第2話 普段のいつもの訓練風景1
何をどれほど言い訳しようとも、ルールを破った者には厳罰が下される。
何故か?
簡単だ、ルールを破ったら、ルールに守られないからである。
友人と二人で来ていて、どうであれルールを破って。
肩と脚、二発の弾丸を身に受けた友人は行方知れず――いや、死んだのだろう。けれど、彼は。
ルールを知っていて、破った者。知らずに破った者。罪に重さがあるのならば、間違いなく前者の方が重いはず――であるのならば。
鉄格子の独房に入れられ、まだ生きている柴田は、状況を飲み込めてはいなかった。
――故に。
足音と共に現れた、おそらく自分よりも年下の少年であり、銃を撃った相手を前にして、ゆっくりと立ち上がった柴田は、深呼吸をするような間を空ける。
見た目では少年だろうが、存在が重い。威圧感があるというか、雰囲気が硬いというか、ともかく侮れない感覚があった。
ただ、昔からそうであるように、柴田は恐怖を感じない。
「質問が?」
「――どうして、俺は生かされているんだ?」
「これから、一人称は〝自分〟を使え。それと敬語。どうしてだって? よくいるんだよ、そういう野郎。同じように戦場へ配備され、同じ仕事をしていながら、どういうわけか相方を失って、なんだあいつなんだ、どうして俺だけ生き残ったんだ――そう、考える。俺もかつてはそうだった」
煙草に火が点けられれば、一気に見た目が変わる。まるで会社に二十年は勤めた重鎮のような雰囲気だ。
つまり、何かが変わったわけではなく、煙草を吸う姿が似合い過ぎていた。
「だがな、結論はいつだって足元に落ちてる。運が良かった、
「そ、……それ、だけ?」
たったそれだけの差で、友人は殺され、柴田は生きている?
「なんだ、それは……」
「納得も理解も求めていない。さて、次はこっちから質問だ。お前は生きたいか?」
「……、……わからない」
「そうか」
はっきり言って、死を間近にしたのにも関わらず、生き恥を晒していいのかどうか、死ぬことが償いになるのか、そんなこともわからない。
だから。
「ここで殺されても文句は言わない……」
「
言っている意味がわからなかった。
「……は?」
「生きるのも死ぬのも放棄したんだ、あとは俺が勝手に決める。いいか、俺が命を返すまで、お前は何があっても生き続けろ。死ぬことは許さない、どう足掻いても生きろ。そのために、できることはすべてやれ」
「……」
「返事」
「は、はい」
「これから一ヶ月、死にたいと思った回数を覚えておけよ」
何を言っているのかよくわからなかったが、それはすぐ、現実のものとなった。
しばらくして迎えに来たのは、初老に近い禿頭の男性であった。
「出ろ、新米。今から貴様を更生させる、クレイだ。俺のことは教官と呼べ」
「はあ……教官さん?」
「返事は〝はい〟だクソガキ! それから目上の相手には
「は、はい! 教官殿!」
「腹から声を出せ!」
「はい!」
「出ろ!」
その日、そのままの姿で。
屋内訓練場の中を、柴田は意識を失うまで走らされた。
一定速度で、リズムを刻むように走る。
朝は五時に起床、顔を洗って歯磨きをして、〇五二〇時から七時まで走る。
そこから朝食は三十分、その間に便所も済ませ、七時半からは筋肉トレーニング。腹筋、背筋、腕立てを百回ずつ1セットとして、教官が来るまで続ける。
そして、昼までまた走るのだ。
初日は本当に、倒れるまで走らされた。意識が戻った時、飯を食えと言われても固形物が喉を通らず、それで後半戦に突入したものだから、ハンガーノックにかかって躰に力が入らず、死ぬかと思った。
それからは無理をしてでも食べるようになり、走っている最中に消化が間に合わず吐いたのは、二日目だったか。ついには胃液と一緒に血が混じるようになり、痛みで死にそうになった。
あと二日目の起床時に筋肉痛で便所へ行くのも難しく、いっそ殺してくれと思った。
――ともかく。
