第10話 転んだ荷物の顛末3
つまるところ。
「リスクとリターンが見合ってない」
問題点はそこだと、目を据わらせたチェシャが隣で呟いた。
なんだか追及すると面倒そうだったので、回収した狙撃銃のケースを片手に持ちながらも、遊園街を出た柴田は、携帯端末を耳に当てる。
『――おう』
「
『ん。欲しいものはあるか?』
「あ、はい。セムテックスを400グラムほど使ったので、その補充を」
『わかった、やっとく。
「文字通り、獣のような人だと感じました。敵に回したくはないので、無事に終わってほっとしております」
『言ってろ。仕事の報酬は期待しとけ』
「は、諒解であります」
そこで通話は切れた。まあ野郎の電話なんてのは、用件だけ短く済ます場合がほとんどだ。それを冷たいとは思わない。
「……」
「あ、失礼、フライングボードは自分が持ちましょうか?」
「荷物が重いからイラついてるわけじゃない」
「はあ、そうでありますか。でも持ちますよ」
「ん。……あのさ、なんで昨日の段階で言わなかったの?」
「何を、でありますか?」
「瀬戸が関係してること!」
「なんで怒っているのかわかりませんが、警備部に連絡していた時、あの言葉に引っかかりを感じたのは事実ですが、このケースは想定の一つでしかありませんでした。一度帰宅して準備をしつつ、翌朝にあの荷物の移動経路を追って、それを確証にしたんですよ」
「いやだから、なんで昨日の内にその行動を言わないの」
「え? いや、ですから、警備部に連絡した時点で自分の仕事は終わりですよ? 残ったのは、プライベイトのようなものです。わざわざチェシャを巻き込む必要はないとの判断ですが……?」
「こいつ……」
そうかもしれないが、必要ないと言われれば、役立たずと距離を置かれたようで気に入らないのだが、まあ。
「はふ」
それは実力不足、他人に当たるのは筋が通らない――と、飲み込むことにした。
そのくらいには、チェシャも大人なのである。
「いてっ、だからなんで自分の尻を蹴るんですか」
「うっさい」
大人じゃないかもしれない。
「ところで、自分は警備部に向かうのですが」
「いいよ付き合う」
「……まだ殴り足りないのでありますか?」
「危なっかしいのよあんたは!」
「ああ、昔も良く、それを言われました……でもまあ、結果は何とかなってるので、良いだろうと――だからどうして蹴るんですか!?」
「顔を殴ろうとすると避けられるから」
言うほど痛くはないので良いのだが、毎回やられると面倒だ。
そもそも、不機嫌な女性ほど面倒なものはない。放置しておけば機嫌が直ることの方が少ない上に、話しかけたって機嫌がどんどん悪くなる。一体どうしろと。
こういう場合、柴田は放置を選ぶ。
自分が器用だと思ってないからっだ。
一番楽なのは、機嫌が悪いことなんて気にしないこと。黙ったまま、いつも通り、のんびりと警備部へ向かった。
入口で挨拶をして、最初に見える外部来客用の建物の中へ。ここに受付があるのだ。
「あら柴田、おかえり」
「ただいま戻りました。クレイ教官殿はいらっしゃいますか?」
「ん、丁度良い。そっちの談話室で休憩中。
「諒解しました」
「うん。ところで、なんでラッコちゃんがいるの?」
「それがですね、自分にはよくわからないのですが、何故かいるんです。そして自分の尻をよく蹴ります。どうしましょう」
「しーらない」
「ですよねえ……」
「いいから」
今度は手で尻を叩かれた。柴田はフライングボードだけ立てかけておき、隣の談話室へ。
「教官殿、香奈子先輩」
「おう」
「どうした柴田、もう私が恋しくなったか? ――って、ラッコもいるのかよ。何してんだお前」
「なんでもない」
「うっわ、不機嫌丸出し。で、なんか用事か柴田、昨夜のことか?」
「それもちょっと関わりますが」
二人が座っているテーブルの前で立ち止まり、椅子を引いてチェシャに座るよう誘導する。そういう気遣いはできるらしい。
「ところで教官殿」
「おう、俺か? どうした?」
「一般論の話なのですが」
「ん?」
「自分のような立場の人はともかく、親への孝行というのは、やはり、できるだけやっておいた方が良いのでしょうか」
