第3話 サバイバル訓練1

 ちょっと無人島でバカンスでもどうだ――そう言われた時点でそれ訓練で間違いないな、と強く頷けるくらいには言葉の内容を受け止められたので、わかりましたと頷いて、敷地内で稼働を始めた輸送ヘリチョッパーに乗り込むと、到着まで二時間はかかると言われた柴田しばた剛史つよしは、腕を組んでうつむくようにして、――眠りに入った。

 寝る時に寝る。

 決して、どうでもいいわけではない。

 だが、しばらくして頭を叩かれる衝撃で目を覚ました。

「んあ」

「ぼけっとしてんなよ、柴田」

「――香奈子かなこ先輩」

 長身で世話になっている女性の先輩が、柴田の前に立っていた。思わずシートから立ち上がろうとするが、肩を叩かれたので、そのまま座る。

「どうかしましたか?」

「大口開けて寝てるんじゃねえよ」

「……もうすぐ到着ですか」

 うつむいていたのは最初だけだったらしい。

 周囲を見ると、少女がもう一人同乗していたが、知らない顔だったので、別の仕事でもあるのだろうと、意識から外しておく。

「ほれ、荷物」

「ありがとうございます」

 だから座ったままで良かったのかと、渡されたリュックを開いて中身を座席に一つずつ置いていく。

「確認、よろしいですか」

「ん」

火打ち石フリント、ナイフ、予備ナイフ、ロープ、小型の鍋、水のボトルは中身入り、――以上です」

「結構」

 間違いないのを確認してから、またリュックの中に入れ、ジッパーで閉じる。それからハーネスを渡されたので装着したら、どういうわけかもう一人の少女も似たような装備をしていた。

 ――はて。

「もう上空を遊泳中だ、二分後にロープ降下。経験あったっけ?」

「ありませんが、マニュアルは頭に入れているのであります」

「はいよ。しばらくしたら迎えに来るから、バカンスを楽しみな」

「諒解であります」

 しばらくするとホバリングを始めたヘリの扉が開き、ロープが落とされる。確認し、ハーネスにロープを固定してから、香奈子を見て頷きを一つ。

「降下開始します」

 両足を前へ投げ出すようにして降下、目視で一メートルほどの余裕を持ち、跳ねるようにして着地した柴田は、すぐにロープを外してしゃがみ込み、周囲を見渡した。上からもう一人の降下があったので、低姿勢のまま移動――そして。

 ヘリを、見送った。

「……? 失礼、そういえば」

「ああうん」

 まだ幼さを感じる少女がハーネスを外し、吐息を一つ。

「どういうわけか、サバイバルくらい経験しとけって放り込まれたの。よろしく、チェシャ・ラッコルト」

「自分は柴田剛史であります。こちらこそ、よろしくお願いします」

「うんお願いされてもね? 私はそっちに任せきりだから」

「そうなのでありますか?」

「正直、興味本位くらいしか知識がなくて」

「……わかりました」

 本当にそうだろうかと、疑念は内に抱いたまま、柴田は頷いた。

「では、どうしますか?」

「どうって、なにが?」

「失礼、言葉が足りなかったようです。自分はこれから、地形把握のため、高台に登るつもりでありますが、ラッコルト殿はどうなさいますか?」

「ああそう……ん、わかった、付き合う。必要だろうしね、先導はお願い」

「は、諒解しました」

 降りたのは海岸線。降りれないことはないが、崖になっており、高さは三メートルはあるだろう。波が打ち寄せているので、それなりに危険だ。

 時刻は〇八〇〇時、外したハーネスはリュックの中に入れ、森の中に足を踏み入れた。

「柴田、事前情報いる?」

「は、どんなものでしょうか」

「この島、警備部が所持してるサバイバル訓練用で、外周がおおよそ十キロ」

「ありがとうございます。それなりに広いですね、同じ場所をぐるぐる回らないよう気をつけます」

 太陽の位置だけは気にしつつ、柴田が先頭で向かう先を決める。

「なんか気をつけることある?」

「そうですね……では、ご存知かもしれませんが、一通り。サバイバルで必要なものは、水と、食料と、シェルターです。今回は救難信号を出す必要はなさそうなので、この三つで充分でしょう」

「じゃあまずは、水の説明を」

「食料よりも、水は重要です。水がなくては三日、食料がなくては三週間と言われていますからね。逆に言えば、水の確保に関しては多くの方法があります」

「雨を待ったり、川を探したり?」

「竹の節に溜まった水も、そのまま飲めますよ。しかし、余裕がある内は基本的に、煮沸した水に限定しましょう。腹を壊したバカンスはつまらないですから」

「川の水も駄目なの?」

「比較的安全だと思われがちですが、上流に動物の死骸が落ちている可能性があるので、そのまま飲むのは危険です。雨水は良いですが、たまり水でもろ過をした方がいいですね」

「なるほどね。まあ、ベースを作ったら、それほど移動しなくてもいいだろうし」

「ええ、このあたりも水が必要な植物が多いですから、そう難しくはないでしょう。あとで川も探します」

「地形把握はそういう考察も含めて?」

「そうなります。シェルターの場所を決めるため、でもありますが。食料に関してですが、植物、きのこ、そうしたものは止めましょう。危険度が高すぎます」

「食べられる草とかも?」

「はい。自分もいくつか覚えてはいますが、きのこ同様に、類似しているものが多くあります。魚が獲れるでしょうし、それほど食べ物には困らないでしょう」

「そこらは任せた。これでも我慢できるから」

「諒解です。次にシェルターですが、これは場所を決めてからの作業ですね」

「条件は?」

「風雨を凌げて、野生動物を回避できる場所、ですね。自分としては、岩場よりもこうした森の中の方が作りやすくはありますね――ああ、竹がありました。これで難易度はかなり低くなります」

 もっとも、あるだろうとは思っていた。柴田が所属している警備部のご用達ならば、難易度がそう高くはないと考えていたからだ。

 何故って。

 死人が出ては、訓練にならない。

 ――だとして?

