第11話 今日のお仕事3

 一時間もすれば、二本目の煙草に手を伸ばしたくもなる。

 夜風を感じながら空を見上げ、のんびりと一服なんて、どれほどの贅沢だろうとは思うが、そのくらい周囲が見えるようになったし、仕事を片付けるのも楽になったのだろう。

「……あのう」

「なんです、イッカさん」

瀬戸せとさんというのが、遊園街の社長だというのはわかりましたが、どう今回の件に関わっているんです?」

「関わっているというか、下で騒ぎを起こしていたのが、遊園街に拠点を構える組織の一つだったんですよ。どちらかといえば、瀬戸さんに反感を抱いている者たち――でしょうか」

「はあ、そうなんですか。え? でも、じゃあなんで私たちが動いてるんですか?」

「そんなことに理由なんて必要ありませんよ」

「……よくわかんないです。でも、これで終わりですよね? 騒ぎを起こしてた人たちを、瀬戸さんの配下みたいな人たちが、収めたようですし」

「ええ。なので、イッカさんは付き合わず、先に帰っていただいても構いませんよ?」

「それ、まだ続いてるってことですか」

「そうなります」

「――それじゃ、

 近距離からの一撃は素早く、人間である柴田には避けるタイミングすら存在しなかった。

 意識が落ちる。

「う、重い……」

 だがこのままではいけないので、担ぐようにして持ったイッカは、影に溶けるようにして消えた――が。

 しかし。

 意識を奪う前に、イッカは聞いておくべきだった。

 柴田の返答は、だって。


 ――でしょうね。


 なんていう、肯定の言葉だったのだから。


 五分後、海側のダクトから出てきた珠都たまつは、ふわりと宙返りをするよう道路へ降り立つと、翼を収納した。続くように出てきたチェシャは、手すりに捕まり、足を空へ投げるよう一回転して、着地。

 お互いに無言だったが、やがて、珠都が煙草に火を点けるのと同時に、外周の手すりに背中を預けたチェシャが、盛大に吐息を落とした。

「あんの馬鹿……こっちの気持ちをちょっとは汲んでよ」

「しょうがないだろー、一年かけてこまめに、小さい仕事で芽を摘んできたのは、柴田だぞ」

「問題ない、大丈夫って言ってたけど、心配はするっての。本質的な部分は相変わらず隠すし」

「イッカの心配はしてないのか?」

「そっちはしてない。顔には出さないけど、初見の相手はまず疑うのが柴田だし、この可能性を口に出された時点で、予想はしてた――いや、柴田に予想させられた、ってのが正解か」

「そんなに心配かー?」

「これまでの件を考えても、どうにも柴田って、後手を踏みたがるから」

 そう、初めて一緒になった件でも、そうだ。

 結果から先を想定するのに、準備はしながらも、流れに身を任せるようなやり方だった。言い方は悪いが、自ら危険に足を踏み込んでおいて、相手の反応を窺うというか。

「確かに、イッカを確保しといて拷問でもしちまった方が、早かったよな?」

「ただそうすると、解決までが面倒になる……」

 たぶん。

 柴田はその解決という先にあるものまで、見ているのだ。

 だが現状では、もうどうしようもない――そう思って空を見上げていたら、緑色に近い色の鱗を持った竜が外周から近づいてきて、空中で人型に変身して着地する。

「――よっと。どもども」

「リスディガ」

 短髪で長身の男性は、片手を上げて二度ほど会釈をするような態度。半年ほど前、柴田に注意されてからは、警備部での訓練を受けている竜族の男、リスディガだ。

「お前、まだ街中飛べないのか? へたくそだなー」

「うぐっ……ギョクさんに言われると、反論できねえ。ところで柴田は?」

「仕事中」

「へえ、そう。帰りいつ?」

「夜明けまでに決着がつかないようだと、ちょっと面倒になる」

「……なあギョクさん、ラッコの機嫌悪くね?」

「悪いぞ。ちなみにわたしの機嫌が悪くないのは、夜明けがきて柴田が戻らないようなら、派手に暴れると決めてるからだ」

「――え? え? なんかまずい状態なのかこれ?」

「いいから、気を紛らわすために、ちょっと付き合いなさいリス」

「リスって言うなよ! 小動物じゃなく竜だから俺! ――うげ!?」

 街の方角からやってきた、白黒の和装の女性が見えて、リスディガは逃げようかと一瞬考えるものの、たぶん逃げた方が面倒だと思って諦める。

瑞雪みずゆき? なに、たまちゃん呼んだの?」

「んー」

 彼女はかつて、幽霊騒動の主犯として、これもまた柴田が関わって解決したものだが、今は珠都に命の半分を握られ、人として生活している。

 使い魔や主従関係とは少し違うが、瑞雪にとっての現状は、屈辱以外の何物でもない。

 柴田が訓練を終えてからの一年で、それなりに付き合いのある人物が、ここに揃う。

 だが。

 今は何も手出しできない――それが、現状でもあった。



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