疫病神×代償
人型マジンの製作者にして、マジンを世に出した元凶。
それが、
そうであるのはやはりカラミティならではの理由がある。
【呪いのカラミティ】たる由縁。負の想念や死んだ者の魂を糧に力を得る邪道のマジンだからだ。権藤は最初からカラミティを最強のマジンとして設計した。だがカラミティが最強になるためには多くの死が必要だった。他人の死を呼び水にする悪魔の科学者になりきれなかった権藤は、一度は完成を諦めた。そして何を考え、何を思ったかは伺い知ることはできないが、彼は自らの命でもって【呪いのカラミティ】を完成させた。
カラミティは目覚めるために親を殺し、そして今まで一人で生きていた。
*****
ヒビキに比べて短い過去だったが、それでも重い過去に違いなかった。
山奥から帰ってきて、カラミティが語った過去はヒビキがどういう風に受け止めたかといえば。
「自分が一番かわいそうだと思ったか?」
と、返してきた。
ヒビキの事情に同情したカラミティであるが、その逆に対してヒビキは表面上同情した様子はなかった。ヒビキが冷たいとか無情というわけではない。ひとえに年齢差の反応だからだ。カラミティは成人男性の見た目だが、起動してから3年しか経っていない。本来は3歳の幼児に過ぎないのだ。必要最低限の論理と倫理観が備わっているので勘違いしがちだ。
「世の中大なり小なり色んな理由で通常の家庭では育たないガキがいる。風吹もそういう事情だった。結局、お前もそういうことの一つに過ぎない。特別じゃない。」
ヒビキは大人だった。カラミティは子供だった。だから、正論でも納得できず、感情的になる。
「でも、僕はヒビキに気持ちを分かって欲しい! こうだから、今頑張れるんだって!」
「分かった風なことを言うな。それは思い込みだ。経験に根差してないから、いつか自分を裏切るぞ。」
と、ヒビキはチューハイを呷る。彼の顔は若干赤い。久しぶりにまともなアルコールに酔っている。
そういう二人のいる場所は、カラミティが誕生した権藤博士の地下研究所だ。二人とも狙われるにしても、最低限待ち伏せができる場所だった。そこで最低限の灯りと最低限の寝床を設け、休む前に語らっている。語らいにしてはいささか感情的な部分もある。
「かわいそうであることの否定はしない。だが、勘違いはしないことだ。お前はお前だということを忘れるな。」
「そんな」
そんなことは分からない、考えたこともない。と、カラミティは続けようとしたが、不意にヒビキのスマートフォンに着信の短い音が鳴る。その日暮らしの流れ者だが、ヒビキとて連絡手段は持ち歩く。逆に言えば、最低限の連絡手段を持っていれば、仕事の都合は着けられるということに他ならない。
ヒビキは着信の文面を見て、チューハイの缶をくしゃりと一回だけ潰した。
「所用ができた。明日、少しだけ出てくる。」
「一体何が届いたんだよ」
カラミティはスマートフォンを見るヒビキの表情の変化のなさに疑惑の目を向ける。この地下研究所に入る前は、ここで追っ手を迎撃する話をしていた。それを無にするのだから、誰だって疑う。
「俺が外に出て狙ってくるのは女どものほうだ。男として悪い話じゃあない。出会えるなら歓迎したいところだ。」
恰好はおかしいが風吹に似てるなら猶更だ、とは付け加えない。さすがにそこまで色ボケた話をすればカラミティだって黙ってはいないだろうと思って飲み込んだ。
「ともかく、お前はもう寝て落ち着け。お前のコンディションが戦いの有利不利になるからな。」
ヒビキはもっともらしいことを言って煙に巻く。暗がりの中でカラミティの表情は不満げに見える。だが、反論はしてこなかった。ふてくされてしまっただろうか。もう話すのも嫌になったか。彼はヒビキに背中を向けて毛布にくるまって横になった。
ヒビキはその様子を見てからもう一度着信したメッセージを読む。
『小日向響、貴方一人で駅前広場まで来ること。こちらも一人で待つ。』
そんな文面が入ってきている。ヒビキ一人だけを呼び出す内容。
ヒビキの頭に、ヒビキ一人だけを呼び出す人間についての推理が駆け巡る。
ヒビキはSNSの類をやったことはない。ヒビキの連絡先は、育ての親である月夜も知らない。ヒビキにメッセージを送れる者は、短期アルバイトや携帯キャリアの個人情報が漏れた場合のほかありえない。そして、レイヴンという奴は、こんなまわりくどい方法を使いそうにない。そも魔術師が、デジタルな手段を使いそうにないイメージだ。マジンを使うことに躊躇ないが。
そも簡単なことだが、ヒビキを狙っているのは、風吹似の女のグループである。彼女らが罠を張っているとしか思えない。
だが彼女らがこんなメッセージを送る理由とは?
