第12話 空飛ぶ竜の取り締まり1

 仕事を始めて半年ほど経過した頃だろうか。

 部下にしてみろと、新しい人員を当てられた柴田だが、どうにも上手く行かなかったようで、また一人に戻ってしまったのだが、どういうわけか自宅の寮に猫が一人増えたので、余計な面倒は何も減っていないような気がするのだけれど、それはともかく。


 空を飛ぶ竜というのは、なかなかに幻想的である。


 紅月に照らされた紅色の世界、黒色のシルエットを作り出すよう、大きな翼を広げながら空気を掴み、滑空する様子などを見れば、どれほど気分が良いのだろうかと、感想を聞きたくもなろう。

 水面近く、旋回運動と共に上空へ移動する瞬間、風圧で波打った現象そのものを距離の補正にした柴田は、R99ブレイザーの引き金トリガーを絞った。

 目測600ヤード、身を捻るようにした竜の翼の先端付近に着弾したのならば、一気に体制を崩した竜は旋回速度を上げるようにして、水面に叩き落とされた。

 次弾装填。

 今のでだいたいの距離は掴んだ、風速の変化を肌で感じながら、水面から飛び上がろうとした竜の頭に一発。

 ――しかし、やはりというべきか、竜族は

 338ラプアという弾丸ならば、直撃した時点で人間なら死んでいる。それが姿勢を崩す程度なのだから、鱗の強度を考えると同時に、どう竜族へ対応すべきかを考えさせられる。

 確実に頭を押さえるよう四度も銃撃をしたら、さすがに嫌になったのか、水面から飛び上がろうとはしない。

 柴田は照準器から目を離すことなく、相手を視認し続ける。どうやら人型になって泳いでいるらしい――もう一発、これは当てるのではなく、柴田がここにいるぞと示す行為だ。すぐその人物はこちらに向かってくる。

 二百ヤードを過ぎたあたりで、照準器から目を離し、柴田は立ち上がる。狙撃銃は肩に提げ、外周沿いから少し離れて、吐息を一つ。

 そして。

 水中から手を伸ばし、外周の道路に手が触れた瞬間、そこにあった対人センサーに引っかかり、外側への指向性を持った爆薬が弾けた。

「……ふむ」

 威力は抑えてあるが、こういう罠もありなのかなと柴田が考えていると、しばらく仰向けで流れていた竜族の男は、がしがしと両手を使って手すりを乗り越えてきた。

「――なにしやがる!?」

「はい、夜はお静かに」

 文句を言おうと口を開いたので、銃口を突っ込んで黙らせると、すぐ引き抜いて――けれど、拳銃を突きつけたまま。

「とりあえずそこに座って下さい」

「う、ぐ……」

 何かを言おうとして、けれど、口を噤み、どっかりと腰を下ろした。

「さて、よろしいか」

「お、おう?」

「ご存知かと思いますが、外洋を飛ぶことは禁じられています。何故かというと、ヨルノクニの周辺海域には、アメリカおよびヨーロッパ連合が航路を定め、定期巡回しているからです。異種族の存在は暗黙の諒解ですが、それはうちに限ってのこと。――わかりますね?」

「……わかってる」

「では何故、海を飛ぶのですか?」

「そりゃ、…………」

 僅かに目を反らした彼は。

「……建物の間を飛べるほど器用じゃないからだ」

「はあ、つまり下手くそだと」

「下手って言うなよ!?」

「しかし、たまに赤色の竜族を見ますが、街中を器用に飛んでますよ?」

「う、うぬ……!」

「厳しく言うつもりはありませんが、理解はして貰いたいのです。ルールとは、必要だからあるのであって、それを上手く使うならともかく、こうして破られると余計な問題が発生します。その責任をあなたは取れないでしょう?」

