第6話 普段のいつもの訓練風景2

 サバイバル訓練から戻った日は、レポートの作成だけで休日となった。

 本来ならば、休日なのにレポートの作成で潰れた、となるのだが、現実がそうであっても、休日だと認識できるくらいには、柴田しばた剛史つよしも訓練慣れしていたのだろう。

 そして翌日。

「柴田」

「はい、教官殿」

「サバイバル訓練を終えて、ここ半年の経過をかんがみた結果、お前がルール違反をしたことに対する更生は、完了した」

「そうでありますか」

「どうした、喜ばんのか」

「訓練が終わるとは聞いておりません!」

「貴様は小賢しいな!」

「教官殿のお陰であります!」

 などというやり取りがあり、銃器の訓練に突入した。

 まず柴田がやったのは、分解・整備の方法だ。

「どんな状況であれ、使ったら片づけるのが常識だ。拳銃だって同じで、使ったら整備しなくてはならん」

 テーブルに部品を広げるよう、紙のマニュアルを片手に一つ一つを丁寧に分解し、整備方法を実践、そして組み立てれば、各部の動作を確認され、もう一度と言われる。

「それはシグ・ザウエルのP320だ。弾丸は45ACPを使う。俺が現役だった頃に、ずっと使っていた型番だ」

「今は使わないのでありますか?」

「必要があれば、そうするが、それが嫌で俺は教官をやっている」

「そうでありますか、失礼しました」

 五回も同じ作業を終えてようやく、柴田はシューティングレンジに立たされた。

 目の前にはテーブルがあり、奥を見れば白色の丸いターゲットが置いてある。

「距離はおおよそ二十メートルだ。柴田、拳銃を握って右腕をまっすぐ伸ばせ」

「こう……で、ありますか?」

「そうだ、トリガーに指をかけるな。狙いのつけ方は?」

「は、照門と照星を使うのであります」

「左手を添えろ。いいか? 直線の右腕は押す、軽く曲げた左は引く。そうやって銃を固定したら、グリップを軽くしろ。全身の力も適度に抜け」

「……難しいであります」

「いいからやれ。よし、安全装置を外せ、指をトリガーに……いいか、引くことを意識するな、引き金トリガーは絞れ。まずは一発、狙ってみろ」

「はい」

 それほど気負わず、言われた通りにやってみて、とにかく一発撃ってみた――が、外れた。

「感想は?」

「反動の強さ……いえ、向きでしょうか。それと思ったよりも音が大きかったのであります」

「ん、当たっただの外れただのを言わないだけ、お前はマシだ」

「そうでありますか」

 とりあえず撃てと言われたので、感覚を研ぎ澄ますよう、どんなものでも掴んでやれ、くらいの意気込みで撃ち終えれば、思ったよりも力んでいたのか、吐息と共に躰の力が抜けた。

「終わったら弾装を抜いて、スライドを戻して安全装置をかける――よし。屋内の射撃訓練だ、イヤーマフを使え。それと、リズムを忘れるな。今日は少なめで千発用意してある」

「はあ、少なめで」

「そうだ。弾装は追加で四つ与える、それぞれ十発ずつだ。そうだな……十発中、三発以下しか当たらないのが二回続いたら、休憩しろ。集中しきれていない証拠だ」

 わかりましたと言った柴田は、まず弾丸のケースを受け取りに行き、それをテーブルに置くと、予備弾装に弾丸を詰める。

 そうして、初日は千発を撃ち終えた。

 ――問題は、夜であった。

 筋肉痛なのか、そうではないのか、躰のあちこちが軋むような痛みがあり、なかなか寝付けない。加えて眼精疲労なのか、目が開けていられなくなったので、タオルを水で濡らして、まぶたの上に置いて軽減する。

 だが、柴田は知っている。

 こんなのは初日だけで、慣れればどうということはないと――走り込みでそれを教わった。

 そうとも。

 翌日、三千用意しておいたぞと、その手配を褒めろと言わんばかりの教官の態度だって、わかっていたはずなのだ。

 一週間、ひたすら撃った。

 二週目に入ると、標的を八つにされ、番号が投影したものから順番に撃つ訓練に入る。途中からは、厭らしくも、七つしか表示されない、なんて罠もあったりと、躰で覚えたことを頭で処理するような時間だったのは確かだ。

 三週目からは、片手撃ちを左右でやらされ、続いては速射の訓練。

 一つのことを言われて、三つを理解したところで、それが実力と見合わなければ成功はしない。ゆえに、繰り返すことで覚える。

 一ヶ月後には、専用施設での屋内戦闘訓練が行われた。五つある出入り口の一つから突入し、適時表示される赤色のマークを撃ちながら、自分が撃たれないようにしつつも、探りを入れながらの行動だ。

 三ヶ月目には、狙撃銃を手渡され、中距離狙撃の訓練に入る。段階を経て距離を伸ばすが、柴田の必中距離はそれほど伸びなかった。

「――なんだろうなあ」

 六百も撃った頃合いに休憩時間。珍しくというか、観測手スポッターをしてくれていた教官が、珈琲を片手に口を開く。屋外だが雨も降っておらず、条件コンディションとしてはそれほど悪くはない。

「お前は目が良いから、千二百ヤードくらいは当てそうなもんだが」

「そう言ってくれるのはありがたいですが、どうも、距離が開くと実体を掴みにくい――と、そういう感じがするのであります」

「おう、良いか悪いかはともかく、そういう感覚は忘れるな」

「はい。……ところで教官殿」

「どうした?」

「今頃、このような質問で恐縮ですが、更生のために、このような訓練をしているのでありますか?」

「本当にようやくだな。いや、――してるわけねえだろ」

「……ですよね?」

「せいぜい、二ヶ月の基礎訓練だけだ。更生に従順であるのなら、そこからは施設の掃除、まあいわゆるボランティア作業なんかに従事させる。優良者で三ヶ月、間抜けなら半年」

