第21話 統括室へ至る道3
海上都市ヨルノクニのほぼ中央に位置するのが、都市統括室であり、ヨルノ学園である。
過去を遡れば、四国ギガフロートはある種の〝武器庫〟として黙認され、また内部では表には出ない社交パーティの場として使われていたのだが、かつて
その際、展望フロアもある建造物があり、主にそこでパーティなどが行われていたそうなのだが、取り壊しをせずに残し、それが統括室の根城になったのだ。どこぞの企業ビルとそう変わり映えもしないので、
遊園街の社長にサインをもらって三日、自主的に学園へ行かずにいた明松だが、呼び出しがかかったのならば、足を向けるしかない。
予定よりは早い。
であるのならば、それを、拙速と呼べる状況だという予想もある。
服装は学生服である。学園が推奨している服で、ブレザーといえばピンとくるかもしれないが、まあ大きくデザインとしては当たりだろう。小洒落た服で、機能性も高く、誰がデザインしていたんだったかと考えてみるが、思い浮かばない。どうせ有名な人間だろう。
転送されていた認証プログラムで内部に入ることはできる。三階会議室までは階段を使い、扉をノックして中に入った。
統括室の執務室。中央にある事務机には、だらしないと思える程度には呑気な顔の女がいる。現統括室室長、
現在の統括室はこの三名で動かされている。空席は――表向きは、二つとされていた。
「失礼します」
「いらっしゃい。ここでの会話は記録されるから、そのつもりで」
「はい」
扉を閉め、三歩の位置で停止する。その様子を見て、室長の此島は、頬杖をついた。だらしがないが、こちらを見る目までは冗談交じりではない。それを見て、副室長砂野が吐息を一つ。
「さて」
「はい。それでは、私を呼び出した理由について、お聞かせ願えますか」
「ん……ああ、ゆき」
「そぉね、うん、――おめでとう。まさかこんな短期間で、社長のサインを全員分集めるなんて、考えもしなかった。前代未聞、一体どういう手を使ったの?」
「さて、どうなのでしょうか。社長の
「うん、なにも。見て確かめろってことじゃない?」
「――
「なるほど」
どこまでが本音で、どこまでが建て前か。そんなことを考えれば面倒にもなる。
必要なのは、相手がどうのではなく、自分がどうするか。本音と建て前、いずれにせよどこまで話すのか、そのラインを定めておけばいい。
「しかし、私がやったことは、ごくごく、当たり前のことなので」
「当たり前か?」
「ええ」
映像記録は回ってきて、知っている時の反応だ。ただし、社長たちから何かを聞いていないというのも、事実だろう。
つまり。
明松が対価として差し出したモノの価値を、彼女たちは知らないかもしれない。
――さてと、明松は笑みを意識して浮かべる。ここからは、主導権を握らなくては――可能ならば、相手が主導権を握っていると、勘違いさせるように。
そうすることがベストだが、果たしてどうなることやら。
「一人ずつに頭を下げるなんて面倒な真似は、間抜けに任せますよ」
「へえ?」
「まだ私の手法とやらを調査もせず、その見解すら明確にしていない相手は、それはとても賢いのでしょうね?」
「……」
嫌味には反応なしだ。相手に余裕がある内は、言葉の選択も難しくなる。
「いずれにせよ、どんな手法であれ、現実としてサインが集まっているのならば、問題ないのでは?」
「まるで偽造サインでも結果を出せば問題がないと言っているようなものだが?」
「質問を返すようで申し訳ありませんが、どちらの難易度が高いのか充分考慮しての発言ですか?」
「んふふ、面白い子だね」
「それが私に対する評価なら、今度はお言葉そのものを返しますよ。どうやら貴女は、どうして社長たちが記録を取ってまで状況を見たいのか、推察すらしていないらしい」
「理由を聞いてるからねえ」
「理由? それは興味? 好奇心? 警戒? 危惧? あるいは、そのすべて? 社長の
「――なるほど、実害を被った二名か」
「請われたことをやった結果を実害と言うのならば、そうかもしれませんね」
「現実は違うと、そう言いたげだが?」
「当時の記録も見ていないのかと、私はここで落胆でもすればよろしいのですか? 先ほどから申している通り、充分な調査時間はあったと私は思っていますが、それすらも買い被りでしょうか」
「個人を追うほど暇ではない」
「でしたら何故、その個人に対し、仕事をこうして中断してまで呼び出したのですか?」
「うん」
続きを奪うようにして、ようやく
「うん、ごーかく。入室を許可します」
「良いのか?」
「こんだけ度胸があって、弁も立つし、技能に問題なしって社長のお墨付きもある」
「……そうですか、なるほど」
なるほどと、頷く。
ようやくその言葉が出てきた――どうであれ、前代未聞の全員分のサインがあるのならば、いずれ、出てくる言葉だったろう。
ただ、明松はこれを待っていたのだ。
「では改めて」
にっこり笑顔で、明松は、選択を突きつけた。
「あなた方は私が欲しい――そう言っているのですね?」
一瞬、明松の言葉の意味合いを受け取り損ねたかのような間が空き、室長此島の目が鋭くなった。
「どういう意味かな?」
「言葉通りの意味ですが、ほかにどのような意図があると?」
「……」
「君は、入室試験をクリアした。室長が許可を出している。何か問題があるか?」
「問題の有無は質問していません。あなた方が私を欲しているかどうかと問うているのですが。まさか――誰しもが入室を望んで試験を受けているとでも?」
「では君は望んでいないのか」
「私が望むか否かよりも、私にとっては、そちらが欲しているか否かが重要だと、そういう質問をしたつもりですが、通じていませんでしたか?」
「じゃあいらない」
「室長!」
「――結構」
ゆっくりと、明松は一礼をする。態度は変えない。
「では失礼します。そうですね……二日か、三日後に、たぶんまた逢うことになるでしょう。その時はまた、よろしくお願いします」
映像の記録は続行中、問題なし。
背を向ける明松に続く言葉はなく、そのまま部屋を出た。
とりあえずここまでは、予定通りである。
外に出た明松は、そのまま学園に向かうのではなく、徒歩で近くにある繁華街へ向かった。自転車やフライングボードを、今日は持ってきていないのだ。
どうして?
