疫病神×魂を狩る災厄

「いってぇ」

 ヒビキはレイヴンの戦闘員に連れてこられた場所で呻く。もう拘束はされていないが、ここまで来るのに暴行は受けていないものの、それに準ずる行為をされた。ここまで道中モノ扱いなので、あちこち体をぶつけている。レイヴンのアジトに連れてこられたようだが、当然どこだか分からない。

(幸せな時間が一転どん底だな)

 すこし忘れていたが、結局のところ不運は健在だ。なんとなく感じていたものが、理解できた。【呪いのカラミティ】に乗ると、不運不幸が吸われる。1日から2日程度なら幸運が舞い込んでくる逆転現象が起きるということだ。

 ただやはり幸せは続かないということだろう。理不尽なぐらいあり得ないことが起きる。とはいえ今回ばかりは、調子に乗って出歩いて、年下の女の子たちと遊び歩いた自分が悪いと反省した。置かれてる状況を真剣に受け止めていなかった。カラミティに再会したら謝ろう。ヒビキは反省した。

「結局捕まったのか。バカだな。」

 ヒビキが転がされた場所の側近くから聞き慣れた声がした。ヒビキが顔だけ向けると、何かの魔法陣か結界の中で拘束されたカラミティがいた。

 その彼が、嘲笑したような顔つきだったので、反省は即座に撤回した。

「お前が外に出なければ起きなかった事態だろ」

「何に呼び出されたのか知らないけど、外に出た君が悪い!」

 脊髄反射で文句を言い、売り言葉に買い言葉。言い合いのおかげで、身体の痛みがいくらか遠のく。気がするだけだ。本当は痛い。

 ただ心は痛いとは思わない。ここ最近、喧嘩する相手もいなかった。誰か吐き出す相手がいるというのは、ヒビキにとっては嬉しかった。若い、というか3歳児には分かりそうにないことだろうと思う。

「その結界にいる限り、【呪いのカラミティ】は呼び出せないってことか」

「そうだよ」

 ヒビキの言葉にカラミティは刺々しい反抗的な声音で返事してくる。ちょっと面白い。それぐらいヒビキに余裕が出てきた。相変わらず体は痛い。

「そうか」

 痛みに浮かされながらヒビキは答えた。やせ我慢で立ち上がろうとして、やっぱり膝を着く。這いつくばってでもカラミティの側に近づく。

「何をする気だ」

 半笑いで近づいてきているヒビキに、カラミティもおかしいと気付く。

 ヒビキの方は、カラミティの側に近づいたことで魔法陣の発するプレッシャーのようなものを肌で感じることができた。もう一度だけ痛みに耐えながら立ち上がり、摺り足で結界に近づく。

「バカ! やめろ!」

 カラミティは罵声混じりに制止しようとする。ヒビキは聞いていない。聞く耳を持っていない。近づくヒビキに対し、魔法陣の発する障壁は攻性防壁を発動する。火傷するような熱さやトゲに刺さったような鋭い痛みが、障壁に触れた体へと襲う。

「あああああああ!!」

 当然、ヒビキは悲鳴を上げた。こういう結界は負荷を与え続ければ破れる。長いこと生きていた中で、そういうのを見た気がした。それにヒビキへの不運不幸は、ヒビキを殺さない。自分から不運不幸を受けていく場合、死を遠ざける条件をクリアできるか試したことはない。駄目だったら、このまま眠らせてもらうだけであった。

「おい、離れろ! 自分が死なないとでも思ってるのか!?」

 さっきまで罵倒していた奴が泣きそうになっている。都合のいい奴だとヒビキは思う。ヒビキは別に一人で出歩いた詫びをしたくてやっているわけではない。身体が痛くて眠れないなら、いっそのこと死にそうな目にあって眠りたいと思ったまでだ。

 眠るときの意識のラグが自覚し始める。と同時に、結界が過負荷で割れる。電気ショートしたように、魔法陣の一部から火花が散って破損した。障壁を破ったので、預ける体重を失ったヒビキの身体は冷たい床に沈む。

