四神祭に参加してみた 其の三
ゴルフボールをただ遠くへ飛ばす、たったそれだけの競技だったが、1650ヤード飛んだともなると別格にド派手な光景だった。
というかもはやボールなんて見えもしなかったので、1650ヤード飛んだというアポロンの言葉も派手さをより盛り上げてくれた。
ちなみにメートルに直すと1500メートルである。
俺が打った直後の沈黙からの大歓声、今回こそ素晴らしい動画の完成に至ったという確信。
この俺が異世界YouTuberとして世界を震撼させる瞬間が目前に迫っているんだ。
そんなことを考えただけで気持ちが落ち着かず、もう既に何十回目ともわからない腕の組み直しを試みていた。
───などと浮かれていた数分前の自分が懐かしい。
今の俺は腕を組むことすら億劫で、四神祭代表者の陣地の長椅子にどっかり腰を下ろしている。
もう少し元気があれば、燃え尽きたぜ真っ白にとか言ったであろう。
だがまるで足元から大地へと全てのやる気が吸い取られるように、俺のやる気メーターは減少の一途を辿っている。
ただただ億劫でカメラに向かって喋ることもなく、ぼんやりと地面の土を見つめていた。
「ケン!ケン!しっかりしろケン!」
肩を強く揺さぶられ名を呼ばれているが、反応するのも揺れる首に力を込めるのもひどく面倒。
それほどに今の俺はやる気が削げ落ちていた。
しかし唐突に頭に衝撃が走る、なかつの平手打ちが頭部に直撃した感覚に類似、いや完全に一致していた。
「痛っ!」
「無視すんなよケン。別にダメとは言ってないだろ、おたがうまく編集すればギリいけるから」
「でも地味なんだろ?さっきのナイスショットは」
「タイガー顔負けというか、人間離れしたショットだったというか、ドラコンの世界記録保持者が裸足で逃げ出すレベルだったし。だから今回はこれで動画上げればいいだろ?前回のやつとかも合わせればわりといいのが出来上がると思うぞ」
「そう……だな。これで動画を上げよう。再生数だって十分稼げるよな。別に妥協するわけじゃないし」
ゴルフボールを1500メートル飛ばしたスーパーショットだったが、俺は数分前になかつとおたからダメ出しを食らっている。
なかつ曰く、出来るだけ真後ろから撮るようにしたけど、このカメラでゴルフボールを追いかけるのは性能的に無理がある。
ドライバーコンテストという、実際に存在するゴルフボールを遠くに飛ばす競技の世界記録を三倍も上回るなんてあり得ない。
ボールが異次元的に飛び過ぎてて、胡散臭い動画になりそう。
おた曰く、他の選手が剣とか蹴りでゴルフボールを飛ばしたのに対し、普通にゴルフクラブで打った時点で目立てていない。
試合に勝って勝負に負けてね?
そう二人に言われた俺のテンションは、前回の飛竜討伐の動画がお蔵入りした時並みに下がっている。
それに俺自身よく考えてみたが、異世界に来たのにゴルフなんてやってる場合じゃなくね?とは思った。
やるなら魔法とか見たこともない生物を発見したりとかのほうがよかったのかもしれない。
もちろん今更言ってもしょうがないわけで、今回はこの動画と前回の動画の失敗した点を、おたに上手く編集してもらって投稿するしかないだろう。
「……いいや、違う」
失敗した。という言葉が自分の頭の中で何故か引っかかった。
そもそも失敗という考え方、それ自体が大きな間違いだったのではないかと。
「違うって、何が?」
なかつとおたにこの違和感の塊をぶつけてみよう。
もしもそう簡単に絆されないこの二人が納得したのなら、俺の考え方が正しかったと証明されるだろう。
「YouTuber百箇条その一、常にポジティブであれ!」
今咄嗟に思いついた百箇条なのでまだ一つしかないが、今後動画の内容に合わせて追加していくのも悪くかもしれない。そんなことを思えるほど心にゆとりが生まれていた。
「ケン氏がまた壊れた。もうダメだ新しいのに買い替えるしか」
「いや、今度から動画で言おうかと思ったが、ダメか?」
「せめて十箇条くらいにしとけば?どうせすぐ忘れてそうだし」
