16話 決闘の夜

 女盗賊ハミルが手を叩く

 「いーねいーね!盛り上がって来たじゃなーい!

 じゃ赤い勇者さん!ルールを言っとくよ?!

 この組んだ腕をアンタから見て左に倒したらアンタの勝ちだからね?!あっ肘はテーブルから浮かせたらダメだからね?!

 よし!デュエル開始の合図はアタシがするよ!」


 ハミルはそう宣言し、メタリックレッドの腕と戦士ダイナスの腕を組ませて肘をテーブルに突かせ、褐色の手を乗せる。


 剛腕同士は、装甲の分だけconan Mk-IIIの方が太かった。


 頭や手やらに包帯を巻いた街の住人達も集まってきた。


 「俺は勇者様に一枚!」

 「あたしゃ戦士に一枚!」

 「俺もだ!!」


 勇者の勝利を祝う宴の場は騒然となり、酒屋の主人は誰がどっちにと、メモを採るのに必死だ。


 女領主リムは急激に加熱する街の民らの喧騒を眺め、露骨に眉をひそめた。


 「この街はこんなに粗野な顔を隠していたのですね。」


 召喚師アイネがキョトンとし

 「そや?そやってなーに?」


 リムは単眼鏡を押さえて頭(かぶり)を振り

 「召喚師様。いえ、何でもありません。  私、執務室の外は居慣れていないもので、ちょっと……これが何かとても下品なものに見えてしまいます」

 騒ぎへの拒絶反応を見せる。


 近くの凄絶な美貌の剣士も賭場を眺めていたが

 「まぁそう言うな。昨晩までこの町民らは死の淵に立たされていたのだ。

 それが今日は酒を飲み、かしましくしている。

 これを粗野とも言えなくはないが、町に平和が帰ってきた証拠だと、思ってはどうだ?」

 そう言って何気なく女領主の顔を見た。


 「そ、そうですわ、キャッ!」

 未だ免疫がつかないリムは、背もたれのない椅子にかけていたので、後ろに倒れる。

 慌ててアイネがその背中を小さな手で支えた

 「勇者様!手伝って手伝ってー!重たいよー!」


 鏡二郎は大小を腰に差し、女領主リムを介抱する。

 執事のカルマは都へ提出するエンシェントリザードマンによる襲撃後の被害報告書、ギルド、魔法省への感謝状等をまとめている為、この宴には参加していなかったのである。


 美剣士はフリルブラウスを抱え起こし

 「酒が回ったか。あいねとやら、背のある腰掛けを借りて来てくれ」

 

 アイネはリムを見ていたが

 「うん!」

 と、カウンターの奥へ木靴を鳴らしながら向かった。


 鏡二郎はリムを見下ろし

 「この女、見るからに生真面目な顔をしているな。

 この面魂では、さぞや気苦労が絶えまい。 ん?俺も言えた義理ではないか。フフフ……」

 その美しい微笑は、もしリムがここで目を覚ましても、確実にもう一度卒倒させる威力があった。



 さて、賭場と化した大きなテーブルでは、魔法使いシェケムによりベットの締め切りが告げられたところであった。


 今、正に白熱のデュエルが始まらんとしている。


 ダイナスは嫌味なく微笑み

 「では勇者殿お手柔らかに」


 フェイスシェードを下ろしたconan Mk-IIIは、眼前に点滅する文字列を読んでいた

「血中に微量のアルコールが検出されました。

 現在任務中の為、飲酒は任務完了時のスコア査定において大きなペナルティとなります。

 直ちに嗜好品の摂取を停止して下さい」


 conan Mk-IIIはフェイスシェードを外から装甲の指でタッチして、赤く点滅する警告をリセットした。


 「うるさい」


 ダイナスが怪訝な顔になり

 「ん?勇者殿、何か言ったか?」


 conan Mk-IIIはヘルメットを振り

 「いや、何でもない。こちらはいつでもいいぞ」


 傍らの女盗賊はうなずき

 「OK!ダイナス!いけるかい?」


 若い金髪の戦士は左手の親指を立てた。


 「じゃーみんなー!始めるよ!!