メッセージを送れるなら、もっと別の方法があるのでは?
と、疑問も尽きない。
だが別に考えてみれば、そういう風に疑わせるための罠ではないかとも思う。
(煮詰まったな)
ヒビキはスマートフォンからの発光に眩しくなって、電源を消し、自らも毛布にくるまる。
行動は決まっている。カラミティに語った通りだ。罠と知りながら、この誘いに乗る。これが本当に罠で、それで絶体絶命の危機に陥るのだとしたら。
(あの子にキスしよう。それぐらい罰は当たるまい。)
と、失礼なことを考えた。
別に時間指定されたわけではない。朝の方が都合よかっただけにすぎない。カラミティが寝ていて、何も煩いことを言われず出てこれるわけだ。結果的に待ちぼうけを何時間も食らう羽目になりそうだが、ヒビキにとっては楽しみのほうが勝る。
ヒビキは風吹に願掛けをかけているが、他の女性に気が向くことに抵抗はない。既婚者故の余裕か、あるいは恋愛へのクールさ故か。おそらく他人に疑われるだろうが、ヒビキの恋愛基準はものすごく懐深い。『この程度、恋には含まれない』といって、気があると疑われるようなスキンシップ行為を平気でする。
風吹がオンリーワンであることに変わりないが、『それはそれ、これはこれ』と考えるのがヒビキだ。客観的に言えば、男女構わず刺される類の男だった。
だから時間指定のない早朝の駅にやってきて、待つために入ったカフェで、リリィと名乗った女性に再会しても。
「奇遇だな。何? 運命? 俺、運が悪いからそういうの信じちゃうよ?」
と、敵同士にも関わらず、彼女に不用意に近づいて、囁く。仮面の付けていない彼女はびっくりしてのけ反る。カフェに来ている他の客にぶつかりそうになって、小さな声で謝罪している。
もちろん彼女の格好は、出会った時の妙なボンテージスタイルではない。地味な茶色のコートにパンプス、ストッキング、タイトスカート、無地のレディースシャツにベストを包んでいる。出勤前のOLと言った地味な出で立ちで、変装しているとも言える。
「とにかく、話しましょう」
相当面食らったのかヒビキに視線を合わせず、言いながら隅っこの窓際カウンター席に移動しようとする。
「コーヒー一杯だけで?」
背を向けた彼女にヒビキは言う。怪訝そうに振り返ったリリィは笑顔のヒビキを見た。成人男性としてあり得ない満面の笑みを見た。
「朝飯奢るよ?」
場所は駅カフェだが、男として、出会いに感謝して、ヒビキは奢る宣言。ヒビキは金の貯えは不十分だ。そもそも不運により稼げない。悪運によってプラマイゼロになることもあるが、プラスになることはほぼない。
ただ今は、そんな不運続きでも、あぶく銭が多い。だからこその強気。
そんな口説きとしては最低レベルの、そこらへんのこん棒の駆け引きに、リリィは。
「あ、ありがたく頂こうかしら」
上擦った声で同意した。相当ちょろい。というのも、リリィも貯えに余裕があるわけではなかった。だからこそ、ヒビキに連絡を取ったというべきか。
お互いの事情が絡みながら、話し合いが予定の隅のカウンター席から隅の相席に変わってから、それぞれ千円にも満たないカフェ朝食を頂く。その後、彼女はコーヒーを二杯もおかわりして一服した。彼女としては久しぶりの暴飲暴食に、ヒビキは何も言わなかった。リリィを眺めてニコニコしている。
(こんなに食べたり飲んだりしたのに、なんでこいつ)
ヒビキとしては食べ方、行儀の良さを観察していたつもりだが、いつのまにか唇の動きや手足の落ち着かなさをじっくり見ていた。
(それにしても風吹に似ている)
