第8話 転んだ荷物の顛末1
一ヶ月ほどの休養期間を終え、
何が変わった?
たぶんそれは、受け取り方だ。
頭を叩かれ、尻を蹴られて教わったが、それでも、物事を教わるという態度を知ることができた。学びとは、受動的ではなく、能動的でなくてはならないのだ。
同じ学生との付き合いは、ほぼなかった。というか、柴田が断っていることが多い。
というのも。
「ちょい遊び、行かないか? 繁華街のあたり」
などと誘われても。
「申し訳ない。自分が行くと遊びにならないので、どうぞ、楽しんでいらして下さい」
としか答えようがないのである。
それでもいいと言われた時には同行したが、露店なども広がる繁華街に入った瞬間、あちこちから柴田は声をかけられ、その対応へ。途中から伝言や荷物の配達などを頼まれれば、否応なく別行動で、やはり、遊びどころではなかった。
それ以来、あまり誘われなくはなったが、特に険悪ということもないので、それはそれで良いのだろう。
――その日。
授業中でありながらも、着信があった。
立ち上がれば周囲から視線を集めるが、授業をしている教授に対して深く一礼をすると、携帯端末を耳に当てながら教室を出た。
「遅くなりました」
『授業中だろ、想定内だ。仕事がある』
「はい」
『地下搬入口にてトラブル発生、名前は通してあるから顔を出して解決しろ。好きにしていい、お前の思う通りにやれ。質問は?』
「ありません」
『結構』
通話が切れ、吐息。緊張はないにせよ、向かう足は速くなる。だって
しかも初仕事だ。
気負いもない。思う通りにやれと言われれば、そうするだけだ。
車の利用が認められていないここ、海上都市ヨルノクニにおいて、本土からの荷物はどうやって移動させているのか?
それは、地下に行けばわかる。もっとも、作業場に見学者は入れないが――十メートルほどの幅の通路が、迷路のように伸びているのだ。そこにはレールも敷かれており、広いスペースとなっている荷物置き場には、フォークリフトなどの機械も存在している。
地下だからこそ、限定使用が許されているわけだ。
本土からの搬入口、その脇にある窓口で携帯端末に表示させた身分証を提示して、中に入れば、倉庫の脇で話をしていた少女がこちらを振り向いた。
この場所には似合わない人だ、と柴田は思う。控えめに言っても可愛らしい少女であるし、体力仕事をしているようには見えない。更には、装飾のついた服やショートパンツが、まさか作業着の役割を果たしているとは思えまい。
だとしたら?
同業者の可能性も考慮だなと思って近づいた。
「警備部所属、柴田です。――何がありました?」
「あ、はい、お疲れ様です。いやあ」
対応したのは、まだこちらも若く見える男性であった。しかし、帽子を取って頭を掻くその顔と、雰囲気そのものが三十代を窺わせる。
「うちの新入りがミスをして、荷物を倒しちまったんですよ。ここまではよくある話なんですが、ちょいと中身がまずかったんで、どうしたもんかと」
「なるほど。では荷物の場所を教えていただけますか、こちらで確認します」
「ああ、それは私が聞いといたから。対応決まったら教えるから、そっち、仕事続けといて。事務所に伝えておくから、昼休みにでも聞いておいて」
「お願いします」
「んー。柴田こっち」
「はあ……」
どういうわけか、主導権を握られた。まあさほど重要なことではないだろうと、主導権のことは横に置き、誘導に従って倉庫へ向かう。
「あんたも適当な仕事を振られたね」
「はあ、まだ状況をよく把握していませんが、その、同業の方ですか?」
「――」
ぴたりと足が止まり、振り向き、思い切り睨まれた。顎ほどまである髪が僅かに揺れると、あれこの人なんか丸い顔だな、なんてことに気付いて。
いや。
それ以前にどうして睨まれるのだろうかと。
「半年ぶり」
「はて……? いや、失礼、その」
「チェシャ・ラッコルト!」
怒鳴られた。というか、怒られた。
「チェシャ殿!? ああそういえば、なるほど、面影があるというか、なんというか」
「忘れてたでしょ完全に!」
「いや失礼、失礼、半年も見ないと若い女性は本当に、見違えるように可愛らしくなるものですから、気付けませんでした」
「くっ、このっ……!」
「すみません、謝ります。そう怒らないで下さい……物覚えが悪いのは自覚しております」
「うっさいばーか!」
サバイバル訓練で数日間、一緒にいただけの間柄だ。覚えていなくてもしょうがないと、そう思って欲しい――は、さすがに勝手が過ぎるか。
「もういいから、――いや駄目」
「はあ、申し訳ない」
「そう思ってんなら、私のことはチェシャで。殿なし。呼び捨て」
「そういえば訓練中もそのように言っておりましたが……」
「い・い・か・ら!」
「わかりました。ではチェシャ、どうしてこちらに?」
「……」
むすっとした顔のまま、移動再開。思ったより、呼び捨てにされるとくるものがある、なんて気持ちは悟られなかったはずだ。
「情報集めてたら、話が飛び込んできて。
「なるほど。では共同捜査ですか?」
「ううん、それは任せる。私は付き添い」
「それはどうも」