「んー、そうかもなぁ。っ、じゃなくて、まぁその話は置いといてだな。二人ともこの状況をもっとポジティブに考えてみようぜ。まず飛竜討伐の動画、多少グロはあったがド派手なアクションが撮れたと思えばいい。動物愛護団体とかもあるから直接の表現のところは音声だけにすればいいし。今回だってドラコン世界記録の三倍の記録だろ?胡散臭いと思えるほど凄かった、それでいいじゃん。異世界に来たんだし、現実味に欠ける胡散臭さがあるくらいでちょうどいい。すぐにみんな思い知る、ここはほんとに異世界なんだって。違うか?」
言い切ってやったぜ、これで反論があるなら返してみろ。今の俺の気分はそんな感じである。
「ケンがいいなら、それでいいんじゃね」
「某は、はなからどっちでもいいスタンスなわけで、やれと言うなら編集やるお」
押してダメなら押し倒せ、それくらいの勢いで言ってやったわけだが、二人の反応は拍子抜けするほど軽かった。
「えっ、いいの?」
「別に最初から反対なんて一度もしてないだろ。一応確認で聞いただけなのにお前が勝手に、そっかー、そうだよなー失敗したー!とか言い出したんだし。俺はさっさと動画を上げて、いい加減稼ぎを出せって言ってるだろ。いつまで俺達をタダ働きさせるつもりだよ」
タダ働きに関しては反論の余地もない。
総再生が一万いかないチャンネルは広告非表示に設定ができ広告収入が入らない、なんていうルールも正直あまり関係ない。
そもそも数百万再生いかない時点で、広告収入で暮らせるYouTuber足り得ないからだ。
仮に一再生で0.1円の単価だとして、YouTubeだけで食べていくなら月単位で数百万再生は欲しい。
それで有名になりチャンネル登録者数が増え名が広まり、そのうちどこかの企業から我が社の商品を宣伝してくれなんて言われて、チャンネルで紹介してお金をもらう。
そうしてようやく暮らしていける一人前のYouTuberになれるのだ。
だが今は途方も無く長い道のりの途中。
普通にやっていたらいつ届くかもわからぬ状況で手にした異世界という最強のツール。
二人にお金は、まぁなんというか、たまにご飯を奢ることで勘弁してもらっているが、それもここまで。
元の世界に帰ってこの動画を上げたら、俺達は一瞬で有名人。
伝説に語り継がれる、異世界YouTuberへの道はもうあと半歩くらいまで来ているのだ。
「なかつの言いたいことはわかってる。よーーくわかってるともうんうん。でも今回と前回の動画を上げたら一瞬で大金持ちなんだ、もうしばらく給料は待っててくれな。そのためにも四神祭の映像ちょろっと撮って、そんで帰ったら早速編集作業といこうぜ。な!」
「某がな」
「頼むよおた」
俺は機械関係全くダメなのでその辺の作業はほとんどおた頼みである。
もちろん全部お任せではなく、あれこれ演出の注文をつけたり、最終確認もするようにしているが。
そんな話をしてる間にも第二種目が始まった。
とりあえずノリで参加したことと、ボルギュス以外は名前すらよく知らないことも相待って、子供の運動会に参加した時の自分の子供が出ていない競技を見ている親の気分を味わえた。
なんとなくノリで応援と、何故か急に求められ出したアドバイスをなんとなくで受け答えしてみたり。
そんな感じで四神祭に参加していたのだが、俺のいた東地区が大健闘を繰り返し、なんと最終的には見事に東地区の優勝が決定した。
俺としてはまぁ、優勝した方が盛り上がるかなぁ。程度の喜びだったが、他のみんなのはしゃぎようは相当なものだったと今でも思う。
東地区は十四年ぶりの優勝ということらしく、みんなで万歳を始めたり、俺のことを胴上げしてくれたり、酒樽をハンマーで割ったりと。
野球の日本シリーズ優勝と議員が選挙で当選した騒ぎをごっちゃにしたような大騒ぎであった。
ただでいいと言われせっかくなのでその後の打ち上げに参加し、しこたま異世界の謎の肉を腹に納め、そして元の世界に帰った頃にはすっかり夜中になっていた。
眠さもピークとなり、転がるように布団の中へ潜り込み、その日俺は泥のように眠るのだった。
翌日起きる、大きな変化の波など知らぬままに。。。
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