それはもはや姉妹か何かのように。服の趣味や、髪型こそ似ていないが、些末な事だった。ヒビキも昔は風吹のストレートヘアーを手入れしてあげたものだが、ウェーブのかかったふわふわも似合いそうだと、表情にニヤニヤが漏れてしまっていた。
「と、ともかく」
リリィはヒビキの得体の知れなさに気圧されつつも、本題に入る。
「よくも、あんな文面でのこのことやってきたものですわね」
彼女としてはすこしでもマウントとリードを取りたいがために、上から目線の物言いをした。それだけで、ヒビキには駆け引きをやり慣れていないと確信された。そして、そんな悪役ムーブする彼女を魅力的に感じてしまっていた。
「多分、君に会えると思って来ただけだ」
と、表向きは答える。
(風吹に似ている顔で言われると新鮮だな。すごい可愛い。)
実情としてはこうであった。始めから会話が通じていない。リリィの方も口説かれ慣れていないので、会いに来た目的を忘れて恥ずかしがる。自分の美しさがいけないのかと、勝手に思い込む。
「確信でもありましたか?」
「連絡先をすぐに突き止めてくる相手なら出ていくしかないだろう」
ここは会話が通じた。ヒビキは、連絡先をすぐに突き止めて来るなら、そういう伝手のある筋の人物だと予測していた。彼女たちがレイヴンと繋がっていることは、ヒビキが知る由もない。だからこその予測であった。
そしてリリィらもレイヴンと繋がっているからこそ、この交渉をしなければならなかった。
「私たちは、貴方たちと手を組みたいと思っている」
「へぇ」
リリィの真剣な言葉に、ニヤついていたヒビキの顔つきが真剣になる。
「私たちはレイヴンと手を組んでいましたが、それは貴方の予測通り、政府筋の側だからです」
リリィは自らの正体を明かした。それが信じるに足る事実かどうかは、ヒビキが判断することだ。彼女がヒビキを試す意味合いもある。それぐらいの駆け引きはする。諸手を上げて信じるか、疑いを向けるか。
「政府側ということは信じる。知らんかったが、お前らレイヴンの仲間だったのか。」
彼女はレイヴンとの繋がりを明かしてしまった。ヒビキにとって、彼女のうっかりに僥倖という他ない。
「え」
リリィはもうそこまで知っているとばかり思い込んでいた。レイヴンら結社と戦い、すぐさまヒビキを襲撃したのだ。レイヴンとリリィは繋がっている。そう彼は考えると、リリィは思い込んでいた。
「公権力がテロリストまがいの結社と繋がっている。潜入捜査、副業収入、思い浮かぶものはあるが、多分に政治的な印象操作用、かな。」
潜入捜査は説明するまでもない。副業収入は違法だが、ないわけでもない。朝食抜きコーヒーをしがちな人間ならありえない。
そして印象操作用。官製デモ、官製テロ。そういったお上の操り人形として存在させている繋がりのことだ。レイヴンたちは、政府にとってよくできた秘密結社であるのだ。
「レイヴンは、もうお前たちに必要ない。俺かカラミティ、どちらかは分からんが、そのほうが利がある、と?」
ヒビキは頭の中を回して、推測を述べる。推測の答え合わせは必要ない。返答から、どれだけ情報を引き出せるかが彼にとっては重要なことだった。
「【呪いのカラミティ】の力ならばレイヴンなど敵ではない。事実、こちらのマジンも倒してしまいました。それに貴方の力も申し分ない。」
と、彼女はあからさまに褒めたたえてくる。彼女は両手でヒビキの右手を取る。
「神がかりな幸運による必死からの回避は感服しました。レイヴンの撃滅のために力を貸して下さらないかしら。」
彼女はヒビキの右手を優しく包む。暖かく、柔らかい感触が伝わってくる。ふと目線を下に落とすと、ワイシャツから彼女の胸の谷間が見えた。
大抵の男はこれで落ちる。たとえあからさまなハニートラップでも、一度は首を縦に振る。リリィは経験的に分かっていた。
