第13話 空飛ぶ竜の取り締まり2

 翌日、警備部への出頭に際して、どういうわけか珠都たまつが一緒について来ていた。

「一度、見ておきたかったんだよなー」

 というのが、本人の言葉で、多少気にはしていたものの、足を運んだことはないらしい。

 警備部はヨルノクニの隅に位置しているが、施設も大きく、ヘリポートも備えつけてある。柴田がいつも使っているのは、入り口から三つ目の建物で、一つ目は来客用、二つ目は表向きの訓練施設、三つ目が警備部用の訓練施設であり、四つ目に宿舎がある。更に奥も施設はあるが、今は除外しておこう。

 いつものように、柴田は入り口から中に入り、受付の女性に挨拶をした。

「おはようございます」

「おかえり、柴田。どしたの?」

「下手人の……ではなく、再教育のための訓練を頼みに。教官殿は?」

「喫煙室かなあ」

「諒解です。お二人は少しお待ち――っと、来ましたか。教官殿! 頭の照り返しが蛍光灯でも眩しいですな!」

「……柴田、お前、朝から何言ってんだ」

「今日は鏡を見てきたんですか、というジョークです」

「真面目に返すな馬鹿。ん? 珠都じゃねえか、こんな時間に逢うとはなあ」

「ようクレイ、元気かー。ここんとこ酒場じゃ逢わないな」

「年齢を考えるようになったってことだ。――なんだ、もう竜族を確保したのか柴田」

「はあ、昨夜に。ゾウさんです」

「リスディガ・ゾウム――です」

「教官殿、どうせ暇でしょう?」

「馬鹿言え、俺は暇を金で買ってんだよ。竜族なんて硬くて体力が有り余ってる馬鹿を、わざわざ俺が見てたまるか」

「教官殿は給料分の仕事をしていないのでは?」

「それは貴様が関与するところではない」

「なるほど」

「つーわけで、暇そうにしてる香奈子かなこにやらせろ」

 珠都とリスディガは、誰だそれ、みたいな顔をして――柴田は。

 珍しく、嫌そうというか、困ったような渋面になった。

「……自分が関与するところではない、と受け答えできたら良いのですが」

「竜族は硬くて体力が余ってるからな?」

「まったく、教官殿には敵いませんな! 香奈子先輩は?」

「奥の訓練場」

「では行きましょう」

 通路から奥へ行くと、小さな食堂を通り過ぎた先に、闘技場のような訓練室がある。そこに、これはもう肌着に近いんじゃないか、と思わしき服装をした背丈の高い女性がいる。髪を後ろで一つに括っている姿を見れば、柴田は顔が少し引きつるのを感じた。

「――ん?」

「香奈子先輩、おはようございます」

「よう柴田、どうした? 私の訓練に付き合ってくれるのか? そうかそうか、お前も給料分の仕事をしようって気持ちになったのか」

「なってませんし、付き合いません嫌です。昨日言ってください」

「お前は……で?」

「この竜族、昨夜確保したんですが」

「仕事が早いな!? いいことだぞ柴田、私に面倒を回さなければもっといい!」

「あ、ちなみにこちらの女性は随伴です。ということで香奈子先輩、大学の授業と並行して更生のための訓練を受けるのが、このゾウさんです」

「リスディガ・ゾウムです!」

「聞こえてるよ、リスだかゾウだか知らねえけど。竜族かあ……肉体強度、高かったっけ?」

「珠都さん、実際にはどのくらいです?」

「通常時でも、意識すれば人の三倍くらいの強度は出せるぞ。ただ速度が落ちるから、そこらへんの制御は錬度次第だなー」

「ふうん? よし、小動物か大動物か知らんが」

「ゾウムです……」

「ちゃんと意識して、一発受けてみろ。そうだな、腹がいい。いいな?」

「うっす」

「ゾオウさん、甘えたことを考えずに最大限の防御を」

「お、おう……?」

 迷わず柴田は距離を取り、珠都の手を軽く掴んで移動する。

「よしいくぞ」

「うっす!」

 おそらく、リスディガはよく理解できなかっただろう。

 かつて柴田がそれを初めて見た時も、よくわからなかった。回転速度が早すぎて、香奈子はずっと正面を見たままに感じたし、そこから放たれる後ろ回し蹴りが、円を描くのではなく、直線で放たれる。

 リスディガの躰が、くの字に曲がった。間違いなく腹部に当たった足を、どうすべきか迷うような時間を置いて、そのまま六メートルほどノーバウンドで吹き飛び、壁に背中を打ち付けた。