 ヒビキが覚えているのはそこまでだった。


                 *****


 ヒビキを地下に放り込んだ頃、レイヴンは魔女三姉妹の長女に面会を受けていた。当然、ヒビキらが捕まっている場所とは別の部屋。傀儡戦闘員が周囲にいない状態だ。

 彼はヒビキを襲撃して失敗したことを知らないが、ヒビキが健在であるので、魔女らが失敗したことは明白であった。

 長女リリィは相変わらず黒いボンテージに仮面姿である。レイヴンは素顔を知らない。興味がない。

「何の用だ」

「カラミティの捕獲に成功したそうで」

 魔女らに情報を流した覚えはないが、カラミティ捕獲について始めから協力された覚えもない。彼女らには独自の情報網があるようだ。レイヴンは特に気にしない。

「権藤博士の最初にして最後、最強のマジン。負の力を原動力とするマジンを解き明かせば、人間はついに不老不死の方法を見つけ出す。俺の肉体も不滅となる!」

 元を辿れば、レイヴンの目的はそれだ。身体を鍛えようと、魔術を伸ばそうと、人間の寿命はたかだが80年前後。あらゆる研鑽をするのに人間の時間は、あまりに短いとレイヴンは考えたのだ。

 人類の誰もが持ち得ながら、その誰もが生命力として使えないのが負の力だ。【呪いのカラミティ】、ひいては人型マジンのカラミティがその秘密を持っていると考え、レイヴンは行動を起こした。

 あと一歩のところで、ヒビキという妙な男に邪魔され、戦力の一部を失った。恨みを晴らすのは十分な理由だった。魔女らが失敗したのも逆に好都合だった。自らの手でヒビキを始末できるのだから。

「一緒にいた男も捕まえた。貴様ら魔女は、あの男が目的だったな?」

「ええ。ここにいるのですか。」

 リリィは仮面に隠れて見えないが、様子を変える。喜んでいるような、笑っているような。

「彼の力は神の領域。運命変転とも呼ばれるような、超常現象の類です。」

 彼女はレイヴンに語るが、彼は興味を示さない。

「不老不死なんていう今更な理想に頼るなら、奇蹟を自在に起こせるほうが有意義ということです。」

 彼女はどこから出したのか、拳銃を構える。

「何の真似だ」

 レイヴンは動かない。彼とて魔術師だ。マジンに乗っていなくても、銃弾を防ぐことのできる障壁ぐらい張れる。一発銃撃を防いで、逆襲すれば問題ないと思っていた。

「貴方との協力もここまでってことよ」

 言って、彼女は銃を撃った。銃弾はレイヴンの胸へまっすぐ飛び、途中で障壁に防がれた。しかし銃弾は黒い気のようなものを広げ、レイヴンの反撃の動きを途中で止めさせた。

(バ、イ、ン、ド、か)

 対人相手の強力な拘束魔術。しかも喋れなくなるほどだ。呼吸困難に陥り、正面に魔術障壁を張れなくなるほど集中を乱される。結果、今のレイヴンに何かする余裕はなくなった。

「自己研鑽どうのこうのと言う前に、その慢心を来世でどうにかすることね」

 リリィは銃の2射目を放ち、確実にレイヴンの胸を銃弾で貫いた。いかに魔術師と言えど人間である。即死する場所をやれば殺せる。要は銃弾が当たれば、人間誰だって死ぬのだ。

(ヒビキさんと協力したかったところだけど、彼が捕まって隙ができた)

 と、リリィの中ではヒビキに感謝している。数時間前、未成年二人を連れて帰った後で、本題の話を詳しく詰められなかったことを思い出した。スマートフォンの電波逆探知で連絡を取ろうとしたところ、ヒビキの居場所がレイヴンのアジトに向かっていたことからできたことだ。

 レイヴンにとっては完全なる奇襲、初見殺しといったところだろうが、一瞬の油断が命取りの世界である。レイヴンが悪い。

 動かなくなったレイヴンにはもう用はない。リリィは部屋から出て、足早にヒビキが捕まっているだろう監禁部屋を探す。明かりのほとんどないアジトだが、リリィらの仮面は暗視機能を持つので問題にならない。また妨害もない。レイヴンが死んで、傀儡戦闘員は全員魔力の操り糸を失い倒れている。

 レイヴンのアジトは廃墟のカプセルホテル。部屋数が多いわけでも、。男二人が監禁できるような部屋を探せばいいだけだ。

 程なくして目的の部屋は見つかる。ほかとは違い、裸電球の灯りが点いている部屋だ。破損した魔法陣の中心にカラミティが縄で縛られており、魔法陣の側にはヒビキが倒れている。