が、ヒビキはそうでなかった。むしろここでも予想外の言葉を吐く。
「今同意できるほど、こちらにメリットがないな」
言葉がここまでならハニートラップを読み切った頭脳派だった。
「今日一日デートしてくれるなら協力する」
「は?」
リリィはまったく理解できずにぽかんとした。ヒビキはハニートラップを見切った上で、下心マシマシの全力で乗っかりに行ったのだった。
*****
「意味が分からん」
そう呟いたのはマオと呼ばれた少女だった。年頃は中学生ぐらい。片耳にイヤホンをして、それを指で押さえて音に集中しながら大人びた言葉を呟いた。
「リリィの色仕掛けが効いたじゃないのか?」
そう聞くのはフレアと呼ばれた、ヒビキに近接戦を仕掛けた女性だ。こちらも顔つきはまだ少女。背格好は高校生ぐらいである。
朝の駅構内では姉妹のように見えるが、顔が似ていないので少々目立つかもしれない。リリィが交渉に赴くにあたって、荒事はフレアで支援し、交渉の成り行きをマオが録音するという役割分担だ。
3人でチームを組んで1、2年ほどだが、この業界では長い付き合いのチームであった。何より、3人それぞれ自ら魔術師だと思ったことはないし、名乗った覚えはない。【魔女三姉妹】などと呼ばれるが、いつのまにかそう呼ばれていただけなのだ。
チームの知性派であるマオは、交渉の成り行きに眉をひそめた。ヒビキの行動がまったく読めないのだ。何を考えて言葉を選んでいるのか想像がつかない。
先の戦闘で後方にいてヒビキの行動を観察していた。リリィに気がある素振りをしていたから色仕掛けを軸に交渉をさせてみた。色仕掛けは効いているはずだが、それにしてはおかしい。なぜここで、デート勧誘などするのだろう、と。
「なぜ一日付き合わなきゃ同意しないのだ」
「スケベな目的なら速攻ホテルに連れ込んでいくもんなぁ。それでオレがボコったことあったっけ。」
フレアは美人局経験を無邪気に笑って語る。清楚な見た目で物騒なことを言っている。マオも偶然の接触からその流れだと思ったのだが、違和感を持った。
「そいつを傀儡にするなら言うことを聞くしかない。付き合ってやれ。」
事の成り行きだけを見守っていればいいと思っていたマオは、そこで初めてリリィに指示を飛ばした。少女は一時期天才少女と呼ばれていたこともある。社会経験こそ皆無だが、駆け引きのあるゲームでは無敗を誇っていた。それを自慢したことはないが、これまで交渉事はマオの想定通りで成功し続けていた。自信を持つには十分な経験であった。
「は?」
指示を飛ばしてすぐに、これまたマオの想定外のことが起きた。驚いてカフェの方を見ると、ヒビキが振り返り、笑ってマオに手を振っている。
『連れて来てる2人も一緒にどう?』
ヒビキはそうリリィに誘ってきたのだ。そして今、マオやフレアの位置を把握し手を振っているのだ。視線を合わせてしまったマオが迂闊だが、誘いの範囲をマオたちに広げるのが、よほど混乱を招いた。
ついこないだ襲撃された相手全員と一日付き合いたい、と目標の人物は言っているのだ。マオじゃなくても意味が分からない。
「別にいいじゃん。問題があるならオレが何とかすればいいだろ。」
フレアは単純だ。筋肉馬鹿とも言う。彼女はそれほど筋肉はついていないし、どちらかといえば細く、近接ファイターという体つきではない。彼女は筋力の瞬間増強の特性を持つ魔術師だ。特に体を鍛えなくても人を殴り殺せるパワーを発揮できるのだ。だから、暴力で何とかすればいいと思っている。本来ならばマオとは性格の相性が悪い相手である。それでもチームを組めてるのは、直接的な雇い主であるリリィの上にいる公的組織と、リリィのおかげである。
