第5話 今日のお仕事2

 この都市に柴田が訪れて、おおよそ半年後にあったサバイバル訓練の話を軽くしたら、へえと、黒鉄くろがねイッカは目を丸くして、外周の手すりに背中を預けた。

「そんなことがあったんですねえ。というか、その頃にはもう、他種族がいるってことを知ってたんですか?」

「知識だけ、警備部で教えてくれたんですよ。半分は、俺がやった失敗に関連することだったから、戒めの意味もあったんでしょう」

「うん、とりあえず話し方がその頃から丁寧だってことは、わかりました。チェシャ先輩とは、じゃあ、それから付き合いがあったんですか?」

「いえ、それから半年くらいは、顔を合わせていませんでした。サバイバル訓練はそれから三日くらい続いて、戻ってすぐに銃器の訓練に入りましたから、一年はほとんど外の状況を知らずにいたようなものです」

「一年……もしかして私も、先輩に助けられなかったら、そういうルートだったんですかね」

「俺が助けたわけじゃないですよ、それは結果論です。それと、学業と並行してやるのは難しいかもしれませんが、ある程度は警備部に顔を出して訓練を受けておくと、心証は良くなりますよ、イッカさん」

「んん、あとで楽になるなら、それも選択肢の一つなんですかね」

「そんなものです――っと」

 柴田は手すりから海を見ていたが、三歩ほど下がる。海側から姿を見せたチェシャが、手すりを足場にして、軽い跳躍と共に着地。

「おかえりなさい、チェシャ先輩」

「ん。――どうせ、余計なことを話してたんでしょ」

「え? サバイバル訓練をしてたって話だけですよ? 寝所を作る苦労や、食料の確保の難しさ、それと水の重要性――って感じですか」

「そうです」

「ふうん……?」

 不満そうな顔を向けられたので、柴田は僅かに視線を反らした。なんで不満なのか、よくわからなかったからだ。

「それよりチェシャ、状況は?」

「ああうん、情報通り地下搬入口で遊んでた馬鹿どもに対して、第三者の介入を確認。あれ瀬戸せとの配下だと思う」

「でしょうね」

「――え? どういうことですか?」

「どうもこうも、ただの仕事」

「じゃなく、え? 警備部として介入するんじゃ……?」

「んなわけないでしょ。それなら、とっくに警備部の連中が来てる」

「ちょっと待ってください……私たち、警備部じゃないんですか?」

「立場の説明は面倒。もういいから、とりあえず現場行って、たまちゃんのやり方を見ておきなさい。いいね?」

「なんか釈然としない……」

「返事」

「はあい、いってきまーす」

 まったくと、チェシャは腰に手を当てて一息。夜渡よわたりで直接、珠都の影に移動したイッカの心配は必要ない――が。

「瀬戸の配下が始末をつけてからが本番ね」

「はあ、まあ、そうですが……俺の仕事がありませんね」

「私らが来なかったら、一人でやるつもりだったんでしょ?」

「そうですが――いたっ、どうして尻を蹴るんです!?」

「気に入らないから」

 どうであれ。

 チェシャは、行動を共にするようになってから、どうにも追いつけてないと感じている。確かに戦闘面では柴田よりも上にいるだろうが、それだって努力を重ねてこそだ。成長ならば、柴田だとてしている。

 だが、思考面に関しては、どうしても追いつけない。

 こうやって仕事を手伝うようにして行動したところで、どうにも、柴田の思考を先取りしているつもりが、ただ、ように感じてしまうのだ。

 柴田が作った解決への道を、こちらが歩いているだけのような。

 確かに――。

 手を貸してくれと言われない仕事ならば、柴田は、一人でも片づけるだろう。

 それがチェシャは気に入らないのだ。

 理由?

 そんなのは、何だっていい。

「三人目ね」

「何がですか?」

「補充員、イッカで三人目」

「ああ、そちらですか。そうですね、どうにも上は俺たちを部隊に仕立て上げたいようです。最低人員が四名ですからねえ……」

「いい迷惑?」

「どうでしょうか。少なくともそれは、俺が判断すべきことじゃないとは思っています。実際、チェシャや珠都たまつさんを俺が使っているわけではありませんし、俺が使われているわけでもありません」

明松かがり先輩はなんて? 一応、今は直属の上司でしょ?」

「はあ、明松さんは特に何も。好きにしろとは、以前言われましたが、部隊がどうのと、そういった話はありません。少し前に体術の訓練をしてくれたくらいですかね」

「先輩はそういうとこ、放任主義だなあ……」

「文句がないのは良いことです」

「ん。でも、イッカはどう? 以前の二人と違って、持ちそう?」

「持つかどうか、それを決めるのも俺じゃないですって。最初の一人は都市の外に行きましたが、二人目は警備部でまだ働いていますし、単に肌に合わないって感じだと思いますが」

「肌に合わせろとは言わないのね?」

「その努力を押し付けるのなら、歩み寄る努力も俺がすべきでしょう?」

「やり方を変えるつもりはない――か。まあ、それで仕事ができないんじゃ本末転倒だろうし」

「……もしかして、俺の態度ってキツイですか?」

「え? いや、それはないと思うけど……どうだろ。私はもう慣れてるし、たまちゃんは気にしないから。――説明不足だとは思う」

「どこまで説明すべきかは、迷いますよ。この仕事にしても、地下搬入口で騒ぎを起こしていた人たちが撤収した時点で、本来ならば俺の仕事は終わりです」

「それ、私と初めて仕事した時も言ってたもんねえ……」

「なんで睨むんです? また蹴る気ですね? チェシャ、昔より短気になってません?」

「べっつにぃ」

 実際にはこの時点で仕事を終えてもいい。

 だから、今やっているのは、個人的に思うところがあっての行動、となる。

 今ならわかるが、柴田にとってはこれこそがメインだ。

「そういえば、初めての時も地下搬入口でのトラブルでしたね――何故近づくんです?」

「蹴ろうと思って」

「なんでそうなるんですか……」

 当時を思い出すと腹が立つからだ。

「まあ、今回のは私が持ってきた情報なんだけどさ」

「助かってます」

「ん。ここまでは私も予想してたけど、こっから先は?」

「イッカさんと珠都さんには、思い余ってやり過ぎないよう、改めて釘を刺しておかないといけませんね」

「あんたは……」

 腰の裏にあるホルスターから拳銃を引き抜き、初弾が装填されているのを確認してから、改めて安全装置を落とす。

 初めて触れた拳銃で、シグ・ザウエルのP320。45ACPが10+1発のモデルだ。柴田にとっては、かなり使い慣れた銃でもある。

「そういえば、たまちゃんと知り合った時は狙撃銃も使ってたっけ?」

「五発の338ラプアですが、R99のブレイザーですね。俺の腕前だと必中距離はせいぜい800ヤードくらいなものです。銃の性能にかなり助けられてこの数値ですから、専門の狙撃手には怒られますよ」

 所持、使用の許可は得ている。実際に使ってもきた。

「それでも結構上手いよね」

「ありがとうございます。丁度、サバイバル訓練を終えてからの話になりますが、時間もありますし、聞きますか?」

「ん。じゃあ、暇潰しついでに」

「ええ――まあ、俺にとっては、正直に言って地獄みたいに感じましたけどね」

 死にたいと思った回数は、あれで一気に増えた。

 というか、なんで数えているのか、そんな理由も忘れてしまったくらいだ。



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