四神祭に参加してみた 其の二

「よしよし、全員揃ったようだな。それではゴルフの説明を始めるとしよう。ルールは簡単、この小さな白球をどんな手段を使ってもいいから一番遠くに飛ばした人間の勝利である。力と技術、その両方が合わさった人間こそ勝者である」


 うんうん、全然違うよそれ。ゴルフの打ちっ放しじゃあるまいし。

 などと言えるはずもなく、他の冒険者に合わせゴルフを知らぬという風に首を数度縦に振る。

 もうこうなってはヤケクソだ。

 穴の一番近くにボールを飛ばした人の勝ちじゃなかっただけよしとするしかない。


「それではクジをお引きください」


 四本の棒が入った箱を抱え現れたのは、冒険者組合の受付嬢をしていたツェーレだった。


「あれ、ツェーレさん?なんでここに?」


「私達組合の職員は四神祭のお手伝いなどもしてるんですよ。もしかしてケン様が第一種目に出られるんですか?」


「まぁ、一応ね」


「一応だなんて謙遜を。戦闘力5の私なんかと違いますもんね。それにケン様はすごい攻略者なんだって、ボルギュスさんも仰ってましたよ。それに他の地区の人もケン様を警戒してるみたい、、、ってすいません。あまり話しているとダメなんでした、あくまで私達は中立ですので。でもこっそり応援しちゃうので頑張ってください」