頭がいいと自負しているマオが対応できないなら、癪だがフレアに頼る他ない。だが果たして頼っていいものかとも思う。ヒビキはリリィとフレアの連携を前に無傷であったというのに。
「バレてるなら仕方ない」
ヒビキの行動はまったく読めない。ほぼ白旗を上げる形となった。ここからは行き当たりばったりだ。そう思って、ヒビキとリリィがカフェから出てくるのを待った。
*****
「連れて来てる2人も一緒にどう?」
ヒビキは別に確信があったわけではない。ほぼカマかけだ。リリィが1人でヒビキに会いにくるかどうか、と考えて、それはない、という読みをしただけだ。
先の戦いで3人1組のチームだと分かっている。リリィの正体が何らかの公的機関の職業である場合スタンドプレーはありえないだろう、と。そしてそれが正解ならば、彼女の視線の先に仲間がいるはずだ、と考える。それらは推測に過ぎないが、上手いこと嵌ってくれた。驚愕したリリィがうっかり視線をはずした時、その視線の先に対してヒビキは振り向き、ただ手を振っただけだ。その先には出勤風景には場違いな普段着の少女2人がいた。大きい方は背格好から、フレアと呼ばれた少女だと分かる。小さい方は姿を見なかったマオと呼ばれる少女だろう。どちらも未成年としか見えない。敵の魔術師にしては若さに驚きだが、こちらも青年に見える3歳を連れまわしているのだからお互い様か。
リリィはしばしヒビキの手を取ったまま驚いていたが、観念したのか立ち上がる。ヒビキは彼女の後ろを付いて行きながらカフェを出て、二人の少女と合流する。改めて眺めると、襲ってくるような凶暴さは認められない。
フレアは高校生ぐらいの背丈だ。制服こそ着ていないが、セーターやコートを着ていても体つきの良さは分かる。殺意を持って殴って来たとは思えないほどに体は細いし、腕も太くは見えない。筋肉質ではないのだ。
マオという少女は、ヒビキ目線では子供にしか見えない。義務教育を終えている様子はないが、何らかの理由があるのだろう。日本人らしくない金の混じった髪色もその一つだろうか。
「お、いいねえ。おじさんは可愛い子好きだからね。」
ヒビキはにこやかにおどける。それにマオは無反応、フレアは睨みつけている。明らかに一日付き合ってくれる雰囲気ではない。
「お前、どういうつもりだ」
背格好に似合わない大人びた口調で言ってくるマオ。それでヒビキは確信する。彼女は頭が回る少女なのだと。思えば先の戦いでも、退避の判断は早かった。後方での参謀役なのだろう。そういう役目がストレートなことを言ってくるのは、ヒビキの行動が、相手を混乱に陥れていると分かる。
「手は組もうと思う。ただ引き換えにおじさんが一緒に遊びたいだけ。」
一緒に遊びたいのは本音だ。こんな機会はもう二度とないだろうと思った。特にこれから3歳児との二人旅になる。子供が相手だろうと、女の子とデートする機会はもはやないだろうと考えていた。ならば色気のある話に飛びつくのが男として当然の考えである。
スケベなことは考えていない。風吹が成人女性に成長するまで手を出さなかった実績もある。子供に欲情したりしない。また、成人女性が相手でも、同意を得ない肉体関係は願い下げである。ヒビキの中の掟として、欲望のまま襲い掛かるような分別のつかないことはしない。風吹への操もある。ここでのことは、あくまで遊ぶだけに留めるつもりだ。
ヒビキの言葉にマオは納得した様子はない。どころか疑いの目線を向けている。扱いの難しい少女だな、と思う他ない。
「具体的に何して遊びたいの、おじさんは?」
睨みつけていたフレアが一転にこやかになって言う。ヒビキが答える前に彼女は続ける。