倉庫の中にはコンテナが積んであり、金属のものもあるが、二人が確認したのは木製のものだ。さすがに中は見えないが、三メートル四方の立方体である。留め金を外せば、手前の部分が開き、中は棚式になっており、荷物が置いてあった。取り出す際は、棚そのものを引き出すようにする。
中身は、拳銃であった。
ぎっしりと敷き詰められているのではなく、ケースに収められているのでもなく、無骨な姿のまま並べられ、棚自体に紐で固定されている。
「うん……」
9ミリがほとんどで、45ACPのものが二丁。制作会社の統一性もなし、自動拳銃もあれば
「柴田、何か知りたいことは?」
「出荷先です」
「それが、受付が再確認したら、行き先不明だって。電子ラベルが存在しないことになってる」
「そうですか」
「密輸よね、これ」
「現状、そう感じますね」
コンテナを閉めて、時計を一瞥する。
「ところで、ここの業務は何時まで、でしたか?」
「へ? 基本的には定時の十七時だけど」
「では二時間ほど、余裕ができましたね。どうですかチェシャ、軽く食事でも」
「……? いいのこれ、放置しといて」
「とりあえずは、このままで」
「あんたがそれでいいなら、そうするけど……」
「これ以上、この荷物をにらめっこしていたって、仕方ありませんからね。仕入部の作業員には、このままにしておくよう、一応言っておきますが」
実際に柴田は、軽く一声かける程度で外に出てしまい、近場の繁華街に顔を出して、露店で摘まみになるようなものを購入し、常設しているテラス席の一つに腰を下ろした。
「あんた何考えてんの」
「はあ、女性が相手ですし、焼き鳥は串を抜いてもらうべきだったでしょうか……」
「そうじゃなくて、仕事の話」
「ああ、そちらでしたか、失礼しました」
なんて、真顔で謝られれば、拍子抜けもする。以前もそうだったが、どうにもマイペースなのだ、この男は。
「しかし、考えるといっても、何をです?」
「いやだから、普通は密輸した当人とか、後処理とか、そういうのやるでしょうが」
「そうですか?」
「普通は、ね。柴田はどうなの」
「んん……自分は、トラブルが起きたから解決しろと、そう言われております」
「うん」
「しかし、現状でこれは、何がトラブルなんでしょうか」
「――は?」
何を言っている?
「実際に、密輸品があるってことが発覚してるじゃない」
「しましたね」
結果的にはと、そう続けることは止めておいた。
「しかし、荷札がない以上、どこへ送られるのかもわからないのですよ? 発覚した、どうしよう、困った。とりあえず置いておこう。一時的ではありますが、これはもう解決していますよね?」
「……どこが?」
「通常業務が滞ることがあっても、今は行えています」
「それは仕入部の話でしょうが」
「では司法的な話を?」
「ううん……確かに司法部の管轄だろうけど、それは犯人が見つかってからの話だし」
「犯人は、では、荷物を転がした新入りさんでは?」
「それはミスだけど、犯人とまでは言えない」
「ですよね」
「うん」
「……、……え? これで終わりですよ?」
「――なんでそうなんの!?」
「まあまあ、落ち着きましょう」
「慌ててはないわよ!?」
「まあまあ」
はぐらかされているのか、それとも本当にわかっていないのか、よくわからないまま、二人は適当に時間を潰す。
――けれど。
十七時を回っても、柴田は動かなかった。
「……」
「はあ、その、無言で睨まれても困ります」
けれど、十八時が近くなればようやく、柴田は行動を始めた。といっても、搬入口からやや離れた位置で、あちこち歩き回るだけだ。
一体何をしているのか。
三十分もそうしていたから、痺れを切らしたかのよう、チェシャが口を開こうと――。
「――いました」
「なにが」
「通りを挟んで、二時の方角にある路地の奥、ですよ」
チェシャは目を細めるが、よく見えない。猫族だからもあるが、まだ明かりの多い時間帯であるし、遠くのものがあまり見えないのだ――が。
耳は、それなりに良い。
「なんか言ってる」
「転んだ荷物の中身を、新入りさんが掠ったんですよ」
カスリ――つまり、盗んだのだ。
「実害が出ましたね」
「あんた……」
柴田は携帯端末を取り出し、警備部へ連絡を入れた。応答したのは、どういうわけか先輩である
『なに?』
「香奈子先輩ですか」
『そうよ。で、なに』
「搬入口で転んだ荷物の件です。掠りを行った二名を視認中、場所を教えるので確保を」
『へえ――馬鹿やったわね。わかった、保護しとく』
「お願いします」
そうして、柴田は携帯端末をポケットに戻し、振り向いた。
「というわけで、お仕事終了です。お疲れ様でした、チェシャ」
「え、ああ、うん……予想してたの?」
「中身がわかっていないと、転がさないという可能性ですね。見えてしまった、だから転がした。訳アリの荷物なら、一つくらい盗んでも――なんて、好奇心に負けたんでしょう」
「はあ、なるほどねえ……」
つまり。
彼が犯人になった。実害が出て、トラブルになったから、それを解決する。
まったく、理屈が通っているのかいないのか、よくわからない話だ。
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