「……その通りです、はい」

「事情はこちらも、理解しますし、多少は歩み寄りもできます――あだっ」

 背後から尻を蹴られた。ついでに引き金トリガーを絞ってしまった。

「何をするんです!?」

「っ――そりゃ、俺の、台詞だろうが!!」

「……頑丈ですね竜族」

 左肩を撃ったので、ついでとばかりに右肩を撃ったら、弾丸は肉を通過せずに手前で停止するよう潰れ、彼は痛みに道路を転がった。

「で、どうかしましたか、チェシャ」

「……」

 相変わらず不機嫌そうな顔で、というかもう完全に不機嫌なまま、黒色の尻尾を揺らしてチェシャ・ラッコルトがそこにいた。猫耳は出ていない。

「なんで一言もないの」

「はあ、というと、夜食の話でしょうか」

「なんで、一言も、ないの!」

「率直に言うと簡単な仕事だったので」

「――柴田、てめえ、マジ痛いから。竜化の余韻が残ってて魔力の残滓が防いでるだけで、衝撃は消せないから、マジで、ごめん本当に反省すっから、もう撃たないで……」

「まったく……どういう追い込みしてんの、柴田は」

「それほど変な手順ではないですよ。海水は飲んだかもしれませんが――というか、どうして自分の名前を?」

「おまっ、取ってる講義が八割くらい一緒になってて、遊びにも誘っただろ!?」

「……」

 なんだかチャラそうな雰囲気の男だなと、改めて見ると思う。柴田と違ってやや細い顔のラインであるし、言葉をそのまま受け取るならば、同じ大学生らしいけれど。

「はて……?」

「マジかよ……」

「そういうやつだから。私のことも半年で忘れたし」

「数日しか会ってない上に、半年もすれば女性は様変わりするんですよ。ちなみに彼を覚えていないのはたぶん、それほど特徴的な人物じゃないからでは?」

「では? ――じゃねえよ! 疑問形かよ!」

「夜は静かに」

「はいごめんなさい、銃弾はもう勘弁してください」

「45ACPでその程度、というのは凄いですね。さすがは竜族――的が大きくて助かりました」

「嘘だろ? それ嘘だよな? あの距離で翼の先端にピンポイントで当てたの、あれ狙ったんだろ? 二発目は鼻だったけどな?」

 さてなんのことでしょうと、柴田はすっとぼけておいた。

「竜族の取り締まりなら、私に言いなさいよ」

「何かあったんですか?」

「いや友達、呼んでおいた」

 ほらと言われて背後をちらりと一瞥したら、竜の翼を左右に展開した少女が、ふわりと舞うようにして着地したところだった。

 人型のまま、翼だけ――いや、赤い鱗の尻尾もある。

「げっ……!」

「おー、なんだリスゾウじゃないかー」

「ギョクさん!?」

「正座」

 慌てた様子で彼が正座をすると、目線の高さが少女の方がちょっと上になる。

「お前が柴田か?」

「ええ」

珠都たまつだ、チェシャからよく聞いてる」

「はあどうも、……なるほど」

「ん?」

「ああいえ、ギョクとこちらの方が呼ばれていたので、つまり、という意味合いのお名前ですね?」

「そうだぞ」

「…………ところで、あなたのお名前は?」

「リスディガ・ゾウムだよ。一応名乗ったよ俺、忘れてるよな?」

「はあ、まったく覚えがないくらいには平凡な顔ということなので、これから行われる再教育、ではなく、更生で顔の形が少しは特徴的になるとは思いますよ。ご安心を」

「……え?」

「ところで珠都さん」

「え? え? ちょい待って俺、俺の処遇だけど」

「チェシャとは?」

「おー、学園の同級生だなー」

「なるほど、そうでしたか。失礼ながら、自分は竜族にあまり詳しくないのですが、どうしてこの――リスさん?」

「リスはやめてくれ……」

「このゾウさんが正座しているのを見る限り、何かしらの上下関係があるのですか?」

「それは竜族じゃなくて、わたしとリスゾウの上下だぞ。こいつなー、年齢の割に小僧みたいなもんだしなー?」

「はあ、そうなのですか」

「おい、おい柴田、鵜呑みにすんなよ?」

「弁解の時間です、お静かに。――はいどうぞ、ゾウさん」

「言いにくい雰囲気作るなよ! ……あのな、竜族には種類があるんだよ。上から目線で誰かを見下すエリート集団の白色、俺みたいに気ままに散らばって生きてる緑色、それから古代竜族とされる赤色、変異種とも言われる青色――この四種類だ」

「……なるほど、続けてください」

「ええと、勢力としては、圧倒的に白が多い」

「多かった、だぞ」

「――そうなのか?」

「また話してやる。わたしがこっちに来た理由だ」

「わかった、んじゃそこは置いといて。まあ集団として白は生きてて、俺ら緑はよくわからん。赤は、俺が知る限りギョクさんだけ――青色も一人だ。で、なんつーか……赤の竜族ってのを間近にして、格付けが済まされたというか」

「簡単に言うと?」

「ギョクさん怖い……」

「なるほど」

「竜族だけど、たまちゃんの場合は魔力制御から経験、技術、知識それぞれ、普通の竜族じゃ手が届かないくらい持ってるから」

「戦場に一年もいれば必要になるからなー」

「……」

「おい柴田、お前、本当にわかってんのか? どうした? 俺の脚がそろそろしびれてきたことの心配か?」

「ああいえ、尻尾にも鱗があるようですし、そちらに撃てば問題ないかな、と」

「あーそれなー、尻尾の先端とか狙うとかなり痛いぞ」

「小指を角にぶつけるより痛いからな!? やめろよ!?」

「すっとぼけてるけど、んなこと考えてないから安心していいよ。――で、柴田」

「夜食をラーメンにすると太りますよ――あだ」

 チェシャが尻を叩くと、リスディガはびくりと跳ねるよう躰を震わせたが、発砲はなかった。

「柴田」

「珠都さんがこちらへ来たのは、おそらく明松かがりさんの関係でしょう。状況を知っていることから、白色の集団と珠都さんは、何かしらの取引か何かで、同じ場所に棲んでいたか、そうでなくとも関係はあったのでしょう。悪く考えれば、珠都さんだけが生き残った――かと、まあ、そんな過去を想像していただけですよ」

「……なあチェシャ、こいつ頭いいな!」

「いや馬鹿だからこいつ。本当に考えてたのはそっちじゃなく、たまちゃんがリスディガのためにわざわざ足を運んだ理由とか、そこらでしょうが」

「どうして知っているのなら、先にそれを言わないんです?」

「こいつ……!」

「ちなみにゾウさん」

「あ、おう、なんだ?」

「不気味な影が踊っている、という外部からの報告がきているので、これからは止めて下さい。いいですね?」

「わかった」

「結構です。ということで、明日からは警備部の更生訓練を受けてもらいます。一応、事情が事情なので、学業と並行してやるのか、それとも訓練優先にするのか、どちらかを選択させてあげましょう。明日、迎えに行きますので、それまでに決めておいてください」

「……それ決定事項?」

「当然です。だって、ゾウさんは、ルールを破ったのですから」

 もっとも、ルールを破った罰則としては、軽い部類になるだろう。

 そして。

「――柴田」

「はい、なんですか、チェシャ」

「本題はそこなのね?」

「何がでしょう」

「だから」

 腰に手を当てて、呆れたような吐息を落としたチェシャは、言う。

「一体、?」

 さて。

「珠都さんも夜食のラーメン、いかがですか?」

「おーう」

 誤魔化したら尻を蹴られた。



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