第18話 ちょっとした後片付け
新聞紙を広げた上で、柴田は拳銃の整備をしていた。
先ほどまでは狙撃銃を掃除して組み立て、更に分解して整備を行い、ケースにしまったので、続きと言えるのだろう。
一階の広間、その床に座っての作業――その背中に、同じく背中を合わせるようにして、チェシャがノート型端末を操作していた。普段はあまり見かけない、眼鏡をしているのも屋内ならではだ。
それが、ここではいつもの光景である。
一階は柴田が、二階にはチェシャと
「あー、出てる出てる」
「何の話ですか?」
「幽霊船。あれから五日だから、そろそろじゃないかーとか、思ってたんだけどね。ヨーロッパ連合が、自分とこの戦艦だって近づくんだけど、反撃を食らって応戦――結果的には、中破撤退って感じかな。それ以降は、もっと面倒なことになってる」
「はあ、それは被害規模が大きくなったと?」
「それもある。でもさ、アメリカ艦が近づいて応戦しちゃったら、これ、ヨーロッパ連合との戦争にもなりうるでしょ? けど、監視海域――ヨルノクニの海上では、そもそも、戦闘が許可されてない」
「であればもう、それは外交問題に発展しますね。しかし、こちら側からは幽霊船の認定が下りるのでは?」
「今のところそれはないけど、なんでそう思うの?」
「メリットの
「ああ、そういう……」
「やる前から、行政部には打診しておいたので、上手くやっていただけるでしょう」
「なるほどね。というか、どうやったの? イッカは?」
「はあ、ヨーロッパ連合の人たちが、思っていたよりもクソッタレだったので、霧で囲って殺したんですが、自分が生きているのか死んでいるのか、わからないようにして」
「えげつな……まあでも、私だって似たようなことしてたかも」
「中は静かなものですよ。ただ、ほかの艦が近づいたりすると、波長が合って、死者が応戦を始めるんです。中から見ると、ずっと霧の中でしょうから」
「助言しといた?」
「まあ、何もせずに生き残ることを考えろ、と」
「あの子ねえ、そういうとこ、どうだろうなあ。あれで上手くやってたつもりなんだし、抜けてるとこあるから」
「そうですねえ。多かれ少なかれ、ここにいる異種族は、かつてから紛れるための努力をして来た人ばかりですから、そこらの誤魔化しは上手いですよね」
「そうじゃなく、他人の機微ってやつに敏感なの。柴田と違って」
「はあ、そうですかね」
「あとなんか連絡してなかったっけ?」
「ああ――あれは、イッカさんと、そのお兄さんの上官に」
「そういや兄貴、いたね。好きにさせてたし、そっちは
「ただの監視業務なのに、ひたすら愚痴を言ってましたから、ほとんど右から左へとスルーしてましたよ」
「まあねえ。けどなんで上官に?」
「外部から手を入れないと助けられないでしょう? その段取りのために、とっとと退官してヨルノクニを訪ねろ、という趣旨を、ちょっと遠回しに伝えたんです」
「柴田が得意な、迂遠なやつか」
「俺が得意ってわけでも――ん?」
「来客だ」
「はて」
早朝ではないにせよ、こんな雨の日に来客とは珍しい――なんて首を傾げる気配に、チェシャはこの野郎、また何か隠してたな、と思う。態度や気配には出てないのだが、なんとなく、そういう感じだ。
「チェシャ」
立ち上がりますよ、という言葉は省略されて通じたはずなのに、チェシャはより体重をかけてきたので、柴田は吐息を一つ。
「AI、施錠を解除して、客人を中へ」
室内管理AIにコマンドを出せば、自動的に玄関が開く。この広間へ直通であるため、視線だけ向ければ良い。
「失礼します! 本日よりこちらに――……あれ?」
背筋を伸ばし、警備部で支給されている作業服に身を包んだ、やや長身の男が挨拶をしようとしたので、目視確認だけした二人は、すぐ自分の作業に戻った。
「そういえば、地下搬入口で騒いでた馬鹿ども。あれを隠れ蓑にコソコソしてたやつはどうしたの?」
「警備部に確保を依頼した上で、司法部に提出しました。自白を強要された先は、ちょっとどうなったか、わかりません」
「そこまでは知らなくてもいいかなー」
「ちょっ、ちょっと待って! なんでここにラッコさんと柴田がいるんだ!?」
「うっさいリスディガ」
「ゾウさん、静かに。ここは俺の家です」
「私の家でもあるけど」
「……儂の棲家でもあるぞ」
「ひいっ、ちょっ、瑞雪さん驚かさないでくれよ!? 怖いんだよあんたは!」
「ふん、棲家の中をどう移動しようと儂の自由よ」
「瑞雪、雨漏りを直すわよ、――柴田が」
「おお怖い、それは困るのう」
「俺にも難しいんですよねえ、珠都さんに頼みましょうか」
「不完全燃焼とか言ってたしね――あ、早い。あいつ本当にたまちゃん苦手だな」
「いや、あの、お二人とも、いちゃいちゃしながらで良いから、俺の話を聞いてくれませんか……」
「はあ、してますかね」
「ぜんぜん」
「だからその、俺ここに」
「一階、階段脇から見て二番目の部屋へどうぞ。一つ目は俺の部屋で、一番奥が倉庫です」
「……え? 俺の独房?」
「荷物を置いてきたらどうです? ここの住人になることは聞いてますよ。どうぞ、ゾウさん」
「お、おう」
「――あ、リスディガ。あんたは二階への立ち入り禁止ね」
「柴田もそうなのか?」
「柴田はオーケ。だって全館掃除してるもの」
「なんか
「律儀ね、その礼儀も警備部で習ったの?」
「そうだよ! 蹴られたくねえから!」
大きめのバッグを二つとリュックを背負い、一階の通路へ消えた。
「
