第13話 瞑想と回想~ホタル
内界に振動が走った。口元に手を当て虚空を見つめる。
隣にいるユキが私を見ているのを感じる。
「ホタルさん、今の揺れって?」
「アヤの体が倒れたみたいですね」
「アイラが気絶したの?」
「そうですね」
肯定しユキの動作に注意する。前髪を触るのを止め、私と目線は繋げたまま爪で爪を擦り、削っている。なにかしらのストレスが出てきたらしい。
また無理矢理戻されたユキと外へ繋がるドアの側で待機していた。正直、こんなにすぐにアイラが外に出るような事態になるとは予想していなかった。自分の部屋に戻って少し横になろうと思っていた。
寝なくて良かった。連続で眠りを妨げられるのは私にとってのかなりの苦痛に近い。睡眠が私の唯一の娯楽と呼べるもので、それ以外の趣味と呼べるようなものも無かった。
あの後、戻ってきたアイラが気になって部屋に行き様子を見ていた。
アイラは気絶していたが呼吸は規則正しかった。服を捲ると傷の状態が悪化していた。赤黒くなり、出血している部分もあった。昔の痛みを思い出しているのが分かった。頭を撫で、息を漏らし、今は休ませてあげるのが先だと布団を掛け直し、アイラの部屋を出た。
それなのに、同じ日に再び強制的にアイラが外に出されてしまった。
異常事態が続いている。今まであまり問題なく生活できていたのに。むしろ今まで問題がなかったのが異常だったのか。少しずつ重なった不幸が雪崩のように今襲ってきているのかも知れない。
自分の部屋でゆっくり寝られる状況にしばらくならないのかも知れない。アヤが内界を作ったばかりの頃が頭をよぎった。
「あたし、行ってくるね」
ユキが呟く。相変わらず爪を擦り続けている。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
「どんな状況になっているか分かりませんが」
外へ繋がるドアの覗き窓を視線で示す。外の世界を映してくれる覗き窓はアヤの体の目が閉じていると何も映してくれない。真っ黒な視界のままだ。
ちなみに内界の家の中は灯りが点いている為、体の目が閉じようと真っ暗にならない。昼と夜も外の世界と連動している。仕組みは分からない。理由も知らない。
「でも、たぶんソウタが近くにいるはずだから。あたしが出た方が色々、都合がいいよ」
「そう――ですね」
申し訳なく頷く。私は外の世界に出たことがほとんどない。生活担当のユキが出た方が、私が行くより余計な問題が起きる可能性は低いだろう。
「行ってくるね」
ユキが笑う。強張った顔つきだ。
「助かります」
「私もここで見ていますから」と付け足すと「分かった」と爪を擦るのを止めドアに向かって行く。
ユキを見送り、ドアの側で待機し見守る。
不安と緊張を持ちながら、覗き窓から外を観察する。ユキが出てくれたおかげで、カーテンが開いたように外の様子が見える。時間が夜に向かっているのか、外の景色の色が全体的にぼやけて濃くなっている。
外には少年がいた。心配そうな視線を惜しげもなく注いでくれている。
ユキが苦し紛れに泣いていないと言い張り、少年との会話を始めていく。少年の名前はソウタと言うらしい。ソウタとの会話を傍観しながら、あの子は喜んでいるだろうな。と考える。
アイラが何度も出れば、知り合いが不審に思う。不審が強くなれば人間関係に亀裂が入り、やがて壊れてしまう。生活する環境が悪化する事が一番面倒くさい。
あの子はそこに付け込んでくるかもしれない。
ユキとソウタの会話の最中にユキが混乱し、ソウタが何かに勘付いたような疑問を口にする。
良くない状況だ。
ただ、ソウタの態度に敬遠や拒否が無い気がした。もしかして。と思う。
アヤに幾らか好意がありそうなら、少しは受け入れてくれる可能性があるのではないか。
無責任な期待なのは自分でも理解している。冷静に考えてみるとリスクの方が高い。しかし、ソウタは「誰?」と聞いてきた。いくら普段あまり話をしない間柄だとしても、少なくとも知り合いに言う質問ではない。
人とズレた頭の持ち主なのか。非常識な思考をしているのか。
だとしたら私としてはありがたい。常識や当然を基準にして生きている人間には私達は理解されないという偏見に似た確信を私は持っていた。無謀な賭けには違いないが、賭ける量はこちらで調整できる。試してみたい。
ソウタは、どこまで理解し知ろうとしてくれるか。分の悪い賭けだ。失敗してしまうと破壊人格の仕事を手伝う形になってしまう。
でも私には何となくうまくいきそうな予感があった。ソウタのどこまでも心配しそうな視線の中に温かみを感じたせいかもしれない。
あの子が、ソウタとユキの関係に亀裂を入れる前に、ソウタに本当のことを打ち明けて味方になってもらう。
迷いが浸透する前にユキに代わる事を伝え、ドアを開ける。外に通じる道は闇に浮かび上がるように白く光っている。その道の上を歩く。
街灯へ向かって虫が飛ぶのは月明かりと勘違いしているかららしい。
昔、誰かに聞いた話をふと思い出した
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