「格闘訓練もなしでありますか?」

「警備部に所属する連中は、半年の間に格闘訓練は済ませる。最低限は必要だし、定期的な訓練もスケジュールに組み込まれる場合が多い。その中でも、銃器の扱いに関しての訓練は条件付きで数名ってところか。そいつらだって、一日百発も撃てば多い方だ」

「……、え? 自分はなんでこんな訓練をしているのでありますか?」

「来月からは爆発物の取り扱いだぞう。失敗すると腕が吹っ飛ぶから楽しいなあ?」

「いや、もうそれは構わないのですが、そろそろ理由が知りたいのであります」

「簡単だ。運が悪かったアンラッキー、――それだけ」

「はあ……なるほど」

「それは冗談にしても柴田、お前は本土に戻るのか?」

「――いえ、今のところはまったく考えておりません。さすがに、そこまで先の現実を想定しようとは思えませんし、自分はあの時に死んだものと思っております」

「……一応、聞いておく。殺された友人ってのは、どう捉えてる?」

「お調子者ではありましたが、やや異端だった自分と、対等でいてくれた友人であります」

「そうか。異端なあ……確かに、一般じゃそうなのかもしれん」

「教官殿から見れば、ただのヒヨっ子でありましょう?」

「それなりにところはあるが、こっちの業界じゃ、そう珍しい部類じゃあない。まあ覚えておいて損はないだろう、ここで暮らして仕事をしていくならな」

「そんなものでありますか。しかし、教官殿の負担もそれなりにあるのでは?」

「ん? いや、俺はお前以外を受け持っていないから、そう大変でもねえよ。銃器関連でちょいと顔を見せて、腕を組みながら難しそうな顔をするのが、俺の仕事だ」

「はて、自分は最初から教官殿が見ていてくれた気がしますが?」

特別扱いスペシャルだ、嬉しいだろう?」

「ちっとも上達しない自分には、もったいないと思いますが」

「なんだ、ヘタクソの自覚はあるんだな」

「誰かと比較するような生き方は知りませんでしたが、教官殿に敵わないのは痛感しております」

「もう現役じゃねえが、お前らヒヨッ子にやられるような俺じゃねえよ。必中距離は?」

「はあ、今のところ700から900までを調整中であります」

「R99ブレイザーで900だと、狙撃手に怒られるぞ。338ラプアなら最低千ヤードは当てろ、なんてな。拳銃ならば必中距離に近づくことも難しくはないが、狙撃は否応なく長距離を前提にする場面に出くわす。市街地――いや、この都市に限れば、外洋に標的がなければ、700も当てれば充分だろうがな」

「それが訓練をしない理由にはならない、でありますな!」

「そうだ。目を使い過ぎるなよ柴田、目が良いから頼るんだお前は」

「はい、射撃訓練でだいぶ痛い目に遭いました」

「良いことなんだが……ついでに、外を出歩く時はアイウェアをつけろ。それでだいぶ緩和される」

「アイウェア、でありますか? サングラスのような?」

「偏光とUVカットを前提にしたものだ、景色自体はそう暗くならねえよ。ほれ、スポーツ選手が使ってるだろ、ああいうのだ」

「ああ、どこかで見たことがあります」

「手配しておいてやる、喜べ」

「……追加の弾丸があるのですか?」

「小賢しいな貴様は! 素直に喜ばんか! ――追加はあるが」

 あるじゃないか、どう喜べと。

 そして、柴田がここへきてから九ヶ月目、爆発物の取り扱いの訓練を行った。

 本格的な座学時間の到来でもある。

「で、こいつをこれで代用すれば時限式もいけるだろう?」

「しかし教官殿、それだと爆破規模が小さいのでは?」

「要は使い方だ、こいつを引き金にしてだな――たとえばこの建物の場合はな?」

 まったく、それはそれは物騒な話である。

 それにしても。

「教官殿は、いろいろなことをご存知でありますね」

「昔取った杵柄ってやつだ。どうした、ついに俺をやり合いたくなったか?」

「そんな機会は今後ありません」

「詰まらんやつだ。といっても、まあ現役を引退して長いからな、そうやりはしねえよ。だがな柴田、俺は俺の知ってることしか教えられん。教える側よりもむしろ、教わるお前の方に適性があったんだろう」

「はあ、少なくとも弱音を吐いて辞めることはありませんでしたが」

「それなりに結果を出してる。うちの社長をやってる村上むらかみが、お前の考課表を読んで頭を抱えてたぞ」

「は、それは何故でありますか?」

「うちじゃ使えねえってな、ははははは!」

「よくはわかりませんが……」

「単独で突出した戦力なんてのは、持て余すに決まってるだろうが。今はわからなくていい、気にするな。どうせお前は、警備部じゃ扱わない」

「就職先の話でありますか」

「爆発物の扱いもこれで免許くらいは取れるだろ。俺の知ってることの中でも、最低限は教えてやった。どちらにせよ、お前の身柄は明松かがりが持ってる」

「それはそうですが」

「というわけで、お前そろそろ表に出ろ。いいな?」

「はあ、そう言われれば、わかりましたと頷くしかありませんが」

「不安はあるか?」

「ありません」

 昔から、そうだ。

「自分はどうも、不安や恐怖をあまり感じないのであります」

「そいつは知ってる――が、覚えておけよ柴田、それは自分に対するものだけだ。他人に対するものは、その限りじゃないからな?」

「はあ」

 そんなものだろうかと、頷いておく。

 それが実際に理解できるのは、もっと先の話だ。



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