 リリィはカラミティよりもヒビキの側に駆け寄る。数時間前に駅前で別れた時より傷ついているのが見て取れる。また、何か焼け焦げた臭いが漂っている。

「君は?」

 カラミティは直接リリィに会っていない。彼女が何者かはカラミティに分からない。

「そんなことはどうでもいい。レイヴンは始末した。彼の容態が心配だ。」

 カラミティにリリィについて説明する必要はない。ヒビキの様子が一番に心配だった。1日デートしただけで心を許してしまいそうになった相手を女として助けたい純粋で邪な思いからだ。ヒビキは息をしている。そばの魔法陣は結界に使われるものだ。守りに使う他に、捕まえた相手の行動を制限するために使われる。魔法陣内から出ることはできなくなるが、外からは攻性防壁となり、侵入しようとする者を害する。やり方さえ知っていれば、どんな魔術師にも使える基本魔術だ。状況的に考えて、ヒビキが力づくで魔法陣を破ってしまったのだろう。

 そんな無謀な事をした理由は、リリィには計り知れない。ただ、朝の駅で見た彼の笑顔や話す仕草を思い出して、この無謀な行動も彼の優しさだと勘違いした。

 リリィはカラミティの捕縛を解き、彼にヒビキを担がせて、廃ホテルを脱出する。ここまで乗ってきた車に乗れば、フレアやマオが眠りこけるセーフハウスに戻れると思っていた。

 だが、屋外駐車場で待機しているニアクロウが突然起動した。1機だけではない。2機目、3機目と次々と動き始める。ありえない。レイヴンは不格好なブリキ人形マジンを傀儡戦闘員数人の命を犠牲にして動かしていた。あるいはレイヴン本人でしか動けないはずだった。つまり本来なら、ニアクロウは動かないはずなのだ。

『魔女め。生きて帰れると思うな。』

 ニアクロウから発せられたレイヴンの声は、ご丁寧にリリィの車を機銃で破壊する。

「なぜ生きてる」

『人間の俺は死んだよ』

『これこそ俺が代替手段として考えていた結論だ』

 2機目に起動したニアクロウからもレイヴンの声が発せられる。

『不老不死の探求が誰かに邪魔された場合に我々は起動する』

『自己保存』

『我々は思考、人格をニアクロウに常にコピーと上書きを行う』

『こうして我々は永遠に生きる』

『永遠に探究する』

『永遠に研鑽する』

『破損すれば我々を増やせばいい』

『我々レイヴンで、この世界を満たせばいい』

 レイヴンの声はニアクロウそれぞれから発せられる。その数、13機。耳がおかしくなりそうな光景であった。人型マジンの存在も大概であったが、マジンを魂の容れ物にする魔術師も大概である。

(やばい)

 完全に予想外の出来事に、リリィは命の危険を感じた。こいつらはレイヴンの魂を持っていると自称するマジンである。自分たちが動いていればそれでいいと言っている。つまり、邪魔になるなら人間の命など踏みつぶしても構わないと言っている。

 それはカラミティにも理解できた。だから。

「【呪いのカラミティ】!!」

 なぶり殺しになる前に、カラミティはマジンを呼んで、マジンの中にヒビキを退避させた。自由には動けないが、大分マシである。ただその結果、リリィの安否を気遣えなくなるが、カラミティはヒビキの安全しか考えていなかった。

『呪いのカラミティ』

『もはやその存在も必要ない』

『破壊する』

 ニアクロウは【呪いのカラミティ】へと目標を変える。その場からほとんど動けないカラミティは、棒立ちで攻撃を受けるしかない。ニアクロウの火力が、【呪いのカラミティ】の装甲を傷付けないとしても、殴られて痛みを受けるのはカラミティ自身だ。しかしだとしても、足元で倒れるヒビキに比べればなんてことはないと我慢できる。