「プロレスごっこってことなら本気で付き合うぜ?」
拳を握って開いてを繰り返して、彼女なりの威嚇を飛ばしてくる。色気のないプロレスごっこなら歓迎されるようだ。
「若い子たちもいるなら、あそこに連れて行きたいな」
リリィだけなら映画でよかった。適度にいい雰囲気になれる。未成年が加わるなら大人の付き合いではいけない。実はノープランなヒビキが提案した場所は。
動物園だった。
漂う獣臭さを除けば、老若男女に人気の施設だ。大人の付き合いに不向きというわけではない。とはいえ家族向けすぎて、距離の近さが必要な場所だ。
この提案の場所に対して彼女らといえば。
「こんなところ連れてきてどうしようってんだ!」
と、フレアには不評。
「興味深い」
と、マオには反応薄めだが感触良い言葉。
「ちょっと写真撮りませんか、あそこで」
と、リリィには写真撮影をねだられるほど喜んだ。成人すると蠱惑的だった風吹と違い、子供っぽい反応ですごく可愛く見えた。
結果的にヒビキ勝利である。
「満足げな顔すんじゃねぇぞコラ! イマドキ動物で騙されるかよ!」
「楽しいことは楽しいと言葉にするのが大事だぞ。恥ずかしがって、自分のキャラクターに合わないことをし続けると歪む。それがひねくれ者って奴だ。」
喧嘩腰を続けるフレアに対して、ヒビキは彼女にスマートフォンの写真を向けて言う。
「さりげなく撮ろうとするな!」
「怒るな怒るな。今までどんな過去があったにせよ、見た目は美人ってことは上手く生かした方がいいとおじさんは思うぞ。」
と、制止を無視して撮影する。フレアは無視されたことに怒る。噛みつくように殴りかかっていくが、ヒビキは写真映りを確認しながら横に避け、彼女がUターンしたところで、虎の檻を背に写真撮影する。
「虎というより、機嫌の悪い猫だな。よほど
「私は、リリィが
どんな動物を見ても子供らしくはしゃがず、大人びた反応を示すマオは答える。
(多分、二重の意味が含まれてるんじゃないか)
と、ヒビキは邪推してしまう。リリィは動物たちを見て、子供っぽいはしゃぎ方をし続けている。リリィの年齢は年下であるにせよ、成人女性であることは2人の少女の反応から何となく分かる。まともな男性経験が少ないから、女性の隙を見せるのに抵抗がないのだろう。そうすると色仕掛けの相性が悪いのではないかと思う。
そう考えると、彼女ら3人がとても歪に見えてきた。敵の魔術師というには、あまりにも幼く、善性を感じるのだ。もっとも、魔術師というものの基準がレイヴンしかないが。
マオは、彼女の大人びた言動に付き合うと、存外素直な返答をしてくる。
フレアは、喧嘩腰が感情表現のようなものだ。疲れを知らないわけではない。疲れたら殴りかかってこない。かといって無視すると怒る。適度にじゃれ合うと照れたり、笑ったりし始めて、反応が面白い。
「ほら、次行きませんか」
とリリィが腕を引っ張ってくる。そこまで雰囲気に流されても困るので、そっと釘を刺す。
「次に行くのはいいのだが、一日デートにしては距離が近くないかな」
ヒビキに言われ、一瞬で彼女は我に返る。背中を見せ、丸めて顔を両手で覆っている。
「い、今のは忘れてください」
「そう言うなら忘れる」
ヒビキは背を向けた彼女の言うことを素直に受け入れる。前述の通り、敵同士であることは明確にしておくためだ。以後、彼女らのヒビキに対しての線引きが曖昧になるなら、それに対して対応していくつもりだった。
ヒビキの今回のスタンスは、デートというより年上として父性として、女の子たちを眺めたいだけなのだ。そこに邪な事はまったく存在しない。