 会話がなくなると、足を進めながらも、ぼんやりと頭を回転させていれば、川の音が耳に入ったので、方向を少し変える。

 しかし。

「川……」

「ですが、滝でしたね。四メートルくらいありますか……」

「登る?」

「初日ですし、迂回しましょう。岩山の方がよっぽど登りやすいですよ」

「滑るもんね」

「ええ。時間があったら、どこで海と合流するのかを見ておきたいですが、まあ、明日でも構わないでしょう」


 そうして、迂回するように時間を取って、おおよそ到着から一時間後に、彼らは開けた高台の上にいた。


「……ほとんど森だ」

「そのようですね。――ああ、あちら側は砂浜になっているみたいです。ゴミも漂着しているでしょうから、しっかりしたシェルターが作れそうですね。失礼、ちょっと休憩にしましょうか」

「そうね」

 改めて、隣にいる柴田の顔を見れば、どこを見ているかよくわからないような、ぼんやりとした表情をしていた。筋肉質であり、躰が大きいのは、訓練の成果か。

 近くにあった石に腰かけたチェシャは、ボトルの水を飲む。まだ半分以上は残っているので、それほど気にしなくても良いだろうが、補充は常に考えるべきだ。

「どこらにベースを作るの?」

「そうですね、とりあえずは森の中にしましょう。移動時間も場所の把握ができれば問題なさそうですし、森の方が素材を集めやすいんです」

「……、……それだけじゃないって、顔に書いてあるけど?」

「ええまあ、確かにそうです。食料に関しては少し我慢をして下さい。蛇でも捕まえられれば手頃なんですが――そういえば、ラッコルト殿は何か食べられないものなど、ありましたか?」

「文句は言わないし、だいたい大丈夫よ」

「わかりました。では中間地点を取りましょう。やや川寄りで、海もそう遠くなく、竹が群生していた付近――どうでありますか?」

「ん、諒解」

 では行きましょうかと、今度は違う経路で移動を始めた。

「手慣れてるね」

「楽しんでいるのは確かでありますよ。昔、サバイバルの番組を見ていたことがあります。半分はテレビショウでしたが、面白くてよく見ていました。その影響です――実際にやるのは初めてなので、失敗はご容赦ください」

「そりゃこっちも同じ」

「そうですか」

 森の中に戻って移動した先、周囲を見渡しながら立ち止まった柴田は、木の間がおおよそ二メートルはある場所にリュックを置いた。

「ここにしましょう」

「ん。理由は?」

「そこにある二股の木には、足場さえあれば簡単に寝床が作れます。逆のこっち側は、ハンモックのようなものが作りやすいかと。ロープをここに置いて、目印にします。自分は竹を中心に材料を集めます」

「じゃあお願い。私はどうする?」

「そうですね……では、ここから川と海へのルートを確認していただいて、枯れ木を集めて下さい。夜間であっても、動物避けの意味も込めて、火は必要になるでしょう。余裕があったら、食材でも」

「はいはい」

 同じく、チェシャもロープを置き、二人はそれぞれ別行動になった。

 柴田は竹が群生していた地帯へ向かいながら、考えを巡らす。可能な限りの最悪と、現在の状況、そして、これからどうすべきか。

 目の前のやるべきことは、もちろん、シェルターの作成だ。いわゆる寝床、雨除け、風避けなどの設置だが、そんなものは手を動かせばいいだけの話で、あまり考えなくてもいい。

 現実は、見なくてもわかる。

 だからその先を見る。

 竹は五センチほどの直径を選択し、ナイフを当ててその背中を石や木で叩いて、削るようにして切断する。長さもせいぜい、二メートル前後でいい。

 実際にそれらを運ぶ時も、一気に背負うのではなく、何度も往復を行う。面倒にもなるが、周囲の観察もできるし、そもそも同じ作業の繰り返しを柴田は苦に思わない。

「柴田」

「はい?」

「枯れ木集めてるけど、これ、簡単に火が点くの?」

「ああいえ、段階を踏まないと難しいかと。まずはファイアスターター、火打ち石の火花で燃えるようなもの。それから小枝や発火性の高い木、そして枝ですね。いざとなれば、木の表面を削って粉にしても良いと思います」

「そこらも見ておくけど……雨、降ったら消えるよね」

「点火用のものは、多く集めて雨の当たりにくい場所に保管しておきましょう」

「そうね」

「――そうだ。砂浜にロープが落ちているようなら、拾っておいてください。自分も確認に出ますが」

「はいよ。持たされたロープは?」

「なくなって後悔するよりは良いとの判断であります」

「ん。あと口調が堅苦しい。私は警備部じゃないから」

「はあ、気をつけます」

 二時間ほど作業を続け、竹と木材の調達が済んでから、柴田はベースとなる場所で材料を確認。実際の完成図を予想することで、数があるかどうかを確かめるのだ。いざ作ろうとして、材料が足りないなんてことはよくあるが、であればこそ、そうした行為には疲労がつきまとう。

 大丈夫そうだったので、その足で砂浜方面へと移動した。

 海岸に着地したよう、やはり砂浜に降りるためには崖がある。ロープがあれば万全だろうが、足場を探せばそれほど難しくはない。

 そして、やはりというべきか。

 漂着物というのは、やはり、どんな場所にもあるものだ。

 ――サバイバルにとって。

 これほど、ありがたいものはない。


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