「痛くない。痛くないぞ。僕は、絶対に負けないからな!」


                 *****


 遠くで聞き覚えのある声がする。ヒビキは夢現のなかにいた。それは寒い冬の布団の中のように、起き上がるのが、抜け出すのが億劫なソレだ。

「ヒビキ様、あなたを呼んでいますよ」

 風吹の声がする。死の淵に立つのはいささか早い気がしたが、そう思わないくらい自らを痛めつけてしまったか。

 寝ぼけの目の先に風吹の顔は見えない。記憶の中にある、風吹の双丘がおぼろげに見えた。明るい日向、懐かしい家で、風吹がヒビキを膝枕してくれている。

 眠いなら眠ることができる。眠気を我慢して、風吹を抱き締めることができる。明晰夢というべきか、ヒビキはこの夢を自覚した。

 これは死が近い夢なんだ、と。ただ死が近いにしては、とても優しい夢だった。

「ヒビキ様」

 風吹の声がする。今までとても会いたくて、聞きたかった声だが、なぜか最近は聞くことも見ることもできなかった夢だ。そう考えると、自ずと答えを出せる。

 ただ、名残惜しい。夢の中で膝枕の感触を確かめ、片耳のイヤリングを両膝の間に埋めるようにヒビキは横になる。

「夢の中で会えるなら、俺は眠るよ。またな。」

「はい」

 ヒビキは眠った。風吹の優しい声が、ただひたすらに耳に残った。


                 *****


「痛くない。痛くないぞ。僕は、絶対に負けないからな!」

「うるせぇな」

 カラミティの強がりにヒビキは目を覚ました。すぐさま衝撃が彼らを襲う。

「あぁ、くそ、やかましいなおい」

「ヒビキ!」

 悲痛だが嬉し気なカラミティが声を掛けてくる。ヒビキは生きている。

 当然の話だ。ヒビキは死のうと思っても死ねない。ヒビキ自身の悪運がヒビキを殺させない。どのみち、ほっとけば目覚めるのであったのだ。

 しかし、今の状況はそこまでほっとけるわけではない。加えて、ヒビキのコンディションは依然として半死半生だ。頭痛はするし、体中がヒリヒリする。立ち上がることすら無理であろう。半身を起き上がらせることで精一杯だ。

 ニアクロウに対して反撃ができないのは同じだった。

『死ね』

『死ね』

『死ね』

 ニアクロウの単純な物理攻撃がカラミティの装甲を叩く。だが以前は悲鳴を上げていたカラミティは、痛みを我慢し、食いしばっている。

「レイヴンの声が複数聞こえるんだが、どういうことだ」

 当然だが、ヒビキは状況を把握できていない。

「女の人がレイヴンを殺したらしいけど、レイヴンは自分の魂をニアクロウに移植してたらしいんだ!」

 できるだけかいつまんで説明するカラミティ。ヒビキは理解できなかったが、要するに、目の前の複数のニアクロウには、レイヴンが宿っているらしいことは分かった。副音声の如く声を発するニアクロウで理解するしかない。

「そこまでして生きたいってわけか、レイヴン」

 ごく最近まで自暴自棄になっていたヒビキとは正反対だ。風吹に会いたいという欲望のための死にたいヒビキに対して、レイヴンはずっと生きていたという欲望があった。それは利害一致ではあったが、今は状況を許さない。

 カラミティの声を聞いて目覚めた方としては、自分のために我慢するカラミティのために動かなければならないと思った。

「【呪いのカラミティ】、お前と出会えてよかった」

 ヒビキは素直な感謝を述べる。出会って4、5日だが、短い間に辛くも楽しい時間を過ごせた。

「悪いが動けそうにないんでな。俺の厄を全部吸いきってくれないか。」

 立ち上がり、腕の一回振ればニアクロウの1機ぐらい薙ぎ倒せそうだ。それでは後が続かない。カラミティだけが何とかできる状況を作らねば、逆転の目はない。

 ヒビキは【呪いのカラミティ】に乗れば、ヒビキ自身に貯まる厄も吸われて、カラミティのエネルギーになる。それを利用する。

 だがそれをすれば、ヒビキ自身の生命力も吸われる可能性がある。【呪いのカラミティ】が吸ってしまう負の力は、今のところ限界がない。

「君は何を考えているんだ! それじゃあ意味がない!」

 ヒビキを助けるために自分の判断で【呪いのカラミティ】を呼び出したのに、そのために彼が命を懸けるなどあってはならない。それは望むところではない。

「まぁ聞け。俺には機械がレイヴンを名乗っているようにしか見えないが、あのニアクロウにレイヴンの魂が宿っていたとして、奴の魂や殺意も【呪いのカラミティ】の力にできるとは思わんか。」

 疲労の表情が濃いヒビキの提案に納得しかけるカラミティだったが、ヒビキの安全にはリスク軽減されないものだった。だが、ヒビキの安全を考えるカラミティ自身に対して、【呪いのカラミティ】は異常動作をし始める。

殲滅形態デスモード起動』

「何で!?」

 殲滅形態デスモードとは、【呪いのカラミティ】の切り札である。力の源である、負の力の吸収を極大化させ、最大限のパワーを十数秒のみ発揮させる。カラミティ自身、機能として載っていることは知っていても、起動したらどうなるかが分からない禁断のシステムであった。そのため自分自身でパスワード封印していた。勝手に起動することなどありえないと考えていた。

 起動状態は関節を中心に赤色に輝く危険色に変わる。

「いい子だ。全部を一振りで両断するぞ。」

 本来なら殲滅形態はタイマーがセットされる。しかし、起動している殲滅形態はタイマーの数字が減ることはない。それはカラミティが知り得る機能の仕方ではない。やはり、のだ。