「まあ、そうだな。俺もそういう連中をよく見てきたが、やはり後悔する場合は多い。生きてる内にやっておくのが無難だろうな。あくまでも一般論であって、お前には該当しないだろうが」
「ですよね」
「そうだ。あくまでも一般論だからな」
「ところで教官殿」
「うむ」
その時点で、チェシャにもわかった。
柴田が一般論だと口にして、親への孝行を言葉にした時点で、この展開をクレイも理解していたことだ。本当にどういう思考回路をしているんだと、そう思う。
いや、逆か。
そういう思考を、クレイから柴田が学んだのかもしれない。
「親が存命で、近場にいて逢えるというのに、二年も顔を出さない人がいるんです」
「うむ、大変よろしくないなあ」
「――あっ、てめっ、柴田!」
「そうだ香奈子先輩、昨夜に確保した二人は、警備部で再教育をする、とのことで構わないらしいですよ」
「そうじゃねえよ、てめえ親父に何か言われたな!?」
「はて、何のことでしょう。自分は一般論を口にしただけですが」
「香奈子、五日間の職場離脱届を出しておくから、実家戻れ。――命令だ」
「クソッタレ! 柴田てめえ覚えてろよ!?」
「よくわかりませんが、してやられた悔しそうな顔を覚えていれば良かったのですか? ――あだっ、殴らなくても良いでしょう!?」
「うっせばーか!」
ややがに股で、ずかずかと去って行く香奈子を見送り、柴田は苦笑した。
「瀬戸か」
「ええ。親心というのはよくわかりませんが、まあ、頼まれたので。教官に伝えてもらうつもりでしたが、手間が省けましたね」
「あのカスリをやった馬鹿二人、お前が教育するか?」
「ははは、自分には荷が重いですよ。教官殿のようにはできません」
「そりゃそうでしょうよ……あんた、クレイさんがどういう人か知らないの?」
「知らねえよ」
「自分にとっては頭の上がらない教官殿です」
「ランクC
「現役の頃はな」
ハンターズシステムの発祥を遡れば、2010年アメリカになるが、その職業が個人であることから、活動の場を広げると共に、施行もまた世界へと広がり、認識は共通のものとなる。
各国が提示する公式の依頼を含め、個人が出す非公式依頼を請け負う人種。
しかし、古くからあるそれら職種は未だに現存し、それぞれの専門を所持した狩人が誕生した――が、誰でもなれるわけではなく、また、自称することは許されない。
年に二度、世界各地で同時開催される狩人認定試験を突破した者のみ、その職種に就ける。一次試験は三時間三百問のペーパー試験、これだけで受験者が千人いても、十人ほどに絞られるほどの難易度。平均年齢は二十六歳、退職年齢の平均が三十二歳と、憧れることすら笑い話になるような職業だ。
合法殺人者――日本では、そう揶揄する記事が書かれることもある。
狩人は、殺人、強盗、不法調査、そういったものを可能にする法規的処置がとられている。なんでもできる? ――否だ、代わりに責任を負う。
つまり、できるのならばと前置されるわけだ。法律を無視し、違法な行動をとることは可能だが、その痕跡一つ、足跡一つ、指紋一つでも発見されれば、その時点で狩人専用留置所と呼ばれる、一般の留置所が楽園に思えるような場所に放り込まれ、生きている間に出て来ることは、ほぼない。見つからない技術、それでいて法律を無視できる手段を得ているからこその狩人であり、そのための厳しい試験だ。
ランク付けは最低をF、最高がSS。ちなみにランクSSは現在三名しか存在しない。
ランクCは、中堅どころではなく、むしろ、高い部類だ。
「なるほど……」
「何に納得してんのよ?」
「そんな仕事をしていれば、そりゃ毛根も死滅するだろう、と」
「……なんなの、あんたのその軽口」
「教官殿のお陰でありますな!」
昔の話をされなくても、たった一撃すら届かないようなのがこの教官なのだ、今更である。
「しかし、そんなに香奈子先輩は実家に戻りたくないのでありますか?」
「実家がマフィアみたいなもんだから、嫌ってるんだろう。実際に警備部へ入る時にも一悶着あったしな。もっとも、嫌ってるだけで、関係が悪いわけじゃない」
「……」
「どうした?」
「いえ、二年も帰らない香奈子先輩の自業自得だ、という落としどころを考えておりました」
「そっちか。で? 瀬戸になんか後れを取るような仕込みをしちゃいねえと思ってるが、何した?」