 両手を地面につけたリスディガは顔を上げ、奥歯を噛みしめて何かを堪えようとしたが、そうすることでより気持ち悪くなるのは、柴田は経験として知っていて。

「――おえ」

 我慢しきれなかった。朝食を食べていなかったらしいのは、幸いだったか。

「なんだ、思ったよりフツーだな、こいつ。サンドバッグはいらねえよ」

「そうならないようにするのが、訓練教官の仕事です」

「私は教官じゃない」

「ああさようで」

「――え? なにこの姉ちゃん怖いぞ!」

「珠都さん、軸足があったところの地面を見た方がよろしいかと」

 軽く珠都の背中を叩くようにして、柴田は半歩ほど下がった。振り向いた香奈子が下ろした足の先を、柴田に向けていたからだが、珠都には気付かれないはず。

 というか。

「続きはありませんよ、香奈子先輩。だいたい、自分ではまだ相手として務まりません」

「言ってろ」

「うおすげー! 軸足んとこ抉れてるぞ!」

「ここは迷子預り所か? ……柴田、書類はどこだ」

「提出済みなので、受付でどうぞ」

「じゃ、ちびっこいの連れてけ。せいぜい、サンドバッグよりも役立つくらいにはしなきゃな」

「では、よろしくお願いします。――珠都さん、行きますよ」

「おーう」

 絶望的な顔をしたリスディガには、にっこり笑顔だけ残して休憩所へ。飲み物を買って、丸いテーブルに二人で腰かける。

「あの威力はおかしいぞ」

「そうですか?」

「うん、おかしい。助走もなしに、その場の回転と足を伸ばす動きだけであの威力は、ちょっと出せないだろ」

「はあ、一応は足技の専門家ですので。それに加減してましたよ」

「――あれでか?」

「本気でやったら殺せますし、そういう技を会得してるようです。そもそも、威力で吹き飛ぶのは、力が後方に流れているからだ、とか頭のおかしいことを言い出してですね? この先輩大丈夫かと心配した自分は、喰らった瞬間にその場で崩れ落ちましたよ。二週間の流動食です。良い腕の医者がいて助かりました」

「お前凄いな!」

「どうも」

 理屈としては、威力そのものを関節、つまり腰の回転から膝、足首と伝える際に〝増幅〟しているらしいのだが、柴田もよくわかっていない。

「昨夜にも話に出ましたが、少し聞いてもよろしいですか」

「なんだ?」

「白の竜族が減った、というお話です。その理由に関して、何かご存知ですか?」

「なにか気になるのか?」

「念のため、ですよ」

「といっても、ひっそり棲んでたクソエリートが、邪魔だからって殺しただけだぞ? しかもやったのは――

「犬、ですか?」

「一度でも戦場に出たことのある傭兵、軍属の兵隊、たぶん国家問わず――間違いなく、アメリカの兵隊ならば誰もが、その存在を知ってる。わたしが拾われた時、その人員の二人がいた。単独でしか投入されない連中なのに、二人もいたから、随分と退屈そうだったぞ」

「……? 二人とも必要な現場ではなかったと?」

「なかったぞ。明松かがりも一緒にいたけど、あの明松がミソッカス扱いだったしなー」

「はあ。よくはわかりませんが、白の竜族というのは、多かったのでは?」

「五百くらいか? 尻尾は食い飽きたとか言ってたぞ」

「……なるほど?」

 よくわからないが、負けを認めているような言い方だった。

「詳しくは明松に聞くといいぞ」

「わかりました。そういえば、香奈子先輩もどういうわけか、明松さんの名前を出すと、変な顔をするんですよね」

「ああ、明松は武術家だからなー」

「――なるほど」

「お、知ってるのか、武術家」

「ええまあ、多少は」

 多少は? いやまさか、幼少期からずっと、関わるなと念押しをされ続けていた。

 けれど今は、そんなことも言っていられないか。

「――あ」

「はい、どうしました?」

「誤魔化されるところだった。それでお前、何を気にしてるんだ?」

「ああ」

 その話かと、小さく苦笑して。

「ゾウさんを発見して、警告を入れてきたのが、ヨーロッパ連合だったんですよ。だから、その裏の意図を、手繰たぐろうと思っての質問でした」

「……うん?」

「どこまでかは不明ですが――たとえば、財務省長官の後援会代表なんかは、ヨーロッパ連合とだいぶ深い繋がりもあるそうで」

 それは。

 柴田の友人が関係していたことで――。

「気になる程度なので、特にこれといった因縁があるわけではないですよ」

 今のところは、だが。



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