 ん?!召喚勇者はギルド登録なんかしてやしないだろうからランクがないね。

 うーん、こりゃ紹介しにくいねー……。

 よし!じゃあこうしよう!

 冒険者ギルド所属!戦士ダイナス23歳!対するのは召喚戦士コナン!ちょっと!アンタ何歳だい?!」


 conan Mk-IIIはヘルメットを傾げ

 「なんさい?ウム、それなら189日と15時間37分59秒だ」



 女盗賊ハミルは一瞬困惑したが

 「あはははは!ま、なんでもいーや!じゃ始めるよ!!

 デュエルー!オープン!!」

 赤銅色の手を剛腕二本から退いた。



 決闘開始にいよいよ騒ぎ立つカバンネの民らに紛れ、アイネが木製の杖を掲げて

 「勇者様がんばれー!!負けちゃダメだよー!!」



 ダイナスがフシュッ!と息を吐くと、ビシッ!こめかみの血管が浮き立った。


 「ぬおぉー!!」


 老僧侶もフガフガと応援をしている。


 魔法使いシェケムも華奢な手を口にあて

 「ダイナス!何としても勝って下さい!!」



 両戦士の肘がテーブルをギギッ!と鳴らした。

 それを聞いて熱狂するギャラリー達。


 鏡二郎もリムを座らせ、遠巻きに見る

 「銀狐に褒美を貰っていて俺もヤツの剛力は見ていない。

 さて、あの力士のような剣士相手にどこまで戦えるか」



 女盗賊ハミルはハスキーな声援を掛けていたが

 「あれ?」

 オレンジの紅を点した唇がO(おー)の字になった。



 動かないのだ。


 正確にはダイナスの腕が痙攣しているだけだ。


 ダイナスは珠の汗を吹き出し、雄叫びを上げるが、一ミリたりとも真紅のスポーツカーの光沢は動かない。


 conan Mk-IIIのフェイスシェードの内側に女性の音声が響く。

 「右腕部に異常な圧力を検知しました。

 圧力の断続的な入力から生命体による攻撃と思われます。

 トレーニングモードをスキップしてコンバットモードに切り換えますか?」


 conan Mk-IIIは無表情で

 「いやこのままでいい。これは攻撃ではない」


 女性の音声は

 「通常モードを選択。圧力を元に推測される対象ヒューマノイドの危険度C+。

 任務に関係のない弱小生物です。

 速やかに排除するか制圧を開始してください」


 conan Mk-IIIは小さくうなずき

 「ウム、そうしよう」



 魔法使いシェケムは心配そうに

 「どうしたんですかダイナス!それで全力ですか?!」


 ダイナスは脂汗で額を光らせ

 「バカな?!微動だにもせんとは!

 こ、こんなことが?!」



 conan Mk-III

 「全く勝負にならんな。終わらせるか」



 ここで女盗賊が、あっ!という顔でシェケムに耳打ち


 魔法使いは怪訝な顔になり

 「えっ?!攻撃力上昇の魔法?!

 ダメですよ!そんなのインチキでしょう?」


 ハミルは真顔になり、人差し指をシェケムのすらりとした鼻梁に掲げ

 「ハッキリ言うよ!これは相手になってないよ!こんなんじゃ全然盛り上がんないでしょ?!

 どうせ遊びなんだし、アンタのアレ、結構詠唱長いんだから早く始めなよ!!」


 シェケムは忙(せわ)しく茜色のボブを掻き上げ

 「しかし……」


 ハミルは芝居がかったタメ息

 「アンタ、高ランク冒険者としてのプライドは無いのかい?!

 このままじゃ、召喚戦士にアレもコレも負けましたって噂が流れて、アタシら次から良い仕事来なくなるんだからね?!」


 シェケムが顔を跳ね上げ

 「それはいけません!!」


 既に隣の老僧侶は何かの詠唱を開始してた。



 フェイスシェードの文字列を眺めるconan Mk-III

 「ウム、これがお前の限界値だな。後は下降するのみだ。ん?」



 老僧侶がフッとタメ息

 「戦の呪歌完了じゃわい」



 フェイスシェード内に音声が響く。

 「対象の生物が著しくパワーアップしました。変態性の生物の可能性があります。

 これにより対象の危険度はBとなりました」


 conan Mk-IIIは文字列と画像を確認して「フム面白い。正かこれがマホウとやらの力か?