「普通に話をしてきただけですよ。狙撃銃を固定砲台にしましたが、狙いをつけた部屋が応接間になって、陽動に使えませんでしたし、配置したセムテックスが400グラム、片付けの手間が増えたので押し付けました」
「――なんだ、平凡な手を使ったな」
「はあ、昨日の今日だったので、夜間作業ができる範囲ですと、即効性も高く陽動には向きでしょう?」
「そりゃそうかもしれんが、最悪の殺しまで考えておけよ」
「そうならないようにするのが、交渉です」
「甘いなあ……」
「――いや、そういうことを平然と言われると、困るんだけど? 一般人への被害とか、ちゃんと考えてたの柴田」
「もちろんです。しかし、遊園街を管理されている職員ならば、それは瀬戸さんの部下でしょう?」
「それは――……広義では、そうだけど、だけど!」
「一応、人的被害が抑えられるような配置にしてましたが」
「そういうところが甘いよな。ビル一つくらい崩壊させるくらいやれよ」
「手持ちが足りなかったのもありますが、内部への侵入が難しかったので。錬度不足は自分が痛感しております」
「ん、ならいい。だったら自分で訓練するだろ、次はもっと上手くやれ」
「はい」
「……いや、そもそも次を生まないようにして、これ以上を求めて上手くやるとすげー面倒そうだから、やめて欲しいんだけど?」
「ところでチェシャ」
「……なによ」
「どうしてここにいるんです?」
「おい柴田、ラッコが不機嫌になっただろうが……」
「はあ、思い出したんですかね。よくわからないのでスルーしますが、再教育は教官殿が?」
「まさか、冗談じゃねえ。そんな面倒なことを誰がやるか」
「そうでしょうね。しかし――できれば、どうして転がしたのか、追及はして欲しいです」
「おう、それな。どう思う?」
「今のところは、瀬戸さんの領分だと口出しをしないよう配慮を」
「……ふむ」
「――え?」
不機嫌なのはそうだが、しかし。
「何の話をしてるの?」
「今回の件に関してです」
「それはわかってる。誤魔化してんの?」
「はあ、誤魔化すならば学業はどうしたのかと、それとなく促しますが。――あれ? チェシャは今、高校生でしたか?」
「うん、高等部一年」
「そうでしたか。改めて聞くと、それなりに年齢差があるものですね」
「うるさい。そうじゃなくて」
「最初の問題ですよ」
「……最初?」
「荷物が転んだ話です」
「ああ、うん、仕事の発端ね。トラブルというか、新人のミスで荷物を転がした――で、その新人が盗んで、友人と遊んでたから二人を確保……の流れだけど?」
「大前提だ、ラッコ。考えてみろ、いくら新人だろうが、搬入口で作業をしている連中の最低限のルールは何だ?」
最低限、大前提。
まず思いつくのは――。
「――荷物の中身にはノータッチ?」
「そうだ」
「言い方は悪いですが、彼らは右から左に荷物を移動させるだけの仕事です。そして、荷物を倒したくらいで蓋が開くようなコンテナでは、ありません」
「――あ」
そうだ、そんなのは当たり前だ。厳重にロックされているとは言わないにせよ、荷物を軽く落としたくらいで蓋は開かないし、木箱であっても中身が覗けるようなコンテナではないのだ。
つまり――。
「ピンポイントで、あの荷物を、転がした?」
「そう考えると、必然的に、誰かが特定したということになります」
「あまり仕事に責任を持てなさそうな新入りに、こっそり耳打ちしたってのが自然だろう? 確証はねえが、そいつを調べるとなると、どうにも、遊園街の縄張り争いに首を突っ込みそうじゃないか?」
「……うん、そうだね。瀬戸を困らせるためにやった可能性はある。でも、たとえば
「いやねえよそれは」
「ありませんよ。これは自分の予想ですが、仮にそうならば、――自分がこんな疑問を抱くような下手を打ちません」
「同感だな」
「うん、よくわかった。――柴田がこうなったのクレイさんのせいでしょ!」
「俺のせいにすんな」
「まったくです。自分の毛根はまだまだ生きてますよ」
とりあえず。
席を立ったチェシャは、柴田の尻を叩いておいた。
――似たもの同士だ、付き合ってられない。
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