第16話 まとまらない現実~ユキ


 学校への慣れ親しんだ道を不機嫌をまといながら歩く。

 昨日は家へ帰った後、ご飯を食べ、お風呂に入って、テレビを観て、スマホを触ってから寝た。母親には何も言わなかった。怪我をしたわけでもなかったし、余計な心配をかけたくなかった。

 アヤの体を横にした後、内界に戻りホタルに会いに行った。

 ホタルは起きなかった。

 疲れているのか、わざとなのかは分からないけど起きて来なかった。ドアは閉じたまま、音も動きも無かった。

 時間だけが足踏みをするように動き、朝になり、私は学校へ向かっている。

 どうしろと。

 ソウタとは同じクラスなのに。

 絶対に気まずい。あんまり話したくない。でもソウタが誰かに話さないか監視をしなくちゃいけない。無視できない。

 髪を掻きむしりたくなる。

 あたしに責任があるのだろうか。ノーとは言えない。ホタルに責任はないのだろうか。イエスとは言えない。結局誰のせいなのか、あたしか? 担当だからか? アヤの代わりに生きているだけなのに。あたしの代わりに誰か、お願いだから学校に行って欲しい。

「おはよう」

 後ろから挨拶をされる。

 相変わらず微かに体を震わせながら振り向き、すぐに前を向いた。ソウタだった。

「おはよう」といつもより低い音で返す。

 ソウタが隣を歩いてきた。横目で確認する。ソウタの表情が固い。遠慮して、迷って、落ち着きがない不細工な表情。あたしの不機嫌レベルが上がった。笑顔の仮面は昨日どこかになくした。

「き、昨日は大変だったな」

 ソウタが若干、口ごもる。「そうだね」とあたしの返答は短い。

「体の具合はどう?」

「大丈夫だよ」

「眠れた?」

「眠れた」

「俺は寝すぎて、今日も早く起きちゃった」

「そう」

「朝早く起きると何か、得した気分になるよな」

「そう」

「何か偉い事したような気分だよ」

「そう」

「何か……怒ってる?」

「別に」

「あの……さ」

「何?」

「昨日、ホタルから話を聞いたんだ」

 無言でソウタを見つめる。ソウタが一瞬、目を逸らした。

「そう」と呟き、続きを促す。

「俺なりに考えてみたんだ。その、昨日言われた多重人格の事」

「信じるの?」

「本当なんだろ?」

「本当だと思う?」

「分からない」

 迷わずに、迷っている事を伝えてくる。

「でも、とりあえず信じてみようと思う」

「とりあえずって」

 呆れる。ソウタが慌てて「そういう意味じゃないんだ」と唾を飛ばす。

「疑っているわけじゃないんだ。ただ、いきなりだったから」

「ソウタはあたしに何言われても疑わないの?」

「いや。そういうわけじゃ」

「どういうわけ?」

 笑顔の仮面を取り払ったあたしは、口調までも強い。ソウタが「その」口と目を忙しくしている。

 深呼吸を鼻でする。頭の熱を下げる。足を止めた。ソウタも急停止する。リードに引っ張られた散歩中の犬みたいだ。

「何も気にしないで。あたしも気にしないから」

「うん」と鼻息に似た曖昧な返事をし「分かった」と何度か頷く。「ユキがそう言うなら分かった」と「アヤ」と呼ばずにわざわざ言い直してきてカチンときた。

 真顔のまま顔を近付け「お願いだけど」

 ソウタの耳元で話す。

「その名で呼ばないで。あたしはアヤだから」

 ソウタから離れる。ソウタが何か言いかけた。無視して歩き出す。

 何も分かっていない。怒りで滲んできた視界を手で拭う。

 あたしの事も。あたし達の事も。アヤの意味も。アヤでいる価値も。

 学校が見えてきた。退屈で、つまらなくて、面倒な建物は全ての物事に興味なさそうに建っている。

 牢屋に近い、その場所はあたしの居場所でもある。

 あたしはアヤの偽物として生きている。嘘で生きている。あたしの価値はそんなものでしかない。だから。せめて。

 あたしの居場所を壊させるわけにはいかない。

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