柴田には、一切の弱音を禁じられていた。もうやめる、無理だ、そんな言葉を口にしたら身動きできなくなるまで殴られる。そして、殴られたあとに同じノルマを達成しなくてはならないのだから、殴られるだけ損だ。
文句は言わないようにした。
たとえ、腹筋を八十回やったところで教官が顔を見せて。
「よし、俺が数えてやろう。今は何時だ? そうかまだ九時か。では九からだな?」
なんてことを言われても、黙ってそれに従った方がいい。
一ヶ月はずっと走りっぱなしだったろう。けれど二ヶ月目に突入した頃、数冊の
この頃には走るのにも慣れていたが、いい加減飽きていたのも事実で、年齢的には大学一年だった柴田は授業なんてものは退屈で嫌いだったが、走るよりはマシだ。
だが、始まって早早に。
「教科書は読んできたか? ――渡されて読んでもないなら授業にならん! 外でも走ってろクソ間抜け!」
なんて言われれば、理不尽なんて単語を脳内辞書に登録したくもなる。
言われることをやれ、そういう一ヶ月だった。
二ヶ月目からは、そに加えて、言われないこともやっておけと教わった。寝る前の休憩時間や、就寝時間を過ぎても電気が点いている共用便所で隠れるようにして、渡された教科書を読んで頭に叩き込む。
そして、三ヶ月目からは格闘訓練に入り、走り込みの時間が減った。
代わりに怪我が増えた。主に顔面を容赦なく殴る教官のお陰である。
もうここまでくると、柴田にとっては当たり前の生活になりつつあった。ほとんど外に出ず、訓練施設と寮を往復するだけの毎日。やっていることは変わらないけれど、それを退屈だと感じても顔には出さなかったし、退屈が嫌いになることも減った。
――そして、先輩たちとの交流も増えた。
この都市の警備を担当する者たちが使う施設らしく、巡回や問題の解決など、そうした仕事をしている先輩たちの中でも、外ではなく寮で暮らしている人たちがおり、夕食の時間などには会話もした。
訓練を上手くやる方法や、こっそり飴玉などの甘いものをくれたり、そういう交流を柴田も好ましく思えるようにはなったのだから、余裕ができてきたのだろう。
この頃の日課と言えば。
毎朝、鏡の前で鼻の位置が低くなっていないかどうかの確認があった。顔の形が変わるんじゃないかと、そのくらい殴られていたからだ。
そう、まだ殴られるばかりで、避けることもできないほど、未熟だと痛感する毎日である。
ちょっと避けられるようにもなったか、といった頃にはもう、刃を潰したナイフを利用しての訓練も追加された。基本的な扱い方、投げ方、戦闘での利用法、座学で覚えたことを交えながら、その身に覚えろと叩き込まれる。
たぶん、五ヶ月目のことだったように思う。
地面に座ったまま、立ち上がれない柴田は投げ渡された水を飲み、ついでに怪我をした部分の血を軽く洗い流すようにしていたのだが、ふいに、教官であるクレイが口を開いた。
「現実を見ろ――なんてのは、よく言うし、俺も貴様に言ったな?」
「は、覚えております」
「これは実際、俺が現役だった頃、心に留めていたことなんだが――昼の光景が、目を凝らさずとも見えるように、現実なんてのは意識せずとも、そこにあるものだろう? 嫌でも見えるのが現実だ」
「そう言われれば、そうですが」
「だから柴田、それがわかったのなら、現実よりも先を見ろ。先を見たのなら、何が現実になるかを考えろ。……言っている意味がわかるか?」
「なるほど、つまり、鏡の前でいつも光っている頭を、毎日確認しても変わらないので、育毛剤が発達する未来を考えろと、そういうことですね? ――何故蹴るのでありますか!?」
「よーし休憩終わり、動けるなら続けるぞクソッタレ」
もちろん、内容は理解できた。その上で、このくらいの冗談が言えるようにもなった――まあ、そこからの訓練内容は酷いものだったが。
――ちょうど、半年になった頃だ。
毎日のように続く訓練が、少しだけ様子を変えた。
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