 最後の小声で頑張ってくださいと、ちょっぴり背伸びして言ってくれた言い方がとても可愛らしかった。

 この言葉だけで百人力である。


 順番にクジを引き四番を引き当てた俺、そして他の代表者の三人の順番も決まる。

 一番朱雀代表のごつい大男、二番白虎代表のごつい大男、三番玄武代表のごつい大男。

 俺以外全員ボルギュス並みの逞しい体つきをしており、代表メンバーの中でも選りすぐりの選手を選出したのが一目でわかった。


「こちらです」と、別の冒険者組合の職員に連れられ、俺達は神々の座っている貴賓席付近へと移動させられた。

 馬鹿でかい盾や剣を持った彼等は鼻息は荒く、俺は数歩後ろを歩き着いて行く。

 貴賓席の前の土に刺さったゴルフのティー、おそらくあそこから打てということだろう。

 なかつやおたもその横付近のギャラリーの群れの先頭、つまりはベストポジションで待機している。

 俺はカメラに向かって拳を突き出し余裕アピールをしたが、どうやらそれがお気に召さない人がいたらしい。


「おい小僧、そんな華奢な体と武器で俺に勝てるとでも?それとももう既に諦めてヤケになっているのか?」


 誰がどこの代表かわかるよう手首にはめているリストバンドの色は赤。

 つまりは朱雀の代表の男が俺に食ってかかる。

 しかしそれを別の二人が止める。


「いんや、こいつは魔導師だろ?飛竜二十匹の頭部を一瞬で吹き飛ばした怪物という噂だ」


「俺の方でも東地区のボルギュスが頼み込んで味方に引き入れた、最強の助っ人と聞いている。それに奴が手にしているのはおそらく魔道具。ステッキか何かの類だろう」


 白虎と玄武の代表の男達がそれぞれ口を開き、俺に対する警戒を強める。

 失敗したかに思えた有名になりたいという俺の願いは、どうやら半分くらいはこっちの世界で叶っていたらしい。

 もちろんそんなものでは意味はない、俺にとってはYouTubeの再生数が命なのだ。

 総再生数一万に届かないと広告収入が一円も入らない昨今、再生数とはそのままの意味で俺の命でもある。


「ほらいけー、さっさと打てー」

「競え競え!今回は我ら北が勝利するのだ」

「いやいや、今回こそ西が勝利する。こっちはファミリアの財産一割を賭けてるんだからな」


 そんな盛り上がりを見せていたのギャラリーではなく、真後ろの貴賓席からだった。

 月見酒ならぬ人見酒とでも言うべきか。

 既に酒盛りすら始めていた神々に戸惑いつつも、神様ってこんなものなんだろうと割とあっさり受け入れられた自分にも驚いた。

 まぁ、異世界だからなんでもありということだろう。

 しかし他の代表者たちの反応はだいぶ違った。


「おぉ、神々の祝福の言葉だ。これは絶対に負けられない」


 そんな風に有り難がって深く頭を下げている。

 そして頭を起こした朱雀の代表が片膝をつき、両手を差し出しゴルフボールを男神から受け取る。


「さぁ、あの上に乗せ見事飛ばして見せよ」


「はっ」


 男がボールをティーに置き、背中に担いでいた身の丈ほどある大剣を引き抜いた。

 神や人の視線を一身に集め、両手で構えた剣を体を捩り右の腰側へと動かす。

 ギリギリと歯ぎしりを俺の耳まで届かせ、雄叫びとともに全身に溜まりに溜まった全てを吐き出す。


「じぃやぁぁぁあああ!!!!」


 剣の腹で土ごとさらいティーもろとも吹き飛ばす。

 まさに見た目通りの豪剣は一陣の風を巻き起こした。


「「「ファーーーー」」」


「いいぞ、異界ではこう叫ぶのが習わしだ」


 貴賓席にいた神々はやんややんやと最高潮の盛り上がりを見せる。

 喝采の嵐に男は深々と頭を下げて応える。

 ただ、男神の偏った知識にもはやツッコミを入れる気にもならないので放っておく。

 ボールは意外にちゃんと真っ直ぐ飛んでいるし、ファーでもなんでもない。

 むしろナイスショットである、ただしゴルフクラブではないにも関わらずという言葉をつけないわけにはいかないが。


「ふむ、ボールが止まったようだな」


 男神が指を鳴らすと、ボールの止まった位置に一メートル程の光の柱が立った。まぁ、神様だしそれくらいできるのだろう。

 そして削れた地面から適当に離れた位置に再びティーを指し、今度は白虎の男が剣を構える。

 先程の男同様、全力を込めた一振りで白球を飛ばす。

 今回も真っ直ぐ飛んではいるが、歓声の大きさほどは飛んでいない。

 おそらく80メートルといったところだ。


 そして今度は玄武の男の番になり、歓声は一際大きさを増す。

 男はかなり重量のありそうな鎧を脱ぎ捨て、剣すら地面に置いた。

 しかし右足の甲だけは靴の上に金属が付いている。


「え、まさか?」


 俺の言葉に朱雀の男が反応する。


「やはり使うか、あいつの真骨頂は剣ではなく蹴り。ゴルフという競技を聞き剣から蹴りに変えたのだろう。先程から余裕顔だと思っていたが、こういうことか」


 数メートル助走を取り、プレミアリーグさながらな豪快な蹴りでゴルフボールを蹴り飛ばす。

 確かにとんでもない脚力で、ボールは見る見るうちに小さくなっていく。

 そして起こる拍手喝采、まるで勝負が決したかのような空気で俺の出番がやってきた。


 俺はなかつのカメラを人差し指で指し、その後親指を立ててバッチリとポーズを決める。

 明らかに他の代表より少ないギャラリーの声は少し物足りなかったが。まぁ、最悪後で動画に歓声の音を追加すればいいだけの話。


「人の子よ、それはどこで手に入れた?」


 いつの間にかすぐ隣にいた男神がそう尋ねてきた。

 もちろんその視線は俺の持つ、ゴルフクラブに向いている。

 威圧感は全く無いが、先程までの適当な男という印象が消え去るような表情。

 全てを見透かすようなその瞳の前では嘘をつくことさえ脳裏によぎらない。


「ネット通販です」


「……そうか……なるほど。いや、邪魔をしたな期待しておるぞ」


 たったこれだけの質問で何を納得したのかまではわからないが、何か色々心の内を掘り出されたような、今までにない感覚だった。

 一瞬惚けたように、離れていく男神の背を見つめたところで、次は自分の番だったことを思い出す。


 他の代表のように片膝をついてゴルフボールを受け取り、いつの間にか刺さっていたティーの上に乗せる。

 数度ボールとのインパクトを合わせ振りかぶる。

 一旦止めて静から動へと転じ振り出す、カーボン製のシャフトはよくしなり、他の誰よりも静かに鋭く一瞬の音のみを風に乗せ。

 僅かな時間時が止まったように静寂に包まれ、女神の一人が小さく発した言葉は多くの人の耳に届いた。


「消えた……だと」


 その言葉と同時に静寂は崩れ去りざわめいた。


「なんだ今のは」

「アポロンっ!どこまで飛んだ!」


 今知ったことだが、あの男神の名はかの有名なアポロンらしい。

 もちろん絶対とは言い切れないが、あのギリシャだか北欧の神話に出てくる本物の神かもしれない。

 そのアポロンだが、球の飛んだ方を見たまま動かない。

 だが僅かに唇だけが動き、辛うじて声が聞こえた。


「まだ飛んでる」おそらくアポロンはこう言ったのだろう。


 さらに十数秒後、アポロンは彼の言葉を聞こうと必死に声を押し殺す観衆に向き直る。


「……1650ヤード」


「ヤード?なんだその単位は?何メルエムかで言ってくれ」


「1500メートルだ。なっ、あの壁を超えおった」


「……1500メートル……だと」


 神様でも心底驚いた時の表情は人間と一緒で案外間抜けっぽい。

 凡人である俺はそんなことを思いました。

 ちなみに打ったボールといえば、小さな点となり終いには万里の長城をずっと高くしたような七番街を覆う壁すら超え、遥か彼方へと消えていきましたとさ。

めでたしめでたし。

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