 驚異的なパワーアップだ」



 シェケムも詠唱を終わらせた

 「ハミル!私、知りませんよ!」


 褐色の女盗賊は不敵に微笑み

 「大丈夫だって!ここはドが付く田舎だよ?!誰も気付くもんか!」



 突然、戦士ダイナスに変化が起きた。


 その短く刈り込んだ金髪が皆逆立ち、体が黄金に輝き出した。


 「今度はシェケムだな?!戦の呪歌に続いて汚い真似を!!

 俺は認めんぞ!こんな小細工ありのデュエルなど!!恥を知れ恥を!!

 と言いたいが、食いっぱぐれる訳にもいかんか……勇者殿悪く思うなよ」

 ガッチリと組んだ右腕が大袈裟でなく倍近く膨れ上がった。


 conan Mk-IIIはテーブルが破壊されないように、ダイナスが気付かないギリギリ腕相撲の体を保てる程度に、組んだ腕を持ち上げていたが

 「ムウ、信じられん。危険度A+とはな。マホウとは大した物だな」

 

 シェケムの戦闘力アップの呪文の効果は絶大であった。

 なんと、徐々にconan Mk-IIIから見て組んだ右腕同士が右へ倒れ出した。


 ギギィー!!


 テーブルが嫌な音で鳴き出した。


 そこへムラマサがロングコートを翻し、グラス片手に現れた

 「なーにやってんだコイツら?!」


 アイネがトンガリ帽子を引っ張り下ろし

 「勇者様ぁ!!あぶなーい!!」


  

 フェイスシェードの内側の文字列と画像が点滅する

 「生命体による攻撃が一定の危険度を越えた為、通常モードからコンバットモードへ移行します」


 conan Mk-IIIは自分の口角が上がっているのに気付いていなかった。

 「フム、マホウか。こんな牧歌的な原始の星に面白い物を見付けたな。だが」



 勝利を確信したダイナスの青い瞳の瞳孔が開く

 「バ、バカな!!」


 組んだ右腕同士が真ん中まで戻り、押していたデュエルが仕切り直されたのだ。


 conan Mk-III「ウム、面白かった」


 剛腕二本はそのままグーっと倒れ、遂にダイナスの手の甲がテーブルに付いた。


 バキバキバキッ!!


 大型テーブルが二つの肘を中心に真っ二つに破壊される。


 それをゴングに割れんばかりの拍手と熱狂が弾けた。


 「勇者様の勝ちだー!!!」


 ムラマサはつまらなさそうな顔で

 「ケッ!馬鹿力が!」


 鏡二郎も華奢な顎に手をやり

 「あの南蛮人の剣士、一瞬妙な感じがしたが……負けたか」



 冒険者達は唖然としていた。


 ハミルはポカンと口を開け

 「ちょっとなにコレ?!

 高ランクの戦の呪歌に戦闘力超上昇の重ね掛けだよ?!

 アイツ、幾ら強いったってデタラメな強さだよ……コリャ本物の勇者かもね」


 アイネは狂喜乱舞でピョンピョンとconan Mk-IIIの周りを駆け回る

 「やったー!!やったー!!スッゴいスッゴいよー!!」



 ダイナスは手拭きで額を拭い。

 「参った!完敗だ!気付いたとは思うが、遊びとはいえ魔法を使って、汚い真似をして悪かった。

 しかしそれすら容易く捩じ伏せるとは……勇者殿、いや勇者様!俺は貴方とデュエル出来たことを誇りに思う!!本当にありがとう!」

 立ってconan Mk-IIIの右手を熱狂するギャラリー達へ掲げた。



 conan Mk-IIIは街の住民達の熱い賞賛を浴びても何の感慨も無さそうに無言であった。

 


 フェイスシェード内に文字列が走る

 「心拍数が下がらない為、コンバットモードを終了出来ません。

 頭部装甲内の酸素濃度を増加させま、」


 conan Mk-IIIは装甲の指でフェイスシェードを外からタッチし、それを黙らせた。



 若いバイオニックコマンドーは、生まれて初めての酒と、高揚という不思議な感覚とに酔っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る