三十分もウィンドウショッピングを続けていれば、理由がわかる。
尾行している人物がいるからだ。
繁華街は、明松にとって庭のようなものである。そもそも両親が家を空けることも多かったし、母親は料理を夕食しか作らないような人物だ。今では明松も料理を作るが、子供の頃はよくこちらに顔を出していた。
「よう、おっちゃん」
「おう! らっしゃい! って明松の小僧か! 学生に酒は出さねえぞ?」
飲み屋の屋台で、キープボトルも棚に見えるが、日中はほとんど焼き鳥がメインである。こういう軽く食べられる店、というのは学生の間でも評判が良い。
「皮を二本くれ。どこで飯を食うか、考える間に食べる」
「うちで食えよ!」
「肉しかねえだろ。あ、珈琲買ってくる」
「酒飲めよ酒!」
「学生には出さないんだろうが……」
適当に言ってるんじゃないか、と思いながら、隣の屋台で珈琲を頼み、紙コップを受け取る。料金を支払って戻れば、焼き上がったものが差し出される。
「どうした、まだ昼には時間があるぞ?」
「トラブルじゃねえよ、持ち込む場所は弁えてる」
それほど近くには来ないが、二人ないし三人いる。声はそれほど拾っていないなと、明松が店主に視線を向ければ、相手は笑っていた。
「学生のトラブルなんて、たかが知れてるなあ」
「まあな。そのくらいなら、俺一人で解決できる」
「だろうよ」
こういう大人がいるからこそ、繁華街は厄介だ。当事者ではなくとも、明松の状況を読んでくるのである。
「ん、今日はラーメンでも食うかな」
「あそこか? お前よく行くなあ?」
「そうでもねえよ。妹を連れて来るわけにもいかねえし」
「お前、ねこっちゃんにも食わせてやれよ」
「だったらもっと良い店にする」
「真顔で言ってんじゃねえ」
「はは、また来る」
「おう! 今度はダチも連れて来いよ!」
「学生にそんなこと頼むなよ、警備部に睨まれるぜ……」
軽く手を上げて去り、歩きながら残りの珈琲を飲み干した明松は、コップの底に入っていた小さなフラッシュメモリを口の中へ一緒に入れ、むせる動作でポケットからハンカチを取り出し口に当て、それを包む。
そうでなくとも、歩きながら飲むものではない。
ハンカチは再びポケットへ入れ、五分ほど歩いた先にあるラーメン屋に入った。
「らっしゃい!」
声はするものの、大将は作業中。昼食の時間にはまだ早かったため、店は
そして。
フラッシュメモリを、隣で食べている男に、カウンターの下で渡した。お冷が目の前に置かれた時点で、もう完了している。
「ありがと。大将! こっち塩!」
「あいよっ!」
情報屋と聞いた時、おそらく大半の人は、情報を売る人間を想像するだろう。そして、それは間違いなく正解だ。
だが不思議に思ったことはないだろうか。だいたいは指定の場所にいて、不在であることが、そもそも何かが起きていると推測できるような存在が情報屋であるのに、どうやってその情報を仕入れることができるのか?
今のご時世ならば電子データ上で掴むことも可能だが、それだけでは到底、商売にならない。そもそも売りを主体としている情報屋、どうやって買いをしているのかと、そういう問題だ。
情報屋は、買いを選ぶ。これも商売だ、黒字でなくてはやっていけない。できれば売り買いの両方に、自分で値段をつけたいだろう。
そこで、仲介の商売が生まれる。つまり、情報屋に対して売りを専門にする連中――ここらの通称では、
ただし、儲けは出る。ここまで来て、ラーメンの代金を払って待っていた彼のことを、俺は知らない。顔見知りでもないし、たぶん、誰も知らないだろう。屋号だけで信頼を勝ち取るような人種であるし、ともすればハイエナなんて言われる。何故ならば、明松が渡した情報をどう売ろうが、彼の儲けになるからだ。
内容を見て複製を入れる、くらいの保険はかけるだろうが、使い道は限られる。一応の選択肢くらいは入れてあるはずだが、少なくとも情報屋に売るような内容ではない。
「お、らっしゃい、かがっちゃん」
「よう大将」
挨拶は軽く、そのタイミングで隣の男が立ち上がった。
「悪い、ご馳走さん大将。俺もまた来るわ」
「次に来る時は野菜盛りにしろよお前さん」
「覚えておく」
さて、明松の仕事はここまでで終わり。今しがた入ってきたのは尾行要員の一人だが、そんなものは知ったことじゃない。
少なくとも今は、放置しておいて構わない問題だ。
「ん? おい、ねこっちゃんはどうした?」
「いねえよ」
「…………」
「不機嫌そうな顔になるなよ!?」
「ねこっちゃんいねえと、丁寧に作りたくない……」
「こいつは……! いつも俺が連れてこないことを根に持ってやがるな?」
「隣に座るなら可愛いねーちゃんと、ごついおっさん、どっちが良いかなんて聞くまでもねえだろ」
「聞いたか奥さん」
「なんでねこっちゃんいないの?」
――まったく。
馴染みの相手というのは、これだからいけない。
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