問が同時に浮かぶ。

 階段を上り終える。アヤがソウタと手を繋いでいるのが目に飛び込んできた。反射的に「アヤ?」と呼び止めてしまう。

 ソウタが絶叫しそうな顔をし、アヤがゆっくりと瞬きをした。

「アヤ、探したよ」

 息を整え、笑う。ソウタとアヤが慌てて手を離した。

「どこ行っていたの?」

「いや、あの――。実は俺がアヤを呼んだんだ」

「呼んだ?」

 ソウタに聞く。「あ、ああ」とソウタが何度も頷く。

「じゃあ、今度からはちゃんとそう言ってよ。私探しちゃったじゃん」

「それは、ごめん」

「それより、二人は付き合い始めたんだね。やった! 私の願いが叶っちゃった!」

「ワンコ、あのな。そういうのじゃ」

「ソウタ、やるね。思ったより早かったよ。いつから? 全然気づかなかった」

「だから、ワンコ。これは」

「幸せなもの見ちゃった。先に戻るね。あ、授業はサボっちゃだめだからね。アヤ、後で詳しく聞くからね」

 回れ右をして教室に向かう。

 ソウタと並んでいるアヤに「お幸せに」と手を振る。前を向く。アヤが私に何かを言おうとする雰囲気を感じたけど結局は形にならなかったみたいで何の言葉も私に届かなかった。

 青春だね。と呟き微笑む。照れ隠しで付き合いを否定しようとしたのかな。くすぐったくなる。うまくいくといいな。ソウタは優しいから、きっとうまくいく。

 ――なぜか一瞬、よく見ると色々な物が隠されている騙し絵を見ているような感覚が頭をよぎる。

「まぁ、いいか」と思考を中断させた。

 疑問が水に入った墨のように頭に広がっていく。何でだろうという気持ちが揺れ、沈み、消えてくれない。

 何かが違う。でも、その何かが確信できないまま教室のドアを開け、入る。

 他の女子が「あれ?アヤは?」と聞いてきて「さぁ? トイレかな?」と嘘をついた。本物のアヤはさっき廊下にいたアヤじゃなくて、別にいるような気がした。

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