「根性がありますよ。竜族は硬いですから、最初から格闘訓練で半年です。将来的に警備部への就職も視野に入れて、銃器訓練もやるそうです」
「え? でもそのポジション、柴田がいるじゃん」
「はい?」
「……え?」
あ、これは本気でわかってない反応だと思って、ため息を一つ。
「四人目」
「……、……?」
「だから、一人目は都市の外、二人目は警備部の受付、三人目は幽霊船の中、四人目が間抜けな竜」
「――ああ、部隊の話でしたか、これは失礼。どう断るかをまた考えなくては」
「そう?」
「ええ。イッカさんには話していませんでしたが、
「だから、学生部隊でしょ」
「そういうのに収まりたくはないんですよねえ」
「まあ、ほかの部隊に対して、学生がこんだけの成果を出しているのに、お前らは――なんて、そういう文句に使われるだけだもんね」
「いえ、秘密裏に組織された部隊と、対立とか敵対とか、そういう面倒をしたくないんです」
「あー……」
広いのか狭いのかは、比較対象によるが、実際にそうしたものは存在している。柴田は自分がそれなりに目立ったことも自覚しているし――そういう部隊が、自分たちを避けて通っていたのも、わかっていた。
とりあえず、仕事が終わるまで。
つまりヨーロッパ連合とのいざこざが終わるまでは、内部での縄張り争いなどには手を触れず、そしてこれからも、できるのならば関係を持ちたくはないと思っている。
だから。
柴田は、部隊にしたくないのだ。
それをよく知っているのが、チェシャである。
何しろ――情報屋だから。
とっくに組み立て終えていた拳銃を置いたまま、柴田は動かず背もたれの代わりになった。追加の仕事はとりあえずないし、雨ならば学業も休みである。
「おーう……って、まだやってんのか」
「いつものことですよ」
「そう、いつもの」
「いいけどさ」
「そうだゾウさん、倉庫への立ち入りはしないでください」
「わかった。なんかあるのか?」
「あります。主に予備の拳銃や狙撃銃、それからセムテックスなど、危険物が勢揃いです。いいですか、この家が火事になったら逃げる方向を考えるように」
「マジかよ……!? 俺、確かその隣の部屋だった気がするんだけど!」
「壁を厚くしたいのなら、自費でお願いします。家賃は警備部から支払われるので、気にしなくていいですよ。ただ、定期的に領収書が届くので、家賃および食費に関しては目を通しておいてください。確定申告は俺が一括でやってますから」
「申告もしてんのかよ、お前。ちゃんと大学卒業できるか?」
「そちらも、ほどほどに、上手くやってますよ」
「そうだろうよ! 俺と違ってな! ったく……で、ギョクさんだけが、いないのか?」
「たまちゃんもよく遊びに来るよ」
「ああそう……」
「ゾウさん、冷蔵庫にある飲み物で、名前が書いてないものは好きに飲んで構いませんよ」
「おう、ありがと。そこらへんのルールも、後でちゃんと教えてくれ」
「はあ、そう言われましても、臨機応変にやっているので、ものすごく曖昧ですよ」
「ああうん、そうだよね。最初は私と柴田だけだったし」
「夜食だ、と言い訳にもならない理由で、冷蔵庫の中身を食べ尽くす珠都さんもいますからねえ。翌日の朝食は竜の尻尾を輪切りにすると言ったら、二度目はなくなりましたが」
「料理もせずに、そのまま食べるからね、たまちゃん。あれ竜族の一般的な姿なの?」
「う、ぐ……料理しない俺がどう返答しても、意味ないよな?」
「いえいえ、料理しないどこかの猫族もいらっしゃいますから――あだっ、器用に殴りますね!?」
「皮肉を言うタイミングがわかったから」
「はあ、そうですか」
「息ぴったりだな、おい……あ、そうだ、一応な。これから俺、学業の比重を落として、警備部での訓練をメインにして行動する。そろそろ半年くらいか? 銃器訓練をさせてやるって言われて、ちょっとハッピー入ったんだけど柴田、クレイ教官って、どうよ?」
「なんだ、あのご老体、ようやく頭の毛がもう何をしても無駄だと、理解したんですか? 腰が重いにもほどがありますよね、まったく。どうと言われても、俺の直属の教官だから、いろいろ教えてくれますよ」
「…………すげー怖い」
「香奈子さんと、どっちが?」
「――ほ、保留で! あのヒトはヤサしいですヨ!?」
「どうです、チェシャ。これが訓練における最大の成果です」
「うんよくわかる」
まあ、それはそれとして――なんて言いながら、チェシャが倒れないよう立ち上がった柴田は、腕を組むようにして。
「歓迎しますよ、ゾウさん。トラブルを持ち込まなければ」
「おう、よろしく。トラブルはその時に言ってくれ」
「……賑やかになりそうね」
「ええ。瑞雪にも、ゾウさんに手を出すなら外でやりなさいと、伝えておいてください」
「わかった」
「――そこわからなくていいよ!?」
「え、やだよ家の中でエロいことすんの。聞きたくないし」
「そんなことすんの!?」
「本当、賑やかになりそうですねえ……」
「ちょっ、おい柴田マジでそこんとこどうなんだよ! 俺逃げるよ今から!」
たぶんそれは、直接本人と話した方が良いことだろう。
まあ、ただ。
「嬉しい?」
「どうでしょう。ただ、俺は今まで、こういう賑やかな生活とは縁がありませんでしたから」
「ん。だったら、良いこと」
「ですかね」
だったら、楽しむ努力もすべきだ。
今まではそれすら、できていなかったのだから。
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