 ヒビキはそうと気付いているのか。気付いていない。ヒビキの目の焦点はもう合っていない。また眠ってしまいそうだ。

 カラミティの意志とは関係なく、【呪いのカラミティ】の大鎌はエネルギーをチャージしていく。初めてレイヴンを倒した時よりも、土偶マジンを倒した時よりも刃は大きくなっているが、未だ止まる気配はない。

 ヒビキやカラミティは知る由もないが、レイヴンのアジトの中には解放された傀儡戦闘員もいる。死んだレイヴン自身もある。それらの魂も【呪いのカラミティ】が吸っているのだ。

「よぉし。いいぞ。」

 ヒビキはそう言って、崩れるように倒れた。カラミティの意志とは関係なく動くマジンであったが、倒れるヒビキを目にして、今までの我慢が嘘のように悲鳴を口にする。

「うあああああああああ!!」

 泣き声混じりに、【呪いのカラミティ】の大鎌を横に振った。たとえそれが自分の意志に関係ないとしても、動かざるえなかった。

 本当にニアクロウに魂が宿っていたのかは分からないが、事実として鎌を受ける直前のニアクロウはほぼ動きを止めていた。ニアクロウの半身を塵に変えるほど大きさを増していた大鎌の刃は、周辺のビルやアパートも巻き込んでいった。

殲滅形態デスモード終了。冷却作動。』

 これまたカラミティの意志とは関係なく、起動が終了する。超巨大な刃を振ったサイズランチャーはオーバーヒートしていた。



 【呪いのカラミティ】のパワーの一端が発揮され、辺りは静かだった。廃ホテルのほかに何があったか今では分からない。ニアクロウの下半身の残骸が残っているが、もう動くことはありえないだろう。

 廃ホテルの駐車場で、疲労困憊の赤毛の青年と、倒れた男性が残されている。

「ああ」

 やはりダメだったのかと、カラミティは夜明けの空を仰ぐ。意志とは関係なく動き始めたシステムは解せないが、状況を脱するためには仕方なかった。考えとは裏腹のカラミティ自身の思いが動いたのだと思うことにした。

 ただそれだけにせっかく出会うことのできた相棒に、友達にカラミティは涙を流した。

 なぜ自分はマジンとして生まれたのか。なぜ自分の力は人の命を吸ってしまうのか。そういう、そもそもの考えに至らざるえない。

「ヒビキ」

 倒れている相棒をゆすり動かし、呼びかける。願いである。懇願である。初めは強制だったにしろ、希望を持って戦ってくれた相棒をこれから忘れることができない。忘れることができないからこそ、生きていて欲しい。勝手な振舞いを時折するけれど、優しい君とまた話したい、と心から願った。

「ヒビキ!」

 もう一度呼びかける頃には、カラミティは大粒の涙を流していた。泣きはらす顔をヒビキの顔に近づけ、そして、カラミティは顔を手で押しのけられた。

「やかましい」

 ヒビキは弱く張りはないが、確かに声を発した。カラミティは生きていた相棒に、再び泣き声を上げて、更なる力でヒビキを抱き締めにいった。

「ええいくそ、くっつくな。寝させろ。」

 再三の説明だが、ヒビキは自身の悪運では死なない。死ぬ不運を常に避けている。当然、厄を吸われて死ぬことなど無かったのだ。彼が力なく倒れたのは、いい感じに厄が抜けたので安眠できるようになったにすぎない。

 昨日は、久しぶりに若い子たちと一日中遊んでいた。疲れて眠くて仕方なかったのだ。その上あちこちぶつけて、痛みで睡眠を妨げられれば、眠さも倍増するというものである。

 とはいえ、眠くなるために無茶したことは事実である。そういう心配をかけた代償として、3歳児の大泣きを抱いてやるのも仕方ないと思える。

 あいかわらず体は疲れたままだが、夜明けはやってきた。いつまでもここにはいられない。動かなければならない。

(風吹。俺、もう少し生きてみるよ。)

 片耳のイヤリングに願いを再び掛ける。

 そして、いつまでも泣いているカラミティを引き剥がしながら、共に立ち上がる。

「ほら行くぞ。何はなくともお互いのために、飯は食わなきゃいけねぇ。」

「うん!」

 ヒビキは疲れた体を引きずると共に、カラミティの腕を引いて、歩き始めた。

 カラミティは先ほど泣いていた顔つきが嘘のように笑顔になり、ヒビキの腕を掴み返して、付いて歩き始めた。

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