それから、昼になったら一緒に御飯を食べて、夕方になるまで一通り遊んで回った。楽しい時間はすぐに過ぎるもの。あっという間であった。
三人と出発した駅まで戻って来る頃には夜になっていた。もうお別れの時間である。
フレアは暴れすぎて疲れたのか電車の中で無防備に眠っていた。今は眠い目をこすっている。
マオも疲れて眠っていたが、一応今は起きている。ヒビキと手を繋ぎ、体重を預けるぐらいまでは距離が近づいている。
リリィはといえば、微妙に距離を開けている。彼女だけは、自覚があるのだろうか。
「今日は楽しかったです。久しぶりに。また連絡してもいいですか。」
彼女はまるっと目的を忘れ去っていた。マオのように気安くなれないという自制の距離であったようだ。ヒビキは彼女の可愛さを再確認しつつ、悪い男になっているようで罪悪感を持つ。
名残惜しそうなリリィやマオは別れを告げ、フレアは友達と別れるみたいなさっぱりした別れをした。女の子たち3人の後ろ姿を見送ってから、ヒビキはカラミティの元へと帰る道に着く。
(カラミティになんて言えばいいんだろうか)
敵として戦っていた女の子たちと一日遊んでいましたとは到底言えない。上手い言い訳を考えなければ、と悩みながら地下研究所への入り口である貸しビルにたどり着く。
地下にはいかないはずのエレベーターに、管理用キーを差し込むと、表示盤にはない地下への移動が開始される。地下へ動くこと1分。到着した地下は、暗闇だった。明かりもついていなければ食事をした形跡もない。違和感に気付いて、前に二歩歩いたところで引き返す。が、遅い。次の瞬間には二人掛かりで羽交い絞めにされていた。
「こンの野郎!」
抵抗するが、抜け出すことはできない。開いたエレベーターの灯りから、レイヴンの連れていた傀儡戦闘員だということは把握できた。ほぼ引きずられるように、戦闘員2人に奥へと連れて行かれる。
「どこに行っていたかは知らないが、だいぶ待ちくたびれたよ」
カラミティと寝床にしていた仮眠室に連れてこられ、小さな明かりの側にいたレイヴンが出迎える。相変わらず恥ずかしくないのかと思うほどの上半身半裸マッチョを晒している。仮眠室にカラミティの姿はない。
「どうやってここを突き止めた?」
「この周辺は元々張っていた。カラミティがのこのこと出てきた時は罠かと思ったがね。」
(あいつ出歩くなと言った矢先から)
ヒビキは自分のことを棚に上げて、カラミティのミスを怒る。
「目的のものは手に入ったんだ。俺は関係ないんじゃないかい?」
この場にカラミティがいないことは明白だ。自分のアジトに連れ帰ってしまったことだろう。レイヴンの不老不死探求にヒビキは無関係だ。命乞いとも取れる。そう取って欲しいのがヒビキの気持ちだ。すこしでも油断してくれるなら、カラミティを救い出す手もあると考えていた。
ヒビキは薄情ではない。冷徹でもない。何より、実家まで招いた者を見捨てるなんてこと、ヒビキはしないのだ。
「そう関係はない」
レイヴンは素直に答えて、戦闘員の拘束を解く。自由になったのも束の間、レイヴンはヒビキの頭を左手で掴む。サイズ違いの帽子を被ったような締め付けられる痛みを感じ、声を上げようとした瞬間、腹部に拳をもらう。
ヒビキは目の前が一瞬見えなくなる。そしてレイヴンの声だけが聞こえてくる。
「だがお前からの侮辱は一切許さない。覚悟しておけ。」
レイヴンはヒビキの頭を解放し、力無くなった彼を床に激突させる。それだけでも彼はダメージがあった。
「連れていけ」
ヒビキは再び傀儡戦闘員に捕獲され、配達荷物の如く